第5話 戦術
複数の足音がフロア内に響き渡る。
来た。班員達だ。
彼らはこの部屋の中に入ってくるなり、ギョッとした様子で、壁に立っているシュウのことを見上げた。
「な――んだぁ⁉」
一番先頭に立つ、強面筋肉質の巨漢班員が、驚きの声を上げた。彼はCランクの中でも、たしかBランクに近いと評されている男だ。道術よりも、剣を使った近接戦闘を得意とする脳筋タイプ。かなり強いと聞いている。
その後ろには、もう一人のCランクの女性と、Dランクの男性。女性のほうは風の道術を得意とする典型的な遠距離攻撃型で、Dランクのほうは一応火の道術を使うが近接戦闘をメインとして戦うタイプ。
頭がクラッとした。「スパイダー」のスキルは、重力の感覚も変えるようで、特に壁に立っていても方向感覚に違和感はない。頭のふらつきの原因は、とにかく、血を流しすぎたことだ。この状態で、三人の班員を相手するのは、かなりしんどい。
けれども、やるしかない。これ以上逃げる体力も無い。そして、不幸中の幸い、ヒカルがまだ来ていない。おそらく、直接手を下して、下手に証拠が残ると、あとで厄介なことになるから、手下に殺させようというのだろう。どこまでも卑怯なやつだ。
(どうする? 誰から先に倒すべきだ?)
心の中で、トウテツに話しかける。
『自分で考えろ』
(はあ⁉)
『わしが戦術を教えるのは、たやすい。だが、それではお前が育たぬ。今後を生き抜くためにも、宿主であるお前自身が強くなれ』
(俺とお前は一心同体だろ⁉ 俺が死んだら、お前も死ぬんだぞ!)
『であれば、天命と思い、諦めるほかないな』
「あー! もう! わかったよ! やってやる! やってやるよ!」
脳内で喋っていた状態から、とうとう我慢できなくなって、シュウは叫び声を上げた。
三人の班員達は、この異常な状況にまだ適応できていないのか、戸惑いの表情を浮かべるだけで、攻撃を仕掛けてこようとしない。お陰で、作戦を練る時間は十分にある。
このフロアは一階のエントランスだ。最初に突入した時に、構造はすでに確認している。四本の大きな円柱がフロア内にそびえ立っている、印象的な造り。この柱が、鍵となってきそうだ。
思いきって、シュウは壁に立った状態から、フロアの中心部にある円柱のほうへと跳んでみた。勢いよく、弾けるように、シュウの体は宙を舞った。
「お⁉ うお⁉ おおお⁉」
空中を飛びながら、シュウは不格好に手足をバタバタさせる。今までの自分には無い、尋常ではない身体能力に、感覚がついてこない。
だけど、柱まで到達した。まさしく蜘蛛の如く、ベタリと両手両足で貼りつく。その真下には、女性Cランク。
「何がなんだかわかんないけど――やるしかないわね!」
ようやく落ち着いてきたか、女性Cランクは呪符を取り出し、呪文を唱え出す。たちまち彼女の周りに風の渦が巻き起こり始めた。無詠唱で放つことも出来る道術を、わざわざ手間のかかる手順を踏んで、放とうとしている。一気に仕留めるつもりだ。
「ハアァッ!」
気合いとともに、女性Cランクは風の刃を四連撃で放ってきた。幸い、風とはいっても、道術によるオーラを含んでいるため、可視化されている。当たらない位置まで、シュウは円柱状を這って移動し、裏へと隠れた。ズドン! ズドン! と風の刃が円柱に当たる音が、真反対から聞こえてくる。あんなのを一発でも喰らったら、真っ二つだ。
決めた。最初に倒すべきは、彼女だ。他の二人は、基本的に遠距離攻撃型ではないから、柱の上にいれば安全である。まずは彼女を先に――
そこまで考えたところで、シュウはブンブンと頭を振った。
違う。その順番じゃない。彼女を最初に倒せたとして、その後は? どうやって、他二人を倒す?
「考えろ、考えるんだ、俺……!」
頭を拳骨でゴンゴンと叩き、必死で自分なりの戦術を組み立てる。
一番弱いDランクから倒す? いや、それでは意味が無い。他二人にとって、大したインパクトではないだろう。
ならば、一番強い男性Cランク? あの筋肉ムキムキの見るからにフィジカルモンスターを相手に、一撃で倒すだけの力が、自分にあるのか?
じゃあ、やはり厄介な女性Cランク? それも違う気がする。男性Cランクは間違いなく逆上するだろう。そうなれば、手がつけられなくなる。
(あれ……詰んでない?)
頭の中が真っ白になる。もう打つ手なしか。誰を先に倒しても、その後が続かない。続く気がしない。
『その程度か、小僧』
魂が融合しているトウテツは、シュウの考えていることは手に取るようにわかるのだろう。嘲笑うような声が、脳内に響き渡った。
『では、ここまでの運命ということだな。諦めるとするか』
それも違う。
(俺は生き延びなければいけないんだ! 父さんと母さんを殺した、コントンを倒すまでは、くたばるわけにはいかない!)
『ならば、どうする』
(最初に倒すのは――!)
そこでシュウは作戦を伝えた。全てを聞き終わったところで、「ハハハ!」とトウテツの笑い声が脳内に響いた。それはシュウを馬鹿にする笑いではなく、気持ちのいい笑い。
『よいぞ、小僧! わしも賛成だ!』
トウテツのお墨付きを得たことで、自信がついたシュウは、円柱を蜘蛛のように這い動き、再び三人の班員達の前へと姿を現した。
「コソコソ隠れやがって、卑怯者が!」
「待ってたわよ! 喰らえ!」
男性Cランクの怒声と、女性Cランクの掛け声が、同時に飛んできた。
風が吹く。それは、道術が飛んでくる前の予兆のようなもの。次いで、この一撃に女性Cランクは賭けていたのだろう、さっきのような連発ではなく、円柱を寸断せんばかりの大きさの風の刃一発を、ドンッ! と轟音とともに放ってきた。
風の刃が当たる寸前で、シュウは柱から跳んだ。
跳んだ先の目標は、隣の柱。その下部のほう。そして、隣の柱の側には――Dランクの班員が怯えたように震えながら立っている。
ベタンッ! 蜘蛛の如き四つん這いの姿勢で、隣の柱に飛びついたシュウ。そのすぐ目の前には、Dランクがいる。
「ひ⁉ ひいい!」
戦闘経験が少ないDランクは、非人間的で奇怪な動きを見せるシュウに、すっかり恐れを抱いている。
こうなった相手を倒すのは、たやすい。
シュウは腰の鞘から桃木剣を抜き、思いきり、Dランクのこめかみに叩きつけた。躊躇はない。殺してしまうかもしれない。でも、手加減すればこっちが殺される。
渾身の一撃を頭部に叩き込まれ、Dランクは白目を剥き、膝から崩れ落ちた。
そこでシュウはすぐに、他二人のほうへと向き直る。二人のCランクは、どちらもニヤニヤしている。この展開は、すでに読んでいたようだ。
「おうおう、ランク外にしては上出来じゃねえか。で? 一番の雑魚を倒して、それでどうする気だ?」
「いい加減に観念したら? おとなしくしてれば、すぐ楽にしてあげる♪」
仲間が倒されたというのに、まるで動じていない。やはり、最初の読み通り、Dランクを倒したところで、奴らには何の影響も無いようだ。
だけど、この先、シュウが起こそうとしている行動を見たらどうか?
それでも彼らは平静でいられるのか?
「悪いけど、俺はこんなところで――死ぬわけにはいかないんだ!」
魂の底からの怒声を浴びせかけるのと同時に、シュウは、柱にもたれかかるように
倒れているDランクの体を持ち上げた。片腕で抱え上げても、もう片方の柱に貼りついている手足は剥がれない。すごい粘着力だ。
「な⁉ お前、まさか――!」
「あいつ、人質に取るつもりよ⁉」
二人のCランクが驚きの声を上げる。その声を背にして、シュウは柱の陰へと移動して、身を隠した。
これがシュウなりに編み出した戦術。さすがに仲間を人質に取られて、見殺しにするほどの度胸は、彼らには無いだろう。
さあ、反撃はここからだ――!
と思った瞬間、
「おい、何を手間取ってんだ。手負いのランク外一人倒すのによぉ」
その声は、絶望的な音色を伴って、フロア内に響き渡った。
ヒカルが来てしまったのだ。Cランクでも手こずるというのに、ここでBランクの一番厄介な奴が登場。
戦術の組み直しをシュウは迫られていた。




