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第21話 変面鬼

 瘴気状のN級ゴーストなら、もう何度も、何度も戦ってきている。いまさら恐れるものではないはずだ。


 それでも、手が震える。膝が笑いそうになる。


 シュウは一切の術式が使えない。攻撃を強化することも出来なければ、防御力を上げることも出来ない。プロの格闘家を相手に、素人が素手で勝負を挑むようなものだ。無茶苦茶すぎる。


 夜闇に包まれた路地が、ゴーストの瘴気によって大きく包まれて、さらに漆黒の闇へと変化する。


 瘴気自体に当たり判定はないし、攻撃力もない。うっかり吸い込んでしまうと、呼吸が困難になるという弊害はあるが、それだけだ。なので、まだ焦るほどのことはない。


 問題は、実体化している部分だ。この手の瘴気状の「こっちの世界へ来たて」のゴーストが厄介なのは、どこが実体化していて、どこから攻撃を仕掛けてくるのか、いまいち掴みづらい点にある。


 黒いもやに包まれながら、シュウは冷静に、相手の全体像を見極める。


 通常、瘴気の状態から実体化するのは、全体の中心部からだ。まずはそこをよく見て、違うようなら、他の部位へと目を向けなければいけない。


 幸い、今回のゴーストは簡単だった。黒いもやの中央に、ギョロリと巨大な眼球が現れたからだ。あれが、このゴーストの実体部分。そこを突けば、一気に倒せる!


「うおおおおお!」


 シュウは雄叫びを上げて、まっすぐ突っ込み、桃木剣を眼球へと突き刺した。


 ギイアアアアア! とゴーストの絶叫が響き渡る。DPタオポイントの無いシュウには、桃木剣の真価を引き出すことは出来ないが、それでも、そもそも仙人の武器として作られた桃木剣は、力をもたぬ素人が扱ってもゴーストを倒せるだけの十分な霊力を備えている。


 実体化しかけていた眼球がドロリと溶け落ちるのとともに、黒いもやも路地の隅々へ吹き飛ぶようにして雲散霧消した。


「おー、無能力にしてはやるな、上出来、上出来」


 褒めているのは言葉だけで、大して感動していない声音で、やる気ない感じで竜之介はパチパチと拍手を送ってきた。


 とりあえず、なりたてのN級とはいえ、ゴーストを一体、自力で倒したのだ。テストは合格だろう。そう思って、シュウが竜之介のほうへと振り返ろうとした時、


「まだ終わりじゃないぞ。ほら」


 と声をかけられて、足の動きを止めた。


 路地の奥から、ツカツカと足音を立てて、異様な風体の人影がこちらへ向かって進んできている。


 京劇の武将風の衣装を着ており、背中には六本の槍を放射状に背負っている。顔には京劇の面を着けている。衣装の隙間から黒い瘴気が漏れており、どう見ても、普通の人間ではない。


 ゴーストだ。


 シュウはポケットからスキャナーを取りだした。引き金を引くタイプの測定器。これにより、精度はブレがあるものの、相手ゴーストの等級を知ることが出来る。


 引き金を引いて、コンマ数秒で、ピピッと電子音が鳴り、スキャナーのモニターに測定結果が出た。


 R級。


(おい、トウテツ! 俺の手に負えないやつが出てきたぞ! どうするんだよ!)

『ふむ。あれは変面鬼じゃな』

(変面鬼?)

『知らんのか、変面を。伝統的な大道芸の一種じゃ。一瞬にして、顔に着けた面を、別の面に変える。激情に揺さぶられた末に自死を選んだ者が、よくなりがちな鬼……ゴーストじゃ』

(なるほど。どう戦えばいい?)

『今、奴が着けている面は、悲しみの面。大した攻撃もしてこない。攻めるならば、今しかなかろう』

(了解!)


 シュウは地を蹴り、一気に変面鬼のほうへと突撃した。狙いは心臓部。人型の形態を取っているゴーストは、弱点もまた人と同様である。そこを貫けば、どんなゴーストでも一撃で倒せる。


「せえいやああ!」


 トウテツが教えてくれた、この攻め時に、さっさとケリをつけたい。R級が本気を出してきたら、まともに戦えない。


 この一発で決めてやる!


 そう思って繰り出した刺突だったが、変面鬼の胸に到達しようかという瞬間、変面鬼は、シュッ! と自分の顔の前で手を素早く上下させた。


 変面鬼の面が、瞬時に変化した。


 青や緑色で彩られた面は、眉を鋭く上げた「怒り眉」や、目尻を強調した鋭利な線条で表現されており、見るからに、憤怒の表情を表している。


『いかん! 退け! 怒りの面に変わった!』

(マジかよ⁉)


 突撃の勢いを削ぐべく、シュウは足で急ブレーキをかけ、変面鬼の目の前で止まる。そこは、相手の攻撃間合の範囲であるのは明らかだ。急いで、後退しなければならない。


「キィィィィヤァァァアアアア!」


 甲高く裏返った声を上げて、変面鬼は背中にさした六本の槍の内、二本を引き抜くと、クロスするような動きで、シュウを串刺しにせんと豪速で突きかかってきた。


 間一髪、シュウは槍による刺突をかわした。さっきまでシュウが立っていた地面に、十字状に交差する形で、二本の槍が突き刺さった。あまりの勢いと威力で、地面にヒビが入り、少しばかりえぐれる。


 変面鬼が、跳んだ。


 地面に突き刺した槍を跳び越えると、空中で、背中に残っている四本の槍の内一本だけを抜き取り、頭上でグルグルと回転させつつ、落下しながらシュウへと襲いかかってくる。


 さっきまでのゆったりした雰囲気から、急に激変しすぎである。


(トウテツ! これ以上もたない! あいつを喰ってくれ!)

『無理じゃ』

(はああ⁉)

『N級であれば、すぐ喰える。が、R級以上となると、ある程度弱らせてからでなければ無理じゃ』

(先に言えよ! それ!)


 シュウは横っ飛びに跳躍する。


 かろうじて、変面鬼の空中からの落下攻撃を回避する。ズドンッ! と轟音が鳴り響き、槍が突き刺さった箇所を中心に、地面に放射状のヒビ割れが広がっていく。


 チラリと背後を見ると、竜之介はのんびりと煙草を吸って、高みの見物を決め込んでいる。まったく、助けに来る様子は無い。シュウがここで死んでしまっても、どうでもいい、と言わんばかりの様子だ。


 絶体絶命。


 トウテツも、竜之介も、当てにならない以上、自分一人の力で、この変面鬼を、少なくともトウテツが喰らえるくらいまでは弱らせないといけない。


(え……? これ、無理ゲーじゃね?)


 DPゼロ。ランク外。頼りになるのは、その真価を発揮できない桃木剣一本のみ。


 これは、詰んだかもしれなかった。

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