第8話 価値の再定義
第8話 価値の再定義
王都中央賢者院は、その日異様な熱気に包まれていた。
巨大円形議場。
白大理石の床。
空中に浮かぶ魔導水晶。
普段なら静謐であるはずの賢者会議が、今はざわめきで満ちている。
「本当に公表するのですか!?」
「混乱は避けられませんぞ!」
「だが隠しきれん!」
怒声と議論が飛び交う。
その中央で、賢者長ヴァルムは静かに目を閉じていた。
やがて杖を鳴らす。
カン――。
一瞬で空気が静まり返った。
「諸君」
老賢者の低い声が響く。
「これより世界障壁異常改善について、正式発表を行う」
ごくり、と誰かが息を呑む。
議場後方には報道術師たちが並び、魔導映像が各都市へ配信されていた。
世界中が注目している。
最近の異変は誰もが知っていた。
止まる災害。
蘇る土地。
安定する魔力。
人々は歓喜しながらも、同時に恐れていた。
誰が。
何をしたのか。
ヴァルムはゆっくり口を開く。
「世界障壁は現在、急速な修復状態にある」
ざわめき。
「修復率は七十八パーセント。既に多数の災害が消失し、魔力汚染は大幅に低下した」
「七十八……」
「そんな数字ありえない……!」
術師たちが青ざめる。
ヴァルムは続けた。
「そして修復を行っている人物を、我々は確認した」
議場の空気が張り詰める。
空中水晶が発光した。
映し出される。
一人の青年。
雑巾片手に棚を磨いている姿。
「…………は?」
議場が凍った。
「な、なんだこれは」
「掃除……?」
「ふざけているのか?」
ヴァルムは真剣だった。
「彼の名はアルト」
映像の中でアルトは真顔で言う。
『あーもう、なんで配線こんな絡ませるかな……』
ごしごし。
磨く。
その瞬間。
背後の巨大導管が再起動した。
青白い光が空間を走る。
議場が静まり返る。
「まさか……」
「本当に……修復している……?」
ヴァルムは頷いた。
「アルト殿のスキル『整理整頓』。それは現代で低級認定されていた」
水晶に古代文字が浮かぶ。
『神代保全術式』
『循環修復権限』
古代術式解析結果。
会場がどよめく。
「馬鹿な……!」
「保全術式だと!?」
「神代最高位分類じゃないか!」
ヴァルムの声は重かった。
「彼の能力は単なる清掃ではない」
映像が切り替わる。
壊れた魔導具。
汚染導管。
劣化した結晶。
それらをアルトが整理した瞬間、正常状態へ戻っていく。
「『整理整頓』とは、対象を“本来あるべき姿”へ修復する権能である」
静寂。
誰も声を出せない。
「神代文明では世界維持術として扱われていた超高位技術だ」
その瞬間。
議場が爆発した。
「なぜ今まで判明しなかった!?」
「Fランク認定したのは誰だ!」
「鑑定局は何をしていた!」
怒号。
混乱。
そして。
ヴァルムはさらに追い打ちをかけた。
「なお、アルト殿は長年、冒険者パーティーにおいて雑用係として扱われていた」
水晶が映像を映す。
乱雑な荷物。
放置された武器。
腐敗した薬品。
その後ろで黙々と整理するアルト。
『アルトー、剣磨いとけー』
『薬補充しといて』
『荷物まとめとけ』
軽い声。
当然みたいな態度。
議場の空気が変わる。
「……なんだこれは」
「全部押し付けている……」
さらに映像。
夜更け。
皆が寝た後、一人で装備を修復するアルト。
血の滲んだ手。
眠そうな目。
それでも黙々と整理を続ける。
そして最後。
『ゴミ処理係にはちょうどいい場所だ』
ガルドの嘲笑。
アルトを奈落へ蹴落とす瞬間。
議場が完全に凍りついた。
「…………」
誰も喋らない。
やがて。
「最低だな」
誰かが呟いた。
それをきっかけに怒りが広がる。
「世界を救った人物を捨てたのか!?」
「愚か者どもめ!」
「寄生していたのは奴らの方ではないか!」
ヴァルムは静かに告げる。
「アルト殿の不在後、当該パーティーは急速に機能不全へ陥った」
映像。
折れた武器。
腐った薬。
暴走魔力。
崩壊した野営。
『全部アルトの嫌がらせだ!』
錯乱するガルド。
それを見た瞬間。
議場は怒号に包まれた。
「責任転嫁か!」
「恥知らずが!」
「救われていた側の癖に!」
一方その頃。
当の本人たちは。
「なんでこんなことになってんだよぉぉぉ!!」
酒場で叫んでいた。
ガルドは顔を真っ赤にして机を叩く。
周囲の客たちは露骨に距離を取っていた。
「おい見ろよ」
「あれ例の……」
「救世主追放パーティー」
ひそひそ声。
冷たい視線。
ミナは青ざめ、ゼインは俯き、リーゼは唇を噛む。
以前なら称賛されていた。
上級冒険者。
有名パーティー。
誰もが羨む存在。
なのに今は違う。
視線に宿るのは軽蔑だった。
「お前ら、本当にアルトさん捨てたのか?」
酒場の男が吐き捨てる。
「世界救った人を?」
「ち、違……」
「しかも雑用押し付けてたって本当かよ」
「寄生虫だったのはどっちだよ」
笑い声。
侮蔑。
ガルドの拳が震える。
「うるせぇ……」
だが誰も恐れない。
もう彼らには実力者としての威光がない。
皆、知ってしまったからだ。
支えていたのはアルトだったと。
その頃。
世界最深部。
「ロゼッタ、この棚ちょっとズレてる」
「す、すみません!」
「あとこの布、色分けした方が探しやすいな」
アルトは穏やかだった。
窓代わりの結晶から青い光が差し込み、磨かれた部屋を照らしている。
空気は澄み、静かで、落ち着く。
「アルト様!」
ロゼッタが嬉しそうに飛んでくる。
「世界中でアルト様が称賛されています!」
「えぇ……」
アルトは露骨に嫌そうな顔をした。
「別にいいのに……」
「なぜです!?」
「だって騒がしいし」
ロゼッタはぽかんとする。
アルトは棚を撫で、満足げに頷いた。
「それより、ちゃんと整理されてる方が大事」
その横顔は穏やかだった。
もう。
地上の評価なんて、どうでもいいくらいに。




