第25話 己が心
(ど、どうなってんだ、これ⁉)
シュウは、今、自分がまるで自分ではないような凄まじい動きでN級ゴースト達を蹴散らしたことに、思考が追いつかず、戸惑っている。
考えて動いたのではない。自然と、的確かつ迅速に行動できた。
『それがスキル「変面」の力じゃ。己が意思とは無関係に、自然と体が最適な形で動くようになる。憤怒の相であれば、攻撃に特化した動きじゃ』
(他の面は、どう使うんだよ?)
心の中で対話しつつも、体はオートで動き、ゴーストどもを倒していく。
次第にN級ゴーストは減っていき、R級と思われる武将風ゴースト2体が間近に迫ってきた。
『二つの方法がある。一つは、同じ感情を思い出す方法。先ほどお主がやったようなやり方じゃ。もう一つは、該当する感情の相を思うかべる方法。これは京劇の面に詳しくないと出来んな』
(ってことは、今は選んでられない、ってことか)
『いや、そうでもないぞ。お主はあと「悲嘆の相」を使える。防御に特化した相じゃ』
(悲嘆……悲しみ、ってことか)
『両親を失った時のことを思い出すのじゃ。そして、その時の感情を思い浮かべながら、変面の動きを取ってみるとよい』
N級ゴーストはすっかり周りからいなくなった。
武将風ゴースト2体が、揃って武器を構えた。一方は剣、一方は槍だ。
ここまでのがむしゃらな攻めの姿勢だけでは、勝てないかもしれない。
シュウは、トウテツのアドバイスに従い、「悲嘆の相」を試してみることにした。
両親が亡くなった時のことを思い浮かべる。自分の中を埋めていた温かい、大切なものが、ポッカリと抜け落ちて、穴が開いたような感覚。そこに代わりのものを埋めようとすると、深い絶望と悲しみしか入り込んでこない。毎日、一人の時間になる度に、部屋の隅で膝を抱えて、虚ろな目で床を見つめ続けていた。
あの時の悲しみが、胸の内に蘇ってくる。
シュウは顔の前に手をかざして、素早く上下させた。
自分では見ることが出来ない。だが、明らかに、自分の顔を覆っている面が、別のものに切り替わった感触が伝わってきた。
「ウオオオオ!」
剣を持った武将ゴーストが、上段に構えて斬りかかってくる。
振り下ろされた剣を、シュウは桃木剣で真っ向から受け止めた。木製の剣とは言っても、宝貝だ。並の武器では断ち斬ることは出来ない。
続けて、槍の武将ゴーストが、がら空きになっているシュウの胴体目がけて槍で突きかかってきた。その槍を、シュウは剣を弾くのと同時に、ヒラリと華麗に宙に舞って、難なくかわす。
全ての防御と回避行動が、オートで実行される。これが、スキル「変面」の「悲嘆の相」か。
『一度感情を起点に面を変えれば、あとはいちいち感情を思い出す必要は無い。今のお主は、もう、二つの相を瞬時に切り替えることが出来るようになっておる。攻守の相を切り替えながら、戦うがよい』
なるほど、そういうことか、とシュウは早くも「変面」を使っての戦い方を理解した。状況に合わせて、最適な相を使い、的確に相手の攻守に対応する。しかも、動きは全自動だ。これはかなり有用なスキルかもしれない。
さっそく変面の動きを繰り出し、シュウは憤怒の相へと戻った。
苛烈な攻撃で、2体のゴーストを相手に一気に攻めかかる。だが、さすがに敵もR級だ、簡単には攻めきれない。
ゴースト達に反撃の兆候が見えた。
素早く、シュウは防御の相「悲嘆の相」へと切り替える。ゴースト達の攻撃を巧みにかわし、防御する。
ひとしきり相手の攻撃をやり過ごしたところで、ゴースト達に隙のようなものが見えてきた。戦いは全部自動で行われているため、シュウは冷静に観察するだけでいい。だからこそ、攻守のタイミングも読みやすい。
再び、「憤怒の相」へと切り替える。
桃木剣が、槍を持ったゴーストの胸部を貫いた。正確に心臓部を狙っての、必殺の一撃。ギャアアアア! と槍のゴーストは絶叫を上げ、瘴気と化し、空中に塵となって消えていった。
さらに立て続けに、剣のゴーストへと攻めかかる。シュウの怒濤のごとき連撃を前に、剣のゴーストは防戦一方で、反撃する余裕すらない。
何度か、シュウの攻撃がヒットする。次第に、剣のゴーストは動きが鈍くなってきた。ダメージが蓄積され、弱まってきたのだ。
『そのまま倒すでないぞ。とどめを刺す前に「変面」を解除せよ。あとはわしが、喰らう』
ハッとなったシュウは、急いで顔の前で手を上下させた。解除の方法を知っていたわけではないが、なんとなく、そうなるように思いながら変面の動きを取れば、元の状態に戻ると感じていた。
面が外れた。どんよりと濁ったゴーストエリアの空気が、肌に直に触れてくる。
すかさず、右手を上げた。剣のゴーストに向かって、手の平を向ける。
『さあ、食事の時間じゃ』
手の平に口が開き、強烈な勢いで、周囲の瘴気ごと、剣のゴーストを吸い込み始める。
剣のゴーストは、吸われるまいと抵抗して、腰を落として踏ん張り続けていたが、無駄な抵抗だった。ズルズルと地面を滑っていき、ついにシュウの手の平へと体がくっついた途端、ズズズウ! とその体は口の中へと吸い込まれていく。
ゴーストの絶叫がこだましたが、それは一時的なものだった。あっという間に、全身が吸われて、喰われてしまった。
「よし! また新しいゴーストを喰えたな! 今度はどんなスキルなんだ?」
『このタイプのゴーストは、特殊なスキルは無い。その代わり、汎用的な「身体強化スキル」を持っておる。これは単純に、身体能力を増すものじゃな』
「えっと……つまり?」
『わかりやすく言えば、お主の肉体が強化された、ということじゃ。攻撃力、防御力ともに増し、スピードも上がっておる。1体程度では、劇的な変化はないが、それでも、塵も積もれば山となる。この手のゴーストはどんどん喰らっていくといい』
「なるほど、RPGで喩えるなら、パラメータがアップした、ってことだな」
『あーるぴーじー……?』
「昔、世界が激変する前に流行ってたっていう、娯楽の一つだよ。俺も遊んだことないからよくわからないけど、どういうものかは話に聞いて知ってる」
『ふむ。まあ、よくわからんが、お主が理解して、納得できたのなら、何よりじゃ』
あらためて、結界内の様子を確認する。
各所でゴーストとハンター達が熾烈な争いを繰り広げている。多勢に無勢の中で、ハンター達は押され気味であるものの、ギリギリでなんとか持ちこたえているようだ。
竜之介の姿は見えない。いったい、どこで戦っているのだろうか。
「あ! あいつは!」
建物の中から飛び出してきたハンターの姿を見て、シュウは声を上げた。
ヒカルだ。いつもの余裕たっぷりで煌びやかな様子はなりを潜め、常に整えているはずの髪の毛はクシャクシャに乱れており、高級そうな衣服はボロボロに引き裂かれている。ところどころ、焼け焦げたような跡もある。
直後、ヒカルを追うようにして、建物の中から炎を身にまとったゴーストが姿を現した。
「グハハハハハ! 軟弱な炎使いのハンターめ! 貴様の火の術は、我には通用せんと、何度も言っておるだろう! おとなしく観念して、焼き尽くされるがよい!」
「くっそ! 相性悪すぎんだろ!」
ヒカルはかなり追い詰められているようだ。
はあ、とシュウはため息をついた。今まで散々に自分のことをいじめた挙げ句に、桃木剣を手に入れたいがために命まで狙ってきた、憎き男。そのヒカルを、わざわざ助けてやる義理は無い。
でも、自然と足は、ヒカルのほうへと向かっていた。
『よいのか? あの男は、助けたところで、感謝するどころか、お主をかえって憎むかもしれんぞ』
「そういう損得勘定だけで、人間は動かないんだよ」
『ふむ……よくわからんのう』
シュウ自身も、自分の心の動きがよくわかっていない。
だけど、一つだけ確かなことはあった。
どれだけむかつく奴でも――ヒカルは紛れもなく、仲間である、ということだった。




