第5話・深夜の闖入者、その2 ~混乱と激怒と日常の~
第6章 破綻と瓦解の一線を
第5話・深夜の闖入者、その2 ~混乱と激怒と日常の~
悪夢のような一夜が過ぎて、明け方までかかった蘇生処置が何とか成功し、息を吹き返したインスは絶対安静。
同じく、恐らくは呪いが発動したのであろう、血を吐いて痙攣していたアインも、翌朝には落ち着きを取り戻したが絶対安静。
退院までもう間もなく、というところでの逆戻りに、シリウムたちが頭を抱えている最中。
「……………」
深夜、インスの病室にこっそりと忍び込んできた女が一人。
「……問題なく定着しているわね……意外……」
「……うるさいですよ……」
ベッドに横たわり、目を瞑っているインスの鼻先まで顔を近づけて呟けば、心底嫌そうな声が返って来た。
ぱちりと目を開いたインスの、赤みを帯びた紫色の瞳が、黄銀色の瞳を持つ美女を睨みつける。
「だって、一旦破棄しかけてたじゃない……あのまま破棄しちゃうんじゃないかって、ヒヤヒヤしてたのよ?」
「……私だって、そうしたいですよ……」
顔を離して、インスを見下ろすステラに、顔をそむけたインスはぼそぼそっと、そう応じる。
今だって、できることならこんな身体、跡形もなくなるくらい打ち砕いて、捨て去ってしまいたい。
けれど……
「……アイン君を、ひとりにしてしまいます……」
「…………」
囁きのようなその言葉に、ステラは大きく目を見開いて絶句した。
まさか、たったそれだけの、理由?
「……悪いですか……?」
驚きように、不快げに眉を顰めたインスを見つめ、パチパチと瞬きを繰り返す。
確かに、今、インスが死ぬのは困る。
だから、生きることを選んでくれたのは良かったのだが……
(……その理由が、アイン君? ちょっと、どういうこと……?)
「……まさかとは思うけれど、インス君……」
「……何ですか……?」
恐る恐る、問いかける。
「……アイン君を代わりにしている訳じゃ、ないわよね……?」
「……!!??」
びくり、とインスが大きく身を震わせた。
目を見張り、呼吸を忘れて、硬直する。
「ちょっ!? インス君!?」
「……ぁ……」
慌ててステラはインスの両肩を掴み、乱暴に揺さぶる。
ハッとして呼吸を再開させたインスの顔から血の気が引いていて、震える声が微かに唇から零れ落ちた。
「……そ……ま……っ」
言葉にならない言葉が、その混乱具合を露わにしていて、ステラはますます慌てる。
「いくらなんでも、それは可哀そうよ!?」
「……っ! わ、かって……っ!!」
言われるまでもない。
アインはアインで、他の誰でもない。
誰かの、何かの代わりになんて……!!
(……ほん、とう、に……?)
真っ青になって震えるインスの脳裏で、どこか冷静な自分が囁きかける。
(……もし、アイン君と……)
どちらか片方だけしか、どうやっても、自分のすべてと引き換えても、助けられない、そんな状況に陥ったら……
(……私は……どちらを、選ぶ……?)
恐ろしい想像に、答えを出せなくて、ガタガタと震えた。
「ちょっとぉ! 本当に、大丈夫なの!!」
「だ、大丈夫です……大丈夫に、します……」
「それ、全然大丈夫じゃないし!!」
問い詰める勢いのステラに返すが、ますます詰められて言葉に詰まる。
「そ、んなことより!」
そして、強引に話を変えた。
これ以上、この話題を掘り下げてはダメだと本能が警鐘を鳴らす。
「……丁度いいところに来てくれました……」
にこりと笑ったインスの、その全然笑っていない目を見て……
(……あ、コレ、ヤバい奴……)
そうと悟ったステラは、囁くような声で告げられた言葉に目を剥く。
そして……
「……わかったわ。やっておきましょう……」
「お願いしますね?」
溜め息混じりに頷けば、極上の笑顔で念押しされる。
(……相当だったようね……)
やはり、今回の一件は、インスを相当怒らせているらしい。
どうなっても知らない、とすべてを放り投げてしまいたいところではあるのだが……
(ま、頼まれたことはやっておきましょう……ワタシも、これ以上は到底許容できないし、ね……)
うっそりと笑みを浮かべたステラは、もう寝たいから出て行けと、ぞんざいに追い払おうとするインスに暫く絡んで、満足するまで揶揄って、インスがぐったりとして抵抗を諦めたところで引き上げる。
ちなみに、明け方までステラに絡まれたインスは疲労困憊。
絶対安静とは? と頭の片隅に思い浮かんだ疑問を誰かに問う元気もなく……
「さあ、キリキリ食え! そして動け! 減らした分を取り戻せ!!」
「……無茶言わないで下さい……」
朝も早くから押しかけて来たシリウムに、軽く十倍はありそうな量の朝食を押し付けられて、重い溜め息を漏らした。
第6章第5話をお読みいただきありがとうございます。
静まり返った深夜の病室で行われた、教皇と皇宮呪師の密やかな会話。
ステラの鋭い一言は、インスがアインへ向ける狂おしいほどの愛情の根底にある、ある種の「歪み」を浮き彫りにしたようにも思えます。
インスの激しい動揺は、彼自身が恐れているものに触れられた証なのかもしれません。
そして、理不尽な暴力を受けたインスが、笑顔の裏に冷たい怒りを隠してステラに依頼した「頼み」。
国家の最高峰を巻き込んで彼が打った布石は、今後の運命にどう影響していくのか?
更に翌朝にはシリウムの容赦ない機能訓練の日常が戻ってきました。
しかし、彼らの内側にはまだ癒えない傷が数多く残されていて……?
次回も引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
【今後の連載スケジュールについて】
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【第9弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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