第5話・それぞれの胸の裡 ~到達するのは~
第3章 隠れた傷と疼く心に
第5話・それぞれの胸の裡 ~到達するのは~
宣誓が終了し、問題がないと判断されたため、アインを拘束していた戒めが解かれる。
ただ、戒めを解いたからといって、自由に動き回れるほどの回復をしていないアインは横になったまま。
押し潰されそうな気分を抱えてぼんやりと天井を眺めているだけ。
途中、誰かが部屋の外から声をかけてきて、応対に出たチェスパスが小声で少し話しているようだった。
ベッドに横たわるアインを見下ろすラティスは、一切表情を変えないまま。
けれど、その内心では、過酷という言葉では生ぬるいほど悲惨な運命を歩まされているアインを憐れに思っていた。
アインは……一応、五歳ほど、としている。
けれど、もちろん本当の年齢は分からない。
しかも、体格で言うなら本当はせいぜい三歳ほど、とするべきなのだ。
それでも公式には五歳、としているのは、その理解力が高すぎる故。
三歳の子供が、今のアインほど自分の感情をコントロールできるのか? と問われれば……誰だって不可能だ、と答えるだろう。
五歳だとしても無理だが、流石に六歳以上とみなすには体格が幼すぎる。
だから、五歳。
体格相当の幼さでは説明がつかない理解力と思慮深さ。
かといって、理解力や思考力相当の年齢とみなすには幼すぎる体格。
間を取っての……取れているかは別として……五歳ほど、という判断。
(……ファン卿は、加減をきちんとして下さったのでしょうか……?)
三歳相当程度の体格の子どもを、十九歳の、鍛え上げられた体躯を持つ青年が加減もなく蹴り飛ばせば、それだけで命にかかわるのは必然。
しかも直後には、神剣の力を使った反動で身体を内側からズタズタにされている。
正直、搬送されてきた当初はいつ事切れてもおかしくはないほどの重傷だったと聞いている。
医呪神官ではない、医学を専門としているわけではないが、ラティスも中級相当までの治療の魔法はきちんと学んでいる。
回復魔法が、使い手の知識と技術によって昇華される、他の魔法とは違う技巧の塊であることも。
同じ合図の言葉でありながら、結果が大きく変わる治療の魔法はある意味一番奥深いと言える。
そして、何よりの大きな問題点。
回復魔法は、患者の治癒力を高めて、怪我や病気を治すという性質上、患者自身の気力や体力を消耗させてしまう。
だから、いまだ幼いアインに対して……いつ事切れてもおかしくない重傷者に対して……回復魔法での治療は最初からはできない。
外科的処置と、補助的効果を持つ、患者に負担をかけない魔法の併用、そして投薬。
それだけでアインを生き永らえさせ、今、意識を取り戻すまでに回復させたのは、間違いなく医務殿に所属する医呪神官たちの実力と……
(……きっと、女神様がアインをお守り下さったからこそ……)
アインの身の内に入り込み、使い手となることを強要している水の神剣は、アインを生かすために力を貸している可能性が高いと聞いている。
それこそが、女神様の思し召しであろう。
「……アイン……」
話を終えたチェスパスがベッド脇まで戻ってきて、アインに声をかける。
「……はい……」
きちんと目を合わせて返事をしたアインの声は静かだったが、その眼差しの奥に様々な感情が見え隠れしているのが分かった。
「……ラント呪師を呼んだ……」
「えっ!?」
淡々と告げられて、大きく目を見開いたアインの喉から、悲鳴のような声が上がる。
「……そ……で、でも……っ!?」
「何だ? 会いたくないなら引き返させるが?」
「ちがっ……!!」
青ざめて、慌てるアインに少し意地悪く言ってやれば、目に涙を溜めて頭を振るアインは、ガタガタと震えて自分の身体を抱きしめる。
会いたくないはずがない、でも……!
(……ぼ、く……っ。インス、さまを……っ……)
傷つけて、苦しめてしまうのに!!
「忘れているようだが、ラント呪師の方もお前と条件は同じだ。彼が魔法を使おうと、魔力を動かせばお前が苦痛に襲われる」
「……っ!!」
そうだった、自分だけではない、インスにも同じ呪いがかけられて……
(……あれ? だったら……)
気づく。
なら、自分が我慢すればいいのだと。
インスに苦痛を跳ね返さないように、どんな痛みも、苦しみも、自分がただ、耐えればいいだけだ、と。
(……そ……っか……僕が、痛いのを我慢するのが、神さまからの罰なんだ……)
すとんと腑に落ちて、一気に身体から力が抜ける。
どんな痛みも、苦しみも……自分に与えられた罰ならば。
(……インス様が、ご無理しないで済むように、僕が、頑張ればいいだけだ……)
だって、自分は見習いでしかないけれど、インス様はご立派な皇宮呪師で、沢山のお仕事をしているのだから、魔法を使わないといけない。
なら、僕が……
(……ぼくが、ぜんぶ、うければいい……)
インス様のために……
そう思い至ったアインの表情が……
((……っ……!?))
あまりにも危うくて、目にしたチェスパスとラティスは背筋が冷えるのを感じた。
第3章第5話をお読みいただきありがとうございます。
宣誓を終えてようやく拘束が解かれたアインのお話です。
インスと繋がれた呪いの条件を知ったアインが、彼なりの優しさと自己肯定感の低さから導き出した「ひとつの答え」。
そのあまりにも純粋で危うい思考に、チェスパスやラティスたちも背筋を凍らせます。
幼い彼が背負うには悲しすぎる決意に、この後二人はどう向き合っていくのか?
次回もお楽しみに!
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