第4話・国家権力の最高峰 ~彼らの冷たい怒りに触れて~
第6章 破綻と瓦解の一線を
第4話・国家権力の最高峰 ~彼らの冷たい怒りに触れて~
「……報告は以上です……」
「……そう。ご苦労様……」
表情を一切消して、感情を抑えた堅い声でなされたシリウムからの報告に、口元にだけ笑みを浮かべた教皇、ステラ=シアスは静かに頷く。
一礼して下がって言ったシリウムを見送り、ステラは小さく息を吐く。
「……愚かな子……」
提出された命令書を見下ろすステラの瞳に温度はなく、唇からこぼれ出た言葉には感情が宿っていない。
皇帝執務室から、秘書官次官である侯爵がわざわざ医務殿の処置チームの元を訪れ、この命令書と共に厳命して行ったというのだから驚いた。
書類は確かに正規のもので、正式な命令書ではある。
けれど、出所はあくまでも『皇帝執務室』。
エスパルダ聖皇国皇帝による勅令ではないし、秘書官筆頭である公爵のサインも印もない。
あくまでも、次官である侯爵による独断専行。
「いつかやらかすだろうとは思っていたけれど……思い切ったやらかしをしてくれたものねぇ……」
うっそりと囁くステラの、その冷たい微笑を目にすれば、いつもとのあまりの違いに震え上がること間違いなし。
「……さて、皇帝陛下はどう、決着をつけてくれるのかしら?」
きっと手ぐすねを引いて断罪する時を待っていたのであろう皇帝を思って笑みを深める。
ただ、少なくとも、それだけでは済ませてあげられないことにも間違いなくて……
(……インス君を、いかに当代一の実力者とは言え、所詮は一介の皇宮呪師に過ぎないとみなしていたのだとしたら、愚かすぎるわねぇ……それに……)
「……本当。余計な徒労を、ご苦労様……どうしてくれようかしら?」
今すぐこの命令書を灰にしてしまいたいところだけれど、重要な証拠の一つだ。
がっつり、しっかり、きっちり守って、皇城に突き返してあげましょう。
そうと決まれば……
聖皇国の教皇は、結界維持を専門とする神官呪師の中から、もっとも魔力量が多く、実力の優れたものが選ばれる。
だから、現在の教皇であるステラは、当代一の結界維持の専門家。
結界を維持する白魔法は、既にある結界を引き継いで維持する必要性もあることから、他者の魔法に干渉し、引き継ぐことも得意とする。
つまり、魔法に対しての干渉能力が高い。
それは何も、維持するだけではなく、破壊することも可能とする。
教皇の怒りを買うということは、国家守護の結界を放棄される可能性があるということ。
人の住む場所が守られているのは、その守護結界があるからに他ならない。
つまり、教皇がこの国を守る価値はない、と判断すれば……それ即ち国家の滅亡。
それだけの力を、教皇は持っている。
何より……
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「……最悪だな……」
報告に、エスパルダ聖皇国皇帝、ツイーディ・ニウム・バリエガムことバリー帝は重い溜め息を漏らした。
「申し訳ございません……隙をつかれました……」
「いや……孫娘を押さえるのは最優先だ。そちらに掛かり切りになるのは仕方がない……だからこその次官なのだからな……」
沈痛な表情で陳謝する筆頭秘書官、ケルン卿オーヴァにはそう返すが、だからといって引き起こされた事態が重すぎて許すとも言えない。
仕方はないが、許すこともできない、という何とも難しい状況になっているのは、皇帝執務室からの命令によって行われたインスに対する『特別処置』があまりにも常軌を逸した暴力になってしまっているから。
「……タゼッタは、インス君が教皇猊下の血縁だって、知らなかったっけ?」
「いえ……知っている筈です。ただ、ラント呪師は神官呪師ではなく、皇宮呪師ですので、それほど親交がないだろう、と考えている節はあります」
「……へぇ……」
首を傾げたバリー帝に、頭を下げたままで答えるケルンは、自身の部下ではあるものの、頻繁に独断専行して問題を引き起こしてくれる次官の侯爵に内心で何百万と呪いの言葉を吐き続ける。
バカだバカだとは思っていたが、流石にこれは庇いきれるものではない。
国家戦略級の最高の呪師を不用意に殺しかけ、今すぐにでも離反されかねない事態を引き起こした。
彼が感情のままに、今すぐ聖皇国を灰燼に帰しても不思議はないが、それができない状況にあることも知っているからの暴挙ともいえる。
(……確かに、ラント呪師が子をなさずに死亡することになれば、優秀な呪師の血筋が一つ絶える、と考えるのも無理はないが……)
「……インス君を十三歳になるまで育ててたのはシアちゃんなのに、親交がない、ねぇ……」
口の中で呟くように言うバリー帝の声が冷え切っていて、自分に向けられたものでもないのに悪寒が止まらない。
「……なぜ、そうなったのかも、考えてないってことだよね?」
「……恐らくは……」
「……へぇ……」
聞かれて、声が震えないように注意して頷くと、数段怒りが深くなった声が返って来て血の気が引いていく。
ここまで怒りを露わにするのも珍しい。
「……じゃあ、インス君、子供が望めない体にされてるってことも、知らないんだ……?」
「……っ……!?」
一切の感情が消えたのと同時に囁かれた言葉に、頭が真っ白になる。
「……は……?」
「あれ? オーヴァも知らなかったっけ?」
思いもかけない言葉に、一瞬意識を飛ばしたケルンは、必死に記憶を探る。
ラント呪師が、子供が望めない体にされている?
一体、いつ? どうして?
「……インス君が生まれる前から命を狙われて、三歳にならないうちに母親が亡くなったのは知ってるよね?」
「……はい……もちろん……その結果、母親の生家に引き取られ、そちらで育てられることになったのですが、以降も頻繁に命を狙われ、誘拐や監禁も日常茶飯事で……っ!?」
そこまで言って、思い出す。
生まれる前も、生まれてからも、執拗に命を狙われたインスの下には、様々な薬や毒も運び込まれ、半ば無理やり服用させられることが続いた。
それは、母親の生家に引き取られてからも続いて、結局、五歳になる頃にはステラの下に引き取られ、半ば閉じ込められて育てられた。
それでも誘拐や監禁は完全には無くならず、飲食を拒むため、食事はステラ自身が逃げ回るインスを捕まえて、拘束して、無理やり口に突っ込むようにして強制的に取らせていたくらいだ。
ステラが手ずから突っ込むものにはおかしなものは入っていないとインスが理解するまで……確か、十歳ごろまでその状況が続いたはず。
「……まさか、幼少期に盛られた薬や毒に……?」
「そう。直接的にそうなる薬やなんかがあったわけではないけれど、色々混ざった結果、機能が失われてしまっている……だから、無駄どころか無意味な蹂躙でしかない」
真っ青になって、震える声で問いかけたケルンに、あっさりとバリー帝は頷く。
「ねえ? オーヴァ」
「っ。……はっ!」
改めて呼び掛けられて、ケルンは居住まいを正す。
「私はね、向上心があるのが悪いとは言わないよ?」
「……はい……」
静かに言うバリー帝の声に、温度はないまま。
「けれどね、単なる自分の欲望を国家のためなんて、大義名分で穢されるのは、許容できないかな?」
「……はい」
はい、としか言えなくて、ケルンはただ頷く。
「……オーヴァ・カルヌア・ケルン=ガー・サティーラ公爵……」
「はっ!」
すうっと、目を細めたバリー帝に正式名称で呼ばれ、ビシッと背筋を正し、指を真っ直ぐに伸ばして太ももの横に添わせる。
「エスパルダ聖皇国皇帝、ツイーディ・ニウム・バリエガムが命ずる」
「…………」
勅令が、下る。
「タゼッタ・フォリオ・アンティム=ラウノビス侯爵を完全罷免せよ」
「かしこまりました」
深く一礼し、拝命したケルンは、バリー帝が無言で手を振り、下がるように命じるのにもう一度頭を下げて、すぐに勅令を遂行するために動き出した。
第6章第4話をお読みいただきありがとうございます。
インスとアインの命懸けの夜が明ける頃、国家の頂点では静かで恐ろしい怒りが渦巻いていました。
インスの尊厳を蹂躙した「特別処置」。
それは皇帝の意志ではなく、愚かな次官の独断によるものでした。
インスが幼少期に盛られた毒によってすでに子供を作れない身体になっていたことすら知らない、無意味で残酷な暴力。
その事実に、教皇ステラは冷たい微笑とともに国を滅ぼしかねない怒りを滲ませ、皇帝バリーは感情を消した声で次官の完全罷免を命じます。
「国家のため」という大義名分で私欲を満たそうとした愚か者に対し、下された冷酷な断罪。
無事に元凶が排除されましたが、彼らを待ち受ける運命はまだ過酷なまま……。
次回も引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日12時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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【第9弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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ノリト&ミコト
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