第2話・想像以上のできなさに ~乖離するのは認識か~
第5章 ソレはスベテをハカイする
第2話・想像以上のできなさに ~乖離するのは認識か~
目が、片方見えないとこんなに大変なのだと、アインは全く想像していなかった。
「……っ……」
「……そう、ゆっくりでいい……もう一歩、右に寄って……」
機能訓練を担当する神官呪師の指示を聞きながら、ふらふらと危なっかしい足取りでアインが歩いているのはごく普通の室内。
けれど、ところどころに大きなクッションが置かれていて、それを避けるように動いている。
真っ直ぐに歩いているつもりなのに、少しずつ斜めに移動していて、きちんと避けられるだけの距離を……少し多めに見繕っている筈なのに……
「……ぁ……」
「おっと……大丈夫か?」
つま先がクッションに当たって、バランスを崩したアインがふらつくのを神官呪師が支える。
「は……はい……っ。ごめんなさい……」
「慌てなくていい。ぶつかっても大丈夫だから、ゆっくり……」
「……っ。はい……」
半泣きになるアインを落ち着かせるように、あえて穏やかな、ゆったりとした声で告げる神官呪師に頷き返して、アインはまた一歩、足を踏み出す。
それを見て、支えていた手を離した神官呪師は少し距離を開けて右側に立った。
ふらり、ふらりと一歩一歩を慎重に、まるで初めて立った赤子のような動きで歩くアインを見つめる。
これまで両目できちんと見えていたアインは、急に左側だけが見えなくなったことで距離感はもちろん、様々な感覚が狂ってしまっていて、平面を歩いている筈なのに足を踏み外すような動きをしたり、障害物との距離が掴めなくて、口頭で指示を出しても避けきれない。
ベッドの上で手足を動かすような軽い運動をしている頃はまだよかったようだが……その時はその時でまた別の問題に直面していたが……まず、ベッドから降りて、まっすぐに立つことすらできなかった。
それから、最初は部屋付きの看護担当や、機能訓練を担当する者らに手を引かれ、病室の中をゆっくり一周したり、訓練室までも両手を引かれて歩いたりと、誰かに介添えをされながらの機能訓練が始まり、訓練室で伝い歩きや掴まり立ち、床に座って小さなクッションを上に投げて、受け止めて……
漸く一人で何とか歩けるようにはなってきたが……
(……ぜんぜん、うまく、できない……っ)
何もかもが、これまでと同じようにできなくて、一日中泣きそうになっている。
それまで当たり前にできていたことができなくなったのは、思う以上に心理的負担になっていて、どうしても焦ってしまい、何もない平地でふらついて転ぶ。
そこにあるはずのものをうまく掴むこともできなくて、食事でさえまともに食べられない。
いや、食事自体はものすごくたくさん食べさせられるのだが、自分一人でできていた食事が、誰かに手伝ってもらわないとできなくなって、すごくすごく、迷惑ばかりかけてしまっている。
文字を書くのも下手になった。
幸い、読む方は何とかなるのだが、書こうと思うと上手くできない。
もともと、それほどきれいな字を書けていたわけではないが、なにしろ、羽ペンがちゃんとインク壺に浸からない。
線の重なりがズレて、何が書かれているのか分からない謎文字になってしまう。
真上に投げたはずの小さなクッションがどこか遠くに飛んでいく。
何より……
左側から近づくものが見えないのが、怖い。
いきなり左側から声をかけられたり、横切られたりするとすごくびっくりする。
やわらかい小さなクッションを投げて貰って、受け止めたり、避けたりするのも……左側からだと全く分からなくて全然うまくできない……焦って、右側から来るのもうまく避けられなくなってしまう。
(……どうしよう……っ)
こんな、邪魔にしかならない状態で、いつまで居られる?
お姫さまの旅に、一緒に行かなきゃいけないのに、迷惑にしかならないなら……
(……途中で、捨てられる……?)
「っ!? アイン!!」
「……ぁ……!?」
思考がそれてしまったせいか、思いっきりクッションに体当たりして、そのままコロンと床に転がる。
「……大丈夫か? 少し休憩しよう……」
「だ、だいじょぶ、です! まだ……っ!!」
「いや。休憩だ」
「……っ……」
抱き起こした神官呪師の言葉に焦るが、きっぱりと言い切られて唇を噛みしめる。
体当たりしてしまった大きなクッションにもたれかかるような体勢で床に座らされて、軽く頭を撫でられた。
「……焦らなくていい……どんどん、周りに頼りなさい……」
「……で、でも……っ!」
「大丈夫だから……」
いくら言い聞かせても、アインは泣きそうな顔で、唇を引き結び、納得する様子がない。
どうしたものかと頭を悩ますが、できることがない、という思い込みがアインを急き立てていて、できていること、が一切目に入っていない。
(正直、あの状態から、ほんの十日やそこらで、ここまで回復しているのは、十分すぎる成果なのだが……)
以前、という基準があるせいか、それ以下である現状に納得がいかないらしく、限界を超えるほどの無理を当たり前のようにしようとする。
それが、目下、アインを担当している者たち全員の共通の悩み事となっていた。
第5章第2話をお読みいただきありがとうございます。
新たなハンデを背負い、未知の恐怖や不安と戦いながら機能訓練に挑むアイン。
日常の些細な動作すらままならなくなった現状に直面し、アインの心には「このままでは見捨てられてしまうかもしれない」という悲壮な覚悟と恐怖が渦巻きます。
残酷な現実を前にしても、立ち止まることすら許されない過酷な状況の中で、彼はどうやって前を向いていくのか。
そして、もがき苦しむアインを支えるべき者たちは、何を思い、どう動くのか?
次回もお楽しみに!
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【第9弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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ノリト&ミコト
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