第6話 BランクされどBランク
ゴーストハンターのランクはS~Eと六段階ある。
その内、Eランクは基本的には、ほとんど存在しない。なりたての新人はみんなEから始まるが、すぐに経験と実績を積んでDランクへと昇格する。だから、実質的にはDが最下位のようなものだ。
Cランクは振れ幅が大きい。かなり戦闘慣れしている者もいれば、まだ戦いの場におけるメンタルが安定していない者もいる。
そして、Bランクである。
Bともなると、かなりの実力者である。Aランクのような常勝無敗のタイプと、Sランクのような化け物級と比べたら、見劣りする。だが、普通はCランクの間に、命を落とすか、引退するかで、淘汰されていく中で、何とか生き残ってBランクまで昇格した者達だ。
鎌原ヒカルは、そのBランクだ。
(くっそ! どうしたらいいんだ!)
柱の陰で、気絶したDランクを片腕に抱え込んだまま、シュウはこの場を切り抜ける方法を必死で模索する。
『何を怯えておる。奴はそれほどの手練れなのか?』
(ああ、ヒカルは、Aランクにあとちょっとでなれる、って評判だ。ランク外の俺じゃあ、話にならない)
『そもそも、本来のお前の強さでは、いま抱えておる奴を倒すことすら厳しかったのではないか? しかし、結果はどうだ?』
(たまたま上手くいっただけだ。二度も、同じようには勝てない)
『……ふむ、なるほど。すっかり負け犬根性が身についておるな』
さすがに「負け犬根性」と言われて、シュウはムッとしたが、否定できなくて黙り込んだ。
「おい、ランク外。お前がゴーストみたいな技を使えるとは驚きだ。どうやって覚えた?」
柱の向こうから、ヒカルが話しかけてくる。
シュウは答えない。とにかく、どうやってヒカル達を倒すか、そのことに頭を集中させている。余計なことにリソースを割きたくない。
「無視かよ。答えを教えてくれたら、少しは長生きさせてやってもよかったけどよ。こうなったら、問答無用でぶっ殺すしかないな」
ゴウッ! と何かが燃え上がる音が聞こえてきた。ヒカルが得意とする、炎の道術だ。呪文を唱えた様子も無いから、無詠唱で放とうとしてきているのか。
いや、違う。呪文を唱えるヒカルの声がフロア内に流れ始める。
何をしてくるのか、と思っていると、突然、シュウの目の前の空中に、氷で出来た板が現れた。磨き込まれた表面は鏡のようになっており、シュウの姿を映し出す。この氷の道術は、ヒカルの仕業ではないだろう。おそらくヒカルが連れていたサポート要員のDランクの女性。
「見えるぜ! ランク外! そこだ!」
ヒカルの、狂気じみた喜びの声が聞こえてくる。
ドンッ! と轟音が鳴り、柱の脇を、火の玉が豪速で通過した。
そのまま火の玉は天井にぶつかるかと思いきや、寸前でピタリと止まり、Uターンしてシュウのほうへと向かってくる。
(操作系の道術か⁉)
シュウは柱の下方へと移動して逃げる。さっきまで自分がいたところに、火の玉は激突し、消失した。
またもや轟音が響き渡った。今度は二発、火の玉が柱の左右からすり抜けてきて、挟み込むような形でシュウへと襲いかかる。
「うわああ⁉」
今度は、それこそ蜘蛛のようにピョンッと跳ねて、柱の上方へ避けた。ギリギリのところで何とか逃れると、火の玉は柱にぶつかって、霧消する。
「おい! こっちには人質がいるんだぞ! わかってるのか⁉」
「お前が逃げ回んねーで、おとなしく火の玉を喰らえば、簡単に済む話だろ! 次は三発行くぞ! 観念しな!」
どうする⁉ どうしたらいい⁉
シュウは必死で頭を回転させて、そして導き出した答えは――
「あー! もう!」
あえて、柱の陰から、表のほうへと姿を現した。
そして片手で抱えていたDランクを、空中に放り投げる。
自分の読みが正しいなら、ヒカル達は、ハンター仲間を殺したという同志殺しの汚名を被ることだけは避けたいはずだ。当然、いまぶん投げたDランクが墜落死でもすれば、その理由を検死官に対して説明するのに困るだろう。一階の室内で墜落死、などという状況は、ゴーストとの戦いだけなら、普通は起こりえない状況だからだ。
「誰かキャッチしろ!」
ヒカルの指示を受けて、まず巨漢の男性Cランクが動いた。落下してくるDランクを受け止めようと、そっちに意識を持っていかれている。
もう一人のCランク、女性のほうも、万が一に備えてサポート態勢に移る。このあたり、ヒカルの指示の出し方が雑すぎた。個人を指名するのではなく、「誰か」と曖昧な言い方をしていた。そのために、貴重な戦力であるCランク二人が、同時に動きを封じ込められることとなった。
その隙に、シュウは柱を一気に滑り降りると、床に接地するやいなや、勢いよくヒカル達のほうへ向かって駆け出した。
狙いはただ一人――サポート役の女性Dランク。
「ひっ⁉」
気の弱そうなボブカットの女性Dランクは、身を縮こまらせて、突撃してくるシュウに対して何も手立てを講ずることが出来ずにいる。
一人でも多く戦力を削るに越したことはない! というシュウの考えだったが、さすがにそれは甘かった。
「バレバレだよ、バーカ」
至近距離からヒカルの声が聞こえた、と思った次の瞬間、シュウの腹に、思いきり回し蹴りが叩き込まれた。
「うぐっぶ⁉」
蹴り飛ばされたシュウの体は、床に叩きつけられた後、バウンドするように転がっていき、また柱のほうへと戻されてしまった。
その間に、男性Cランクが、しっかりと落下してきた男性Dランクを受け止めていた。せっかく捕まえていた人質が、相手の陣へと戻ってしまった。
「これで人質もいねーし、手加減する必要はなくなったなあ!」
ドンッッ! とヒカルの全身を包むように炎が立ち上がる。ヒカル自身は術者本人だから、燃えることはない。そして、その状態で、呪文の詠唱を始めた。四つの火の玉が形を成してくる。
頭がクラクラする。蹴られた腹も痛い。それでも、シュウは立ち上がった。
生きてやる。何としてでも生き延びてやる。こんなところで同じ人間に殺されてジ・エンドなんて、そんな人生の終わり方はごめんだ。
シュウは「スパイダー」の能力を使い、柱を一気に登っていく。それを追うようにして、四つの火の玉が曲線を描きながら襲いかかってくる。サポートの氷の鏡も、空中にいくつか張り巡らされた。
フロアにある四本の柱を駆使して、シュウは縦横無尽に、まさしく蜘蛛の如く跳び回りながら、火の玉を一つ、また一つ、とかわしていく。狙いを外した火の玉は、ことごとく柱にぶつかり、消えてゆく。
だが、最後の一発が、シュウに激突した。
「ぐああああ!」
ちょうど、柱と柱の間を跳んでいるところだった。撃墜されたシュウは、高所から叩き落とされ、床に全身を強打した。
「か……! は……!」
服に燃え移った火が、やがて全身を包み込み始める。
もうダメだ。これ以上は無理だ。
落下の衝撃で、指一本動かすことも出来ない。体全体を包む火を消すのは不可能だ。このまま、焼け死ぬ以外に、道はない。
「おーい、やっとくたばったかー?」
柱の陰にいるシュウの姿は見えないのだろう。ヒャハハハハ! と意地の悪い笑い声を上げながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるヒカルの足音が聞こえる。
SやAほどではないBランク、されどBランク。
自分ごときが勝てる相手ではなかった。
(もう……ダメか……)
肌や髪の毛が焼け焦げる、嫌なニオイを嗅ぎながら、ゆっくりと、シュウはまぶたを閉じようとした。
『やれやれ、この手は使いたくなかったが、仕方あるまい』
いきなり、トウテツの声が頭の中に響き渡った。
『選手交代だ。お前は休んでおれ』
(えっ?)
何を言っているのか、と問う暇もない。
突然、シュウの体が、中央からメキョッ! と音を立てて凹んだ。
「うぐあああああああ!」
激痛が体中を駆け巡り、獣のような叫び声が出る。
全身が、メキメキと軋み、歪み、中心部に向かって折り畳まれるように凹んでいくのを感じながら――シュウは意識を失った。
「ははは! 焼け死んだようだな! いい叫び声だったぜ!」
柱の向こう側から、ヒカルと、その取り巻き達が姿を現す。
が、全員、ギョッとした表情で硬直した。
そこにいたのは――燃え尽きた骸のシュウではなく――古代中国の仙人風の服装に身を包んだ青年。
話に聞くUR級ゴースト「トウテツ」、そのままの姿の存在が、柱の陰で待ち構えていた。
「3分だ」
トウテツは指を三本立てた。
「3分でケリをつけてやる」




