第6話 追放者、聖域で発見される
第6話 追放者、聖域で発見される
最深部へ続く大回廊は、静かな青い光に満ちていた。
かつて“死地”と呼ばれた場所とは思えない。
腐臭はない。
淀んだ魔力もない。
空気は澄み、床は鏡のように磨かれ、壁面の魔導紋様は脈打つように明滅している。
まるで神殿だった。
「……信じられん」
白髭の老人――賢者長ヴァルムは、息を呑みながら周囲を見回した。
調査隊の術師たちも言葉を失っている。
「最深部の汚染濃度……ゼロ……?」
「ありえません……」
「観測記録では、ここは瘴気の海だったはず……!」
誰かが震える声で呟く。
床を撫でた若い術師が目を見開いた。
「この導管……完全修復されています」
「なに?」
「しかも補修じゃない……正常状態へ戻されている」
ヴァルムの表情が険しくなる。
修復。
その言葉が重かった。
現代魔導では不可能。
壊れたものを“直す”ことはできても、“本来あるべき姿へ戻す”ことはできない。
だが、ここではそれが行われていた。
完璧に。
「まさか本当に……神代級術師が存在するというのか」
ヴァルムは低く呟く。
その時。
遠くから、妙な音が聞こえた。
――コン、コン、コン。
木槌の音。
「……なんだ?」
調査隊は顔を見合わせる。
こんな場所で。
誰が。
何をしている?
警戒しながら進む。
巨大な白銀扉が開いていた。
その先。
調査隊は完全に言葉を失った。
「…………は?」
誰かが間抜けな声を漏らす。
そこは巨大な神殿空間だった。
青い結晶が天井を埋め尽くし、澄んだ光が降り注いでいる。中央の白銀玉座は神々しい輝きを放ち、その周囲には古代文明の遺産が整然と並べられていた。
だが。
一番異常だったのは。
「よし、これで棚完成っと」
玉座の横で、ひとりの青年が木棚を組み立てていたことだった。
工具を片手に。
鼻歌まじりで。
「ロゼッタ、この辺に小物置くから、分類札書いといて」
「はいっ! アルト様!」
銀髪の精霊少女が嬉しそうに返事をする。
その光景が、あまりにも自然だった。
調査隊は硬直する。
「……人?」
「いや、待て……」
「あれが……修復者……?」
アルトはそこでようやく人の気配に気づいた。
振り返る。
「あれ?」
きょとんとした顔。
「あ、客?」
客。
世界最深部で。
賢者たちは頭が痛くなった。
ヴァルムは震える声で尋ねる。
「……君が、ここを修復したのかね」
「え?」
アルトは困ったように頭を掻く。
「修復っていうか……掃除?」
調査隊全員の顔が引きつった。
「掃除……だと?」
「いや、めちゃくちゃ汚れてたんで」
アルトは本気で嫌そうな顔をした。
「ヘドロ詰まってるし、導管ぐちゃぐちゃだし、棚は倒れてるし、なんかもう気になって仕方なくて」
「…………」
誰も言葉を返せない。
ヴァルムは足元を見る。
床は完璧に磨かれていた。
魔力循環は正常化。
空気は清浄。
神代機構は再起動。
世界規模の災害まで止まっている。
それを。
この青年は。
掃除と言った。
「アルト様は偉大なのです!」
ロゼッタが誇らしげに胸を張る。
「障壁循環率は現在六十四パーセント回復! 世界機構は急速に正常化しています!」
ざわっ、と調査隊が騒めく。
「六十四……!?」
「そんな馬鹿な!」
「国家総力でも不可能な数値だぞ!」
アルトはぎょっとした。
「え、そんなヤバいことになってんの!?」
「はい!」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ!」
ロゼッタはきらきらした目でアルトを見る。
「アルト様が世界を救っているからです!」
「だから大げさだって!」
アルトは全力で否定した。
だが。
ヴァルムは理解してしまった。
この青年は、本気で自覚していない。
功績を誇る気もない。
世界を救う意思すらない。
ただ。
散らかった場所が嫌だから片付けている。
それだけ。
なのに。
世界そのものが救われている。
「……なんということだ」
ヴァルムは呆然と呟いた。
周囲の術師たちも青ざめている。
「神代障壁を……個人で修復……?」
「ありえない……」
「しかも、完全正常化……」
その時だった。
ひとりの若い術師が棚を見て声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうした」
「あれ……!」
棚に並べられていたのは、神代遺産だった。
伝説級魔導核。
古代術式板。
神話級触媒。
本来なら国家が戦争するレベルの宝物。
それが。
木札付きで整理されていた。
『危険』
『触ると爆発』
『なんか変な音する』
『後で確認』
「雑貨扱いだと……!?」
術師たちが震える。
アルトは不思議そうに首を傾げた。
「いや、ちゃんと分けとかないと危ないだろ」
「それは神代遺産ですよ!?」
「散らかってる方が危ないって」
あまりにも自然な返答だった。
ヴァルムは頭を抱えたくなる。
だが同時に。
強烈な確信が湧いていた。
この青年は本物だ。
力ではない。
権力でもない。
“世界を正常に保つ”という一点において、この世で最も優れた存在。
それを理解した瞬間。
ヴァルムはゆっくり膝をついた。
「賢者長!?」
調査隊が驚愕する。
世界最高位術師が。
若者へ頭を垂れていた。
「どうか、お名前をお聞かせ願いたい」
「え? アルトだけど」
「アルト殿」
ヴァルムは深く頭を下げる。
「あなたこそ、世界の救世主だ」
空気が静まり返った。
だが当の本人は。
「いやその前に」
真顔で言った。
「入口の廊下、靴跡ついてるから拭いてきてくれない?」
調査隊は固まった。
ロゼッタだけが、感極まった顔で涙を流していた。
「やはり……本物の管理者……!」




