第4話・振り払おうにもキリはなく ~恨みの言葉を何百万と~
第3章 隠れた傷と疼く心に
第4話・振り払おうにもキリはなく ~恨みの言葉を何百万と~
一旦、インスは元の病室に戻され、機能訓練を担当していた神官呪師を退室させてシリウムと二人きりになる。
「……それで……その……」
「アインの宣誓は終了した……先に情報を共有しておこう」
ベッドに腰かけて、躊躇いがちに口を開いたインスに対し、大きく溜め息を漏らしたシリウムはそう言って、アインの宣誓の結果を共有する。
聞くうちに、インスの顔色がどんどん悪くなって、ファンに蹴り飛ばされ、直後の激痛からの意識喪失を聞いた際には眩暈を起こして倒れかかった。
咄嗟に手を着いて堪えるが、恨みがましそうな視線をシリウムに向ける。
「……フロークス爵子の件……聞いていないのですが……?」
「……っ!? ……言っていなかったか?」
インスがファンをその姓と身分で呼んだことに一瞬驚いたシリウムは、だが本題はそこではないとすぐに気づいて首を傾げた。
何しろ、あまりにも色々なことが重なりすぎていて、何をどこまで説明したのか……きちんと時系列に沿って話していないので把握しきれていない。
「……ふむ……なら、一度、こちらで把握していることを話してやろう」
「いえ。結構です。これ以上機密まみれにしないで下さい」
「今更だろう? まあ、聞け」
「聞きたくないで……」
「まず、事の発端は……」
「ちょ……っ!?」
インスの抗議の声を無視して、シリウムはジャンヌが生まれた時から今までの、隠された真実を含む最上層部にのみ共有されている情報を含めた一連の流れを話し始めた。
「……と、言う訳で、先ほどアインの宣誓が終わり、案の定、お前は呪いの苦痛に襲われた、と言う訳だ……」
「………………」
話し終わったシリウムを、死んだような目で見るインスは真っ青。
知りたくもない機密をこれでもかと共有されて、どっぷりと絡めとられてしまったことを嫌でも自覚する。
いや、もうすでに、大分絡まれてはいたので、今更と言われればその通りなのだが、神殿側にしか共有されていないであろう事柄まで混ざっていて、更にはまだ皇城側に共有されていないであろう情報に関しては本気で黙っていて欲しかった。
「……あなたは、私を殺したいんですか……」
「バカを言うな。私は医療者だぞ? 命を繋ぐのが仕事だ。無用な死など許さん」
その割に、知っていることがバレたらそれだけで処刑案件になりそうな情報まで混ざっていたのだが……
「……まさかとは思いますけれど、アイン君にまでコレを全部……?」
「それこそまさかだ。アインはまだ子供だぞ?」
恐る恐る確認すれば、きっぱりと返されて、少しだけ安心する。
いや、自分の身に関しては全く安心できない状況に追い込まれてしまったのだが……
(……ああ、ですが、どちらにしろ、無謀でしかない討伐隊に組み込まれるのがほぼ確定の時点で同じですか……)
むしろ、知らずにいる方が危険かもしれない……と、チラリと脳裏を過る。
(……それはないですね……)
即座に否定したが……
明らかに、一介の皇宮呪師が知っていい内容ではなかった。
「……一応言っておくが、お前は『一介の』呪師ではないからな?」
「何を言っているんですか? 私はまだ、呪師学校を卒業してからもほんの二年ほどしかたっていない、新人も新人ですよ?」
ジト目になって言うシリウムに、心底理解できないとばかりにインスは返すが、まずたった十六歳で呪師学校を卒業できている時点で異常だ。
さらに卒業する前、十五歳で討伐訓練に参加して以降の三年間で上げた功績は『一介の呪師』数十人以上が一生をかけても一度も成し得ないことばかり。
これで一介の呪師呼ばわりなどしていたら、一般的な呪師は皆、ただの無能になってしまう。
(こいつが嫌味で言っている訳ではないのがなおさら問題なんだ……)
溜め息を漏らしたシリウムは、とにかく、と話を纏めに入る。
「お前も、アインも、かなり早い段階から意識は途絶えていたようだな……アインに関して言えば、呪いを刻まれたことすら知らなかった……」
「……当然でしょう……」
言われて、インスの脳裏に気を失う寸前、魔族に無造作に吊り上げられていた、血まみれで痙攣していたアインの姿が甦った。
その原因の一端がファンにあることが分かって、堪えきれない苛立ちと怒りを感じていたが、不用意に魔力が動いてしまわないように必死に押さえ込む。
以前から……というよりも、アインが皇宮側でも授業を受けることになって、皇宮に初めて訪れた最初の日から、ファンはアインを極端に厭っていた。
初対面で姿を確認もせず、いきなり剣を振り下ろしたこと然り、それ以降もずっと話題に出るたび、姿を見かけるたび、苛立たしげで、不快げな態度を隠そうともしない。
極めつけは数か月前のジャンヌを魔族が狙った事件の直後。
魔族に心の宝石を奪われ、抜け殻にされた体を操られて、アインはしたくもないのにジャンヌを刺すことになってしまった。
それを、皇女であり、女神の巫女であるジャンヌを刺した、という一点でもって、ファンはアインに対して厳罰要求を出したのだ。
操られただけの、利用されただけの幼子に罪を被せて、その場にいた癖に呪いの魔剣で負傷させられ、動けなかったという理由で守り切れなかった自分の罪は棚に上げた。
いや、実際には、ファンはきちんと自分の罪を認めてもいたのだが、インスからすればそんなことは関係ない。
アインが刺したくもないのに、刺すことになったのは、その場にいた誰一人としてアインを守り切れず、ジャンヌを守り切れなかった結果でしかない。
(……アイン君を、守り切れなかったのは、私も同じですけれど、ね……)
魔族の手の内にアインを取り残して、自分だけが強制的に送り返され、その結果、心を奪われたアインがジャンヌを刺した。
そう考えるなら、インス自身もアインを守り切れなかったことに違いはない。
それでなくても、記憶もなく、どうして皇都に居たのかも何も知らずに、違法で人身売買をしているような輩の下で、悪意と暴力にさらされていた幼子を、誰一人として守り切れなかっただけ。
誰か一人を責められる状況にはない。
それでも、と思うのだ。
だからといって、アイン一人にだけ、厳罰を要求したのはおかしい、と。
第3章第4話をお読みいただきありがとうございます。
シリウムから容赦なく「知りたくもない機密情報」を押し付けられ、頭を抱えるインス。
ただでさえ満身創痍なのに、知れば消されかねない情報まで共有されてしまいます。
そして、彼の胸の内に燻るファンへの複雑な思いも少しだけ見えてきました。
彼らが背負う理不尽な現実はまだまだ続きます。
次回もお楽しみに!
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