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第18話 歓迎会

 結局、ヘイユンの強い抗議もあり、彼女の駐在手続きが終わってから、歓迎会は開かれることとなった。


 そのため、開始は夜7時になった。


 龍花が帰った後、応接テーブルを挟んで、窓側のソファにシュウとヘイユンが、対面のソファの真ん中に竜之介、それを挟むようにエレナとリオの二人が腰かけた。


 テーブルの上には、ぬるくなった缶ビールが並べられ、おつまみとなるポテトチップスやミックスナッツ等の袋も置かれている。


「お前らは信じられないよな。俺がハタチくらいの頃には、ほとんどの家庭に冷蔵庫があったんだぜ。生活の必需品と言ってもいいくらいだった。けれども、2039年のゴースト禍で、全てが変わっちまった」


 竜之介はそう語りながら、缶ビールのタブを開けた。プシュッ、と小気味よい音が室内に響き渡る。


「今じゃあ、冷蔵施設なんて、贅沢品だ。というか、規制がかかっている。ハンター協会の各国本部とか、軍の施設とか研究所にはあるそうだが、俺ら末端には関係のない話だ。ましてや一般人には、幻の電化製品だろうな」


 見ろよ、と竜之介が窓の外を指さしたので、つられて、シュウとヘイユンは後ろの窓の方を振り返った。


 42階の高さから見下ろす東京の街は、どっぷりと深い闇の中に沈んでいる。今夜は月に雲がかかっているのか、月明かりも無い。完全な暗黒の世界だ。


「防壁内でも、節電のため、日が暮れた後でも明かりをつけることはない。携帯用のランタンでも持っている家庭はまだマシな方だろうな。みんな、原始の時代へ逆戻りだ」


 シュウにとっては信じられない話だ。物心ついた時には、ゴーストがいる世界が当たり前の姿だった。ゴースト禍が起きたのは20年前。自分が生まれる前の出来事である。


「隊長、その演説、いつまで続くんだよ」


 リオがじれったそうに言ってきたのに対し、竜之介は口を尖らせた。


「なんだよ、俺はただ、ビールが生ぬるくても文句を言うなよ、ってことをな……」

「言われなくても、みんなわかってるよ。早く乾杯しようぜ」

「おう。じゃあ、やるか」


 全員、ビールのタブを開けた。そのままの流れで、五人同時に缶を持ち上げて、カツンとぶつけ合う。


「乾杯」


 全員の声が重なり、それから、みんなでビールを喉に流し込んだ。


(まずっ)


 実はシュウは生まれて初めてお酒を飲んだ。旧時代に作られた法律では、20歳未満の飲酒は禁止されていたし、いまだ形式上は法律は旧時代から何一つ変わっていないので、そもそも今だって違法は違法である。しかし、シュウは、別に法律を守って酒を飲んでなかったわけではない。単に、飲む機会が無かっただけだ。


 それにしても、噂に聞くビールとは、こんなにもまずいのかと、驚いていると、真横でゴッゴッゴッとすごい喉を鳴らす音が聞こえてきた。


「えっ……⁉」


 ヘイユンが、とんでもない勢いで、缶ビールを一気飲みしている。


「マジかよ……⁉」


 リオも目を丸くしている。見た目がパンクな彼女は、いかにも酒好きな雰囲気を醸し出しているにもかかわらず、意外とペースを守って飲んでいる。


 その隣の竜之介も同様に、じっくりと缶ビールを味わっていたので、ポカンと間の抜けた表情で、ヘイユンのことを見守っている。


 で――エレナである。彼女は、ヘイユンの一気飲みを見ると、急にパアッと顔を輝かせて、負けじと自身もまたビール缶を仰いで、ゴクゴクと一気飲みし始めた。


「ふう」


 あっという間に缶の中身を空にしたヘイユンは、コンッと音を立てて、テーブルの上に空き缶を置いた。


「もうひと缶行っても、いい?」

「お……おう」


 ヘイユンに尋ねられたリオは、言葉を失いながら、小さく頷いた。


 そのやり取りをしている間に、エレナもまたビールを飲み干し、空き缶をテーブルに置いた。そして、こっちは尋ねることもせず、次の缶へと手をつけた。タブを開けるのと同時に、ヘイユンを見て、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる。


「ヘイユンって、お酒強いんだね♪ 私と勝負する?」

「いや、エレナも、俺と同じ未成年のはずじゃ……」


 思わずシュウは突っ込んだが、エレナはコロコロと愛らしく笑って、まったく相手にしていない。


「気にしない、気にしない♪ どーせ、こんな崩壊世界だもん。法律も何も無いっしょ。それよりも、楽しいことは、今、楽しめる時にうんと楽しまないと!」


 直後、エレナの顔に、凄絶なまでに鋭い笑みが浮かんだ。


「――いつ死ぬかわかんないんだしね」


 その笑みを見て、シュウはゾクッと背筋に寒気を感じた。


 自分だって、無能力ゆえの艱難辛苦を何度も味わってきて、命のやり取りは十分に心得ている。


 だけど、エレナの凄まじい笑顔からは、そんな自分の苦労なんて児戯に過ぎなかったのではないかと思えるほどの、とてつもなく強烈な経験が、裏に隠されているように感じ取れた。


「いいけど、私、強いよ? 中国にいた頃は、毎日白酒(バイチウ)をストレートで飲んでいたから」

「おい、マジかよ」


 竜之介が呆れた声を上げた。


 シュウには、その白酒という酒がどれほど強いのかわからないけれど、竜之介の反応からして、きっと相当に度数の強いお酒なんだと察することが出来る。


「じゃあ、まずはスピード勝負ね! いっせーのせ、で缶を開けて、どっちが早くビールを飲み干すか、競争ね!」

「望むところよ」


 なぜヘイユンがこんなにも好戦的になっているのか、シュウは理解に苦しんでいる。もしかして、中国支部のエリートハンターとして、こんな場末の部隊に配属されたことを、屈辱的に感じているのではないだろうか。だから、酒飲み勝負でも負けたくないのかもしれない。


「行くよ! いっせーのぉ……!」

「待て、入電だ」


 いよいよ一気飲み対決が始まるか、というところで、竜之介は突然、片手を伸ばして、エレナの手を押さえてきた。


 出会った時からずっと眠たそうにしていた目が、急にクワッと見開かれ、真剣な面持ちで耳に付けたインカムから流れてくる音声に集中している。


「出たぞ。ゴーストだ」

「近くか?」


 リオに尋ねられた竜之介は、インカムの情報を聞き逃さないように気を付けながら、かぶりを振った。


「違う。横浜だ。旧中華街」

「横浜ぁ? 何よそれ、東京の管轄外じゃない。神奈川の連中が何とかすればいいじゃん」


 せっかくの一気飲み勝負を中断され、不満そうにエレナは唇を尖らせた。


「全滅だ」

「え?」

「正確には、神奈川地区のゴーストハンターの9割が総結集して、討伐に当たったが……倒せず、皆殺しにされたそうだ」

「な、なんで⁉ 神奈川って、日本で一番Sランクが多くいる地区のはずでしょ⁉ どんな化け物が現れたら、9割のハンターが全滅とかすんの⁉」

「とりあえず関東圏の全県本部に指令が下った。今すぐ旧横浜中華街のゴーストエリアへ全勢力を集結させて、敵を殲滅せよ、とのことだ。大禅のじーさん、ご丁寧に、俺らも討伐隊に加えてきたぜ。屍喰らいの俺達も駆り出すほどの緊急事態、ってところだろうな」


 シン……と場が静まる。静寂の中で、竜之介のインカムから漏れてくる、切羽詰まったオペレーターの声が、一言一句正確に聞き取れるほどに響き渡っている。


『繰り返します! 旧横浜中華街に、強力なゴースト出現! 少なくとも3体のSR級と、数十体のR級、そして測定不能なほどのN級ゴーストで溢れ返っています! 繰り返します! 旧横浜中華街に――』


 竜之介は、ビール缶を逆さまに倒して、天井を仰ぎ見ながら、ドボドボドボと口の中にビールを注ぎ込む。それを一滴もこぼすことなく飲み切った。あまりの飲みっぷりに、ヘイユンもエレナも目を見開いている。少なくとも、この瞬間、誰が一番強く酒を飲めるのかが、確定した。


 ダンッ! と力強く缶をテーブルに叩きつけると、竜之介は不敵な笑みを浮かべながら、全員に命令を下す。


「カバネバミ出動だ。今日も最前線の皆様のおこぼれを、ありがたく頂戴するとしようぜ」

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