第11話 伊庭島大禅
「い、伊庭島さん……⁉」
『んー? どうした、シュウ坊? わしじゃよ。お主がちっちゃい頃は、大禅爺ちゃん、大禅爺ちゃん、と懐いておったではないか』
「そ、それは、父さんのことがあったから」
『もう大禅爺ちゃんとは呼んでくれんのかのう。寂しいのう』
ヨヨヨ、と嘘泣きの声が電話の向こうから聞こえてくる。
いきなり、なんて人を取り次ぐんだ、とシュウは恨めしげにヘイユンを見たが、彼女はそ知らぬ顔で荷詰めをしている。
『それで、シュウ坊。最近はどうしておる。まーだトウテツを追っておるのか』
「まだ、って……それが俺にとっての生き甲斐というか……」
『やめておけ、やめておけ。お主では厳しい』
容赦のない言葉を投げかけられて、少しばかりムッとしたシュウは、喉元まで「俺の中にはUR級ゴーストのトウテツが宿っているんだ」と出かかったが、そんなことをうっかり言ってしまえば、討伐対象にされてしまう。
「でも、父さんと母さんの無念を思うと……」
『わからんわけでもあるまい。お主の両親はどちらもSランクのゴーストハンターであった。その二人が力を合わせても勝てなかった。それがUR級のコントンじゃ。ランク外のお主に何が出来る』
道理は通っている。何も言い返せなくなり、グッと黙りこみそうになるが、それでもシュウは食らいついた。
ヘイユンが、わざわざ日本支部長の伊庭島大禅に電話をかけた理由は、何となくわかっている。ゴーストハンターの渡航許可を出せるのは、支部長だけだ。ゆえに、直接交渉をしろ、ということなのだろう。
「伊庭島さん。俺、それでも、十分戦えるようになったんだよ。チャンスをくれよ」
『ほほう。そのチャンスとは何じゃ』
「えっと……ヘイユンから、聞いてない?」
『なーんも。わしは世間話をしておっただけじゃ』
俺の口から、四凶の居場所がわかった話をしないといけないのか。そこらへんも説明しておいてくれよ、と文句を言いたい気持ちで、またもヘイユンを睨みつけようとしたが、ヘイユンは自分の部屋にでも行っているのか、リビングからいつの間にか姿を消していた。
「実は、四凶の居場所がわかったんだ」
冗談と受け止められるだろうな、と軽い気持ちで言ってみた。
途端に、電話の向こうの空気感が変わった。
『……なぜわかった?』
低くドスのきいた声で、大禅は尋ねてくる。さすが日本支部長であり、Sランクの中でも最強格と名高い伊庭島大禅だ。電話越しでも、迫力は伝わってくる。
嫌な汗が垂れ落ちるのを感じながら、必死で、シュウは言い訳を考えていた。そして、導き出した嘘話は、九割方は真実を含めたものであった。
「実は俺、昨日のトウテツ掃討作戦に参加していたんだ」
『知ってるぞ。なんでも、大怪我を負って、ヘイユンに助けられて、やっとの思いで現場を脱出したそうじゃな』
なんやかんやで、ランク外の自分のことを気にかけてくれている。かつて大禅爺ちゃんと呼んで慕っていた人だけあって、シュウの動向は見守っているのだろう。ありがたく思いつつも、申し訳なくなった。
これから、大嘘をつくということに。
「そこでトウテツに出会った」
ヒカル達に襲われた事実は伏せておく。このカードは、まだ切るべきではない、と判断したからだ。
『よくそれで、怪我程度で済んだのう』
「あいつは俺みたいなランク外は歯牙にもかけなかった。俺と、俺が所属していた班のみんなを軽く弄んだ後、どこかへ消え去った。その時に、教えてくれたんだ。他の三体、コントン、トウコツ、キュウキの居場所を」
『わけわからんのう。なぜ、仲間を売るような真似をしたのじゃ』
「トウテツは語っていた。四凶は一枚岩ではない、って。あいつ自身はこの世界をどうこうするつもりはないみたい。他の三体と違って。だから、自分のことは追わずに、他の四凶を狙ってくれ、ってことだった」
明確な嘘である。一枚岩ではない、という部分は、トウテツ自身の言葉を借りての話であるが、他の四凶を狙ってくれ、なんてことはひと言もいっていない。
『そのような情けないことをわしは言わんぞ』
シュウの心の中で、トウテツが苦笑しながら語りかけてきた。すまん、と内心で謝りつつ、シュウは大禅の言葉を待った。
この話を信じてくれるかどうか。
『……シュウ坊。肝心なことは、直接会って聞こうかの』
「伊庭島さん、俺、どうしてもコントンを倒したいんだ。だから――」
電話を切られそうな予感から、慌ててシュウは本題に入ろうとした。焦りすぎだとはわかっている。でも、いま確実に会話が出来ている内に、伊庭島から渡航許可をもらいたかった。
しかし、伊庭島はピシャリと言い放った。
『この話はこれ以上電話ですべきではない。対面で聞かせてもらう。以上じゃ。東京本部まで来い』
そして電話は切れた。
「伊庭島支部長、なんて言ってた?」
別の部屋からヒョコッと顔を出したヘイユンが、呑気に尋ねてきた。
「四凶の居場所について、直接会って話を聞きたい、って」
「ふうん、よかったわね。そこで渡航許可をもらえるといいね」
「もらえるわけないだろ」
苛立たしげに、吐き捨てるように、シュウは言い放つ。
「俺はランク外なんだ。本来ならゴーストハンターになんてなれないくらいの無能力者だ。それでも籍を置かせてもらっているのは、親の七光り。父さんと母さんが凄かったから。それだけ」
「八ツ神夫婦は有名だったからね。Sランクの中でも伝説級の人達だった。その二人から生まれたのが、まさかのランク外。DPはゼロなんでしょ?」
DP。それはDao Pointの略称。人間にはあらかじめ備わっている、ゴーストハンターとしての資質の高低がある。それを数値化し、可視化したものが、DPだ。どれだけ強い道術を使えるか、あるいは仙人の道具と言われる宝貝を使いこなせるか。この数値の高さがそのまま、ゴーストハンターの格付けに繋がってくる。
シュウの父は、DP9999。理論上最強とうたわれていた。それとタッグを組んでいたシュウの母もまたDP9766。女性ハンターの中ではやはり最強クラスであった。
なのに、二人の間から生まれたシュウは、DPゼロ。
DPは遺伝するものではない、と聞いているが、それにしたってあまりにも残酷すぎる。
「ああ。俺はどうせゼロだよ。そういうヘイユンは、いくつなんだよ」
「9100」
あらためて数値を聞いて、ギョッとした。両親ほどではないが、このヘイユンもまた、規格外の化け物ハンター。
ゴーストハンターのランクの目安は、戦績だけでなく、持って生まれたDPもまた大きく影響していると言われる。協会における基準は明らかになっていないが、噂では、1~1000はE、1001~3000はD、3001~5000はC、5001~7000はB、7001~9000はA、9001~9999はS、に最終的に落ち着く、と言われている。
DPが9100のヘイユンは、Sランクの中では飛びきり上位というわけではない。それでも、DPゼロのシュウから見れば、遙か雲の上の手の届かないところにいる高みの存在であった。
「まあ、そんな話はどうでもいいでしょ。問題は、どうやって渡航許可をもらうか。そのことに集中すべきじゃない?」
「俺だけだと上手く伊庭島さんに話せる自信がないよ。一緒に来てくれないか」
「なんで私が」
ぶつくさ言いつつも、そこで、ヘイユンは荷造りを中断した。白いミニの旗袍に合わせて、差し色となるような赤いショルダーバッグを用意し、その中にスマホやカードケースを入れ始める。それと、何枚かの呪符。
彼女はたったそれだけで出かける準備を済ませてしまった。
「じゃあ、行くわよ。東京本部へ行けばいいんでしょ?」
態度は厳しいけれど、意外と面倒見はいい人なのかもしれない。そう思いつつ、シュウはヘイユンに「早く!」と促されながら、急いでゲストルームに戻り、パジャマから昨日着ていたボロボロのコンバットスーツに着替えて、早くも玄関でヒールを履いているヘイユンのもとへと駆け寄った。
外へ出ると、昨夜は瘴気に満ちた廃ビルの中にいたのが嘘のように、清々しく晴れ渡った青空が広がり、涼しげな風がさらさらと流れていた。




