第3話・日常の貌をした ~異変の始まり~
第5章 ソレはスベテをハカイする
第3話・日常の貌をした ~異変の始まり~
その日は一見普段通り、穏やかな一日に思えた。
「……ふむ……よし、順調に増えてるな……」
「……肥えてる、じゃないですよ……」
朝、診察に来たシリウムが身体検査をして、入院当初の数字と現在の数字を見比べて満足そうに頷く。
若干ぐったりとした様子のインスは、今朝も普段の六倍はあろうかという量の食事を半ば無理やり詰め込まれて……どうやら幻聴が聞こえているようだった。
「肥えているじゃない。増えているだ」
「同じでしょう……」
いや、ちゃんと聞こえてはいるようだが、言い方に不満があるらしい。
「お前の身体はどうなっているんだ? 普通、もっと増やさないとヒョロガリの洗濯板みたいになるはずなのに……」
「知りませんよ……いえ、異常なほど熱心な訓練士の方のせいかもしれませんね……」
鼻で笑ったシリウムが、寝衣の前を合わせているインスを眺めて首を傾げると、インスは手を止めることなくちょっと唇を尖らせて文句をつける。
実際の数字と、見た目の体格が一致しない謎。
インスの現在の身長と体重では大した筋肉量も脂肪量もなく、骨と皮だけに近い状態のはず。
なのに、薄く、細身ではあるが均整の取れた身体つきをしていて、計測された数値が間違っているのではないかと疑うほど。
恐ろしいほどバランスが良い身体つき、とでも言えばいいのか……
「ただ、どちらにしろ、薄すぎる……もうあと十くらいは最低でも増やした方がいいんだが……」
「無理です! これ以上一気に増えるはずがありません!! 十も増やす!? どれだけ肥えさせる気ですか!!」
ぼそりと呟いたシリウムに、インスは顔色を変えて拒絶した。
今でさえ、一食当たり普段の六倍。
それを、あと十も増やそうと思ったら何倍食べさせられるのか……物理的な限界をとうに超えているというのに、これ以上は本気で身体が内側から破裂する。
「まあ、栄養バランスやら増量曲線やらを考えると、これ以上の急激な増加は無理だろうな……が、絶対に今以上落とすな。凍えて死ねるぞ」
「……分かっていますよ……」
目を座らせて言い切るシリウムからそっと目をそらし、口の中でぼそぼそっと呟く。
そうは言われても、正直、キツイ……食事で死ねそうな気がする。
「まあいい。今日は午前中はいつも通り機能訓練を受けろ。私は今日は奥殿の方に呼び出されているから……恐らく、そろそろだ」
「……結局、やっぱり皇女殿下の説得は無理でしたか……」
「恐らくな……」
二人同時に溜め息を吐く。
新年参賀を終え、まだ少し騒がしさは残っているとはいっても、今すぐにでも我慢しきれずに出奔しそうな皇孫皇女を止めるには、そろそろ明確に許可を出し、日程を定める必要がある。
皇城側から、インスやアインの容体を聞き取りされるであろうことは目に見えていて、シリウムの目が死んだように濁った。
「……虚偽は、報告できんからな……」
「もう少し、加減して下されば引き延ばせたのでは……?」
「それでジャネット皇女が出奔しようものなら大惨事だ……」
再び、二人同時に溜め息。
「……アイン君も、頑張っていますしね……」
「そうだな……正直、やりすぎなんだが、止まらない……」
今まで当たり前にできていたことができなくなっている、と判明して以来、アインの機能訓練への取り組み方が常軌を逸している。
周囲が止めても落ち着かないようで、半ば無理やり眠らせでもしない限りずっと訓練を続けていて……
「……そのおかげというか、とりあえず、左側に誰か介添えさせれば、何とか普通には歩けるようになったが……」
左側からの接近や接触に対して異常なほど怯える、という現象も起きていて、せめて隣を一緒に歩く誰かか、壁でもないと危なっかしい足取りになってしまう。
だが、そもそも、まだほんの五歳ほどとされるアインに、急に隻眼の身体感覚に慣れろ、という方が無理だろう。
「……午後はアインの機能訓練に付き合って、お前が左側の壁になってやれ」
「そうですね……わかりました」
そう言って、シリウムは病室を出て行ったのだが……
「ラント呪師。急ですが、特別な処置が必要になりました」
「……はい……?」
普段見かけることのない医呪神官が、午前中の機能訓練を終えて病室に戻ったところで訪ねてきて、インスは目をしばたたいて首を傾げる。
医務殿に所属する医呪神官であることは間違いないが、この病棟……既に隔離棟からは移動していて、機能訓練を急ぐ患者向けの病棟の一つ……で見かけた覚えがない。
「……特別な処置、ですか……?」
聞いていませんが……
「はい。急遽決まったことでして、移動をお願いしたいのですが……」
戸惑うインスに、どこか事務的に告げるその医呪神官は、説明らしい説明もせず、まずは移動を、と命じる。
そう、命令だった。
「………………」
何か、おかしい気がする……
そう思いながらも、明確に拒む理由も特に見当たらなくて……
「……せめて、何が行われるのか説明して頂きたいのですが……?」
「それは移動先の処置室で行います」
「……………」
困惑しきりのインスに、淡々と伝えて再び移動を、と促す。
そっと、息を吐いたインスは……
「……わかりました……」
そうとしか言いようがなくて、案内されるまま医務殿内を移動する。
いくつかの棟を通り過ぎ、来たことのない棟に連れて行かれて、何とも妙な気分がぬぐえない。
周囲には人の気配も皆無で、少なくとも普段使いの棟ではなさそうだった。
「……こちらに……」
「……わかりました……」
無機質な白い扉の鍵を開け、中へと促される。
そっと溜め息を飲み込んで、インスは室内へと足を踏み入れた。
第5章第3話をお読みいただきありがとうございます。
いつもの(?)医務殿の風景から始まり、シリウムの過酷な食事指導(?)を受けるインスと、討伐隊への同行に向けて必死に己の限界を超えようとするアイン。
皇女の出奔が迫り、タイムリミットが刻一刻と近づく中、彼らもまた過酷な現実と向き合います。
しかし、シリウムの目が届かなくなったほんの僅かな隙に滑り込んできた「特別な処置」という名目の不審な呼び出し。
インスが説明を求めても淡々と躱され、人気のない隔離されたような部屋へと案内されます。
果たして、「特別な処置」とは一体何を意味しているのか!?
次回もお楽しみに!
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続きは明日12時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第9弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト
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