第24話 憤怒の相
ついに紫色の結界の前に辿り着いた。
半透明状の壁の向こう側には、無人の旧中華街が広がっている。だが、それはあくまでも結界の外であるから、そう見えている光景であって、実際には中に入らないと何が起きているのかわからない。
無風のように見えて、一歩結界内へと足を踏み入れれば、地獄絵図が展開されている可能性だってあり得る。
「覚悟はいいか?」
「え、ちょ、待ってくださいよ」
シュウは慌てた。いきなり竜之介に覚悟を問われたが、もちろん、そんなものまだ完了していない。本当のところは無能力でも何でもなく、中にUR級ゴーストのトウテツを宿している。いざとなれば、短時間とはいえ、トウテツに選手交代して戦ってもらうことだって出来る。
だが、今の自分はまだまだ力不足だ。持っているゴーストのスキルは、「スパイダー」と「変面」だけ。「変面」に関しては、吸収したばかりで、使い方を理解していない。
この状態で、何が待ち受けているかわからない敵の結界内に飛び込むのは、自殺行為でしかない。
「他のみんなは⁉ 呼ばなくていいんですか⁉」
「ギリギリまであいつらには待機してもらう。全員で結界内に飛び込んで、もし相手が万が一、SR級以上の敵だったら、かなりやべえことになんだろ。いざっていう時のための、援軍要員だ」
「その、カバネバミ流の戦い方は、十分よくわかりましたって! でも、そんなこと言ってる場合じゃ――」
「ビビってるんだったら、一旦戻ってろ。俺は行くぞ」
そう言い捨てるやいなや、竜之介は一切ためらうことなく、結界の中へと入り込んだ。
紫色の半透明の壁に吸い込まれるように、竜之介の体は消えていく。後には、無人の旧中華街がうっすらと結界の向こう側に見えているだけだ。
『退くも進むも、お主の自由じゃ。好きにせい』
何か問いかける前に、トウテツのほうから先に決断を促してきた。つまりは、自分はまったくアドバイスはしないから、シュウ自身でどうするかを決めろ、ということなのだろう。
「ああああ、もおおお!」
ワシャワシャと苛立たしげに髪の毛を掻きむしり、十秒ほど悩んだ末に、シュウは覚悟を決めた。
今の自分は弱い。だけど、自分より強い敵を倒していかなければ、強くなれない。
喰らうしかないのだ。ゴーストどもを。とにかく一体でも多く、喰らっていくしかない。
「行くぞ! トウテツ! しっかりサポートしてくれよ!」
『うむ、よかろう。その意気やよし、じゃ』
意を決して、シュウは結界の中へと、足を踏み込んだ。
まったく何かに触れている触感は無い。感覚的には普通に前へと足を進めているだけだ。なのに、膝より先は、紫色の壁の向こう側へと吸い込まれている。強烈な違和感に、喉の奥からせり上がってくる恐怖心を感じながらも、もうここまで来たら後には引けず、シュウはエイッ! とばかりに一気に結界の中へと飛び込んだ。
途端に、目の前の光景は、さっきまでとはまるで違うものへと変化した。
旧中華街の建物群は、そのほとんどが業火に包まれて燃えている。それがゴーストによるものか、あるいはゴーストハンターの道術によるものか、定かではない。
少なくとも、わかったのは、結界の中はすでに戦場、ということである。
路上には、黒焦げになった死体や、首の無い死体が転がっている。ゴーストは倒されたら塵となって消えるので、実体が残っているということは、ゴーストハンター側の死者だろう。
街路のあちこちで、所狭しと、ゴーストとハンター達の熾烈な戦いが繰り広げられている。
ゴースト側の数は尋常ではない。雲霞のごとく大群で押し寄せる幽鬼どもは、おそらくN級ゴーストだろう。数の力で押し切ろうと勝負を仕掛けているが、さすがに生き残っているゴーストハンター達はヤワではない。次々と武具や術を使って蹴散らしていく。
問題は、その中に紛れて、明らかに格の違うゴースト達が暴れ回っていることだ。
そいつらは全員、古代中国風の鎧に身を包んでおり、見るからに戦記物に登場する武将といった風体。剣、戟、槍はおろか、鉄槌、鉄扇といった変わった武器を使いこなすゴーストもおり、動きのキレの良さもN級ゴーストとはまるで異なる。
「ぐあああああ!」
シュウの目の前で、ゴーストハンターの男性が、肩を槍で貫かれ、そのまま建物の外壁に縫いつけられた。
危ない――! と思って駆け出したシュウだったが、間に合わなかった。
「助けてくれぇ!」
涙を流しながら、助けを求めた男だったが、その頭部に、飛来した矢が突き刺さった。衝撃で、目玉が中から飛び出る。即死なのは間違いなかった。
「くっ!」
シュウは桃木剣を構える。街路中を埋め尽くすゴーストの群れの一部が、乱入者である自分に気が付き、新たなターゲットとして狙いを定めてきた。
(どーすんだよ! こっち向いてるゴーストだけでも、十五体くらいはいるぞ!)
『おー、よくこの短時間で数えられたのう。それくらいの精神的余裕はあるということか』
(余裕なんかないよ! わかってんだろ! N級一体倒すのでもいっぱいいっぱいの俺が、あんなのまとめて相手できるか!)
『確かに、以前のお主なら無理じゃろうな。しかし、今は違うじゃろ』
(ハァ⁉)
『お主が先ほど手に入れたスキルは、なんじゃ?』
(『変面』? いや、でも、あんなのどうやって使うんだよ!)
『ものは試しじゃ。先ほどの変面鬼と同じ動きで、己の顔の前で手を動かしてみよ』
(ど、どういうこと?)
『ひとつだけ、コツがある。強く念じるのじゃ。己の想いを。この場合は、そうじゃな、敵への憎しみじゃ。仲間達を葬った憎きゴーストどもへの怒り。憤怒の心を、胸の内から湧き上がらせよ。そして、変面の動きを真似るのじゃ』
脳内でそんな会話を繰り広げている間にも、ゴースト達はゆっくりと近寄ってくる。まるでゾンビのような見た目の、いかにも死霊とわかるN級ゴーストが十三体。そして、剣を持った武将風のゴーストと、槍を持った武将風のゴーストが一体ずつ。おそらく武将風のゴーストは、R級だ。
絶体絶命。だけど、こんなところで死ぬわけにはいかない。
勝つ。勝って、生き残る。生き残って、UR級ゴーストのコントンを倒すのだ。
「ちくしょぉ……!」
道のあちこちに転がっている仲間達の死体を見ている内に、怒りは自然と湧いてきた。みんな、まだまだ生きていたかっただろう。死ぬ覚悟はあっても、本当に死んでいい人間は一人もいなかったはずだ。
仇を、取ってみせる――!
ゴースト達が隊列を組んで、迫ってくる。N級ゴースト達が最前線に立ち、武将風のゴースト二体は後方で武器を構えて、じりじりと間合いを詰める。
あと少しでN級ゴースト達の攻撃圏内に入る、というところで、シュウは吼えた。
「うおおおおおお!」
自分を奮い立たせるのと、怒りを爆発させるのと、合わせての振る舞い。
そして、シュウは、顔の前で素早く手の平を上下させた。
その動きは変面鬼がやったのと同じ、変面の動き。
直後――シュウの体は自分の意思とは関係なく、ドンッ! と勢いよく飛び出し――N級ゴースト達の群れのど真ん中に、いつの間にか飛び込んでいた。
虚を突かれたか、ギョッとした表情になったN級ゴースト達は、慌てて鋭い爪を光らせ、シュウを切り刻まんと前後左右から襲いかかってきた。
「ヒュッ――!」
鋭い呼気を吐き出すのと同時に、シュウの全身が爆ぜるように動いた。
桃木剣を素早く四方へと振り、的確に、自分を狙ってきたN級どもの頭部を叩き潰した。グジャリ! と音を立てて、ゾンビのような見た目のゴースト達の頭は、次々と粉砕される。
「シャアアアア!」
まるで蛇のような威嚇の声を上げて、シュウは回転斬りを放つ。
包囲網で押し潰そうとしていたN級ゴースト達は、シュウの勢いに耐え切れず、輪が広がるように押し返されてしまった。
コオオオオ……と体内で練り上げた気を、口から吐き出すシュウ。
その顔面には、京劇における「憤怒の面」が被さっていた。




