第23話 寸断
ゴーストハンター専用スマホで、現在位置を確認しながら、旧中華街の中を進んでいく。
今は、朝陽門より入ってから、南下していく「南門シルクロード」という通りを歩いている。
ゴーストは、先ほどの二体が出現したきり、新しいものは出てこない。
「静かすぎませんか?」
「ああ……妙だな。ハンターの誰かが結界を張っているにしても、この様子だと、かなりの規模、広範囲にわたって張り巡らせていることになる」
途中で右に曲がった。中華街を西進することになる。より深く、より中心部へ。
「蜷川さん、あれ!」
シュウが指さした方向、通りをまっすぐ行った先に、紫色の半透明の壁で構成された立方体が立っている。
結界だ。
その結界は広い区画を覆っているようで、大きく長方形に横たわっている。
ぞくり、とシュウは背筋を震わせた。ごーすとはんたーの新人訓練の時に教わった基本中の基本。結界には二種類ある。術式を使えるゴーストハンターが張り巡らせるものと、逆にゴーストが張るものだ。色はそれぞれ違っており、前者は赤色、後者は紫色をしている。
あの結界は、紫色。
「罠ァ、張ってやがったな」
チッと竜之介は舌打ちした。
シュウも、舌を巻きたい気分だった。通常、ゴーストは単体で動くことが多く、組織的に動くことは滅多にない。ましてや、戦術らしい戦術なんてとることはなかった。
この敵は違う。明確に、作戦を立ててきている。ゴーストハンターを一箇所に集めて、一網打尽にしようという意思を、明確に感じる。
「おっと、パーティに遅れてきた俺達は、どうやら門前払いのようだな」
建物群の陰から、ズルリ、とゴースト達が姿を現す。どれもN級のようであるが、それにしても、数が多い。道の左右から、計九体、シャアアアと鋭い威嚇の声を上げながら、ゆっくりと近寄ってくる。
「蜷川さん、さすがにあの数は――」
「安心しろ。そこまで鬼じゃねえよ」
それまで吸っていた煙草をピンッと指で弾き、竜之介は両手の指を広げると、ダラリと脱力した感じで腕を下げた。
何も武器を持っていない。
「え? 蜷川さん? 何やってるんですか、早く武器を出さないと――」
「もう出してんだよ」
「は?」
「わかってねえなら、下がってろ。足手まといになるし、巻き添えになる」
得体の知れないものを感じる。素直にシュウは一歩、竜之介の後ろへと下がり、様子を見ることにした。
これでゴーストが人語を話すのであれば、さぞや竜之介のことを馬鹿にして、大笑いしていたことだろう。しかし、N級は基本的に人の言葉は話せない。R級でもごく稀。SR級以上になって、やっと対話が可能になる。
一見、丸腰の状態で、竜之介は構わずにズンズンと先へ突き進んでいく。
N級ゴースト達は、あっという間に竜之介を取り囲んだ。もうすでに攻撃間合いに入っており、ちょっと腕を伸ばせば、人間の肉体なんて簡単に引き裂けるほどの位置に立っている。
「蜷川さん!」
見てられなくて、シュウは救援に駆けつけようとしたが、竜之介はこちらへ背を向けたまま、手を突き出して、シュウの動きを制してきた。
「来んな。邪魔だ」
もどかしい思いで、シュウは足を止めた。だけど、素手にしか見えない竜之介が、どうやって九体ものゴーストを倒すというのだろうか。まさか素手で全員殴り倒す気なのか。そんな馬鹿な。
「ケアアアア!」
長身の泥人形のような見た目をしたゴーストが、奇声を上げて、腕を振り上げた。その手の指先には鋭い爪が伸びている。あんなので切り裂かれたら致命傷確実だ。
「危ないっ!」
シュウには、そう叫ぶことしか出来なかった。
長身のゴーストが勢いよく腕を振り下ろした――と思ったら、次の瞬間、そのゴーストの腕が吹き飛んだ。肘より先が、鋭利な刃物で切り裂かれたように、綺麗な断面図を伴って、消えて無くなっている。
「ケア⁉」
攻撃を仕掛けた長身のゴーストは、自分の切断された腕の断面図を見て、不思議そうな声を上げた。
その直後、ゴーストの首が、何の前触れもなく切断されて、生首がゴロンと体の上を転がっていき、地面に落ちた。泥人形のような頭部は、地面に叩きつけられた途端、グシャリと潰れてしまう。
たちまち、残る八体のゴースト達が、雄叫びを上げて、一斉に竜之介へと襲いかかった。
だが、全ては一瞬の内に終わった。
竜之介を取り囲んでいた八体のゴーストは、突然、全身が細切れになって、バラバラと崩れ落ちたのだ。
ゴーストといっても、完全に実体化した連中は、肉体を持っているという点で人間と大差はない。弱点の部位なども、人型であれば、人間と共通している。
だから、あそこまで細切れに寸断されれば、もう助からない。
ゴーストになってから滅した後、どこへ彼らが行くのかわからない。確かに存在すると言われている冥界か、それともまた別の世界、例えば地獄のような場所へ行くのか。
どちらにせよ、あそこまで無惨な死に様を見ると、いくらゴーストとはいえ、若干同情せずにはいられなかった。
(それにしても、隊長はいったい何をしたんだ……⁉)
『鋼線じゃな』
(え?)
『よく見よ。宙に、無数の鋼線が伸びておるのが、わからんか』
トウテツに指摘されて、ようやくシュウは気が付いた。
竜之介の、黒い手袋に包まれた両手の指から、銀色に輝く鋼線が伸びている。一本の指につき一本の鋼線、計十本の細いワイヤーが、街路に蜘蛛の巣を張るように広がっている。それらの鋼線は、竜之介がクイッと手首を捻ると、そういう機構でもあるのだろう、シュルシュルと巻き取られていき、黒い手袋の中へと収まっていった。
(嘘だろ……⁉ あんな、殺人ワイヤーを武器に、ゴーストと戦ってるのかよ⁉)
『しかも使いこなしておる。あやつ、かなりの食わせ者じゃのう。Bランクという肩書きで終わるような実力ではない』
ものの数秒で、一気に九体ものゴーストを片付けた竜之介は、相変わらずやる気のなさそうな表情でシュウを振り返ると、道の先にある紫色の結界へ向けて、顎をしゃくった。
「なに、ボーッと突っ立ってるんだ。早く行くぞ。俺達の部隊名はなんだ?」
「カバネバミ……」
「だろ? 早く行かなきゃ、屍肉にありつけねえ。他の連中が頑張って消耗させたゴーストにトドメを刺すのが俺達の仕事だ。フレッシュだけど安価なミートをミンチにして、喜んでる暇はねえんだよ。ありつきたいのは、高級肉だ。霜のふった上等な、SR級以上のな。わかったか? わかったら、行くぞ」




