第12話 戦う理由
2039年のゴースト禍以来、世界経済は滅茶苦茶になっており、各国政府は「まず自国の立て直しを最優先に」をスローガンとして、鎖国的な体制を構築している。
日本も例外ではなく、全国各地の空港は許可された者のみが利用できる専用施設となり、平時は人がいない廃墟同然の場所と化してしまっている。
さらに、日本ではより厳しい制約を国民に課しており、ゴーストの汚染が全く無い地域のみ防壁で構築したセーフティエリアを作り、そこに住んでいる者は一歩も外へ出ないよう戒厳令を出している。
では、セーフティエリア外――いわゆる「ゴーストエリア」と呼ばれる大多数の地域に住んでいる者達はどうなっているのか、というと、一部の人間のみがセーフティエリア内に建てられた専用居住区、急ごしらえのタワーマンションに住むことが許されていた。
その一部の人間というのは、高額納税者が中心となっており、結局のところ「政府にとって有益な人間」のみが選ばれて、ノアの方舟に乗せてもらえている、というわけだ。
生活に困窮している者や、心身に障害がある者、あるいは政治思想的に問題があると認められた者達は、最初からセーフティエリアに入る権利は与えられていない。
特に、いま、日本政府の与党として権力を握っている人民党は、コミュニスト――社会主義的思想を持つ人間を、これを機に排除しようと躍起になっており、公安が集めたデータを元に、それらの党員やサポーター達を軒並みブラックリスト入りさせた。たとえ高額納税者でも、安全地帯に入れることはしない。「社会主義者に生きる権利は無し」と言っているのと等しい振る舞いだった。
しかし、その一方で、日本全土をセーフティエリアで寸断してしまい、交通手段も政府要人か自衛隊、あるいはゴーストハンターしか使えないように制限する中で、民衆の不平不満を抑え込むためには、セーフティエリアに住む者も、ゴーストエリアに住む者も、等しく面倒を見る必要があった。
結果、考えついたのが、まるで戦時下のような「配給システム」であったというのは、なんともお粗末である。
食糧も、飲料水も、衣服ですらも、月一回の配給を待たなければいけない。
日本はもともと全世界の中でも特に落ちぶれて、後進国入りしていただけあって、このあたりの政策は杜撰で、目も当てられないものがあった。大国のアメリカや中国が、ゴースト禍を経てもなお地球全体に大きな影響力を及ぼしているのと比べて、雲泥の差である。
……などということを、全然乗客がいない列車に揺られながら、シュウはぼんやりと考えていた。
「いいよな、ヘイユンさんは。セーフティエリアに住めて」
ヘイユンのマンションは、かつての新宿区の中にあった。新宿区は、ゴーストの掃討作戦が早期に行われたこともあって、区全体が防壁で囲まれ、巨大なセーフティエリアとなっている。ただし、敷地は広いけれど、住まわせてもらっている人間はごく一握りだ。
「私は別にゴーストエリアでも構わない、って言ったんだけど、中国支部のSランクに万が一があってはいけない、って話があってね」
「それは伊庭島さんが言ったの? それとも、他の人?」
「政府の偉い人、らしいわ」
ふう、とヘイユンはため息をつき、肩をすくめた。そのジェスチャーから、彼女の言わんとしていることが、シュウにはよくわかった。「バカみたい」ということだ。
いま乗っているのは、かつてJR中央線として走っていた電車。昔はかなりの広範囲をカバーしている長大な路線だったと聞くが、今では、新宿と東京間しか繋いでいない。そして、これに乗れるのも、Sランクのヘイユンがいるからである。ランク外のシュウだけだったら、決して電車を動かしてくれなかっただろう。
「聞きたいことがあるんだけど」
「敬語……といちいち言うのも面倒だから、もういいわ、タメ口で」
「ヘイユンさんは、ゴーストを全部倒したら、この世界は元通りに戻ると思う?」
「無理でしょ」
ピシャリとヘイユンは言い放った。即答だった。
「歴史を見てみればわかるでしょ。人間は、学習しない生き物よ。そこに希望も未来もない。特に2020年代を見てみれば自明の理よ。先人が苦労して築き上げてきたものを、自らぶち壊していった。世界的なパンデミックが起きても、団結するどころか分断が巻き起こった。そこから少しずつ世界は狂い、2030年代に入ることにはもう取り返しがつかないほどの状態に陥っていた。そして――ゴースト禍」
心底うんざり、といった様子で、ヘイユンはかぶりを振る。
「私は人間に何も期待していない。いっそ滅べばいいのに、と思っている」
その答えは、シュウにとって、意外でも何でもなかった。
むしろ好感を抱いたほどだった。
「俺も同じ」
「……は?」
「確かに俺はランク外だけど、それでも、俺は俺なりに一所懸命生きている。なのに、仲間であるはずのゴーストハンター達は、よってたかって、俺のことを排除しようとする。挙げ句の果てには、父さんの形見を奪おうとしてきた」
シュウは、手に持っている桃木剣をギュッと握り締めた。
「正直、こんなくだらないことしてるんだったら、滅んじゃえよ、と思う」
沈黙が流れた。
電車の走行音と、車体が軋む音だけが聞こえている。
お互いに、それぞれを値踏みするような目で、相手を見つめている。
「だけど、あなたはゴーストハンターをやっている」
「父さんと母さんの仇を討ちたいからね」
「なるほど、それが全ての行動原理ね。じゃあ、私も同じ。私もまたUR級のトウコツに大切な人を殺された。だから復讐したい。それだけのためにハンターをやっている」
「俺達、似た者同士、ってことか」
「やめてよ、気色悪い」
心底嫌そうな顔をして、シッシッと追い払うような仕草で、ヘイユンは手を振った。だけど、それは彼女なりの軽口だろうとシュウは捉えて、「ハハハ」と乾いた笑い声を上げた。
そんな雑談を繰り返している内に、電車は東京駅に到着した。
アナウンスも何もなく、無愛想に扉が開く。
シュウとヘイユンは、電車の外に出た。
かつてプラットホームだった空間は、すっかり改装されており、その昔は何本も線路が走っていたのであろう箇所には鉄の板が敷き詰められて、広大な平面空間を築き上げている。その上を、何人ものゴーストハンター達が行き交っており、場所によっては訓練スペースが設けられて、そこで剣術や道術の練習をしている者達もいる。
「懐かしいなあ」
ポツリと、シュウは呟いた。
ここへ来るのは何年ぶりか。父や母がSランクのゴーストハンターとして活躍していた頃は、何度も連れてきてもらったことがある。
旧東京駅。
今では、ゴーストハンター協会の日本支部の、東京本部として使われている場所だ。




