侵入された部屋
「こちらが浴場となります。部屋にも備えられていますが、過去に大きな大浴場が欲しいとの要望があった事によりここにも作られました。どちらを使用しても結構です」
「ここが広間です。基本的には皆様ここで食事をとって頂き、数年に一度、この場でイベント等が行われることもあります」
「ここは…見ての通り庭です。あちらにある階段を登るとレヴィーナ様方の部屋へと続く廊下に出ます」
「ここは王室です。無断で入れば首を刎ねられます」
着々と案内をするメロウの言葉は不要な言葉を取り除いたかのようにシンプルであり、だがこれ以上ない程にわかりやすい説明であった。
そのおかげで、半日があっても回り切れるかと不安だった王城は、6時間も経たない内に立入禁止区域を除いた全ての部屋を回り切っていた。
そうしてぐるりと一周し、改めて部屋の前へと辿り着いたニア達は大きく伸びをすると、
「案内ありがとうございました。とてもわかりやすかったです」
「なら何よりです。では改めて掃除の件ですが、もう十分時間は潰せました。完璧にこなしたと言っても違和感を抱かれない頃合いでしょう」
その口調から、掃除が終了したことを何者かに報告する必要があることを察するのは容易だった。
それが金銭面からくるものなのかどうかは定かではないが、メロウ達の態度から報告が不十分であれば何か厄介なことになってしまうのだろう。
だからこそ、ニア達は改めて案内してくれたことに対し短く礼をする。
「では私どもはここら辺で失礼させて頂きます。また明日もお邪魔させて頂きますが、何かして欲しい事等があればその都度お伝えください」
軽く会釈を返したメロウ達は、やがてニア達へと背を向けて去っていき、ニア達もまた部屋へと戻ろうと扉へと体を向ける。
そうして手をノブへと伸ばし、掴もうとした瞬間、
「レヴィーナ。せっかくですから、少し一緒に出かけませんか?」
「…?」
伸ばしたニアの手を掴み、オーゼンはそう口にした。
意図のわからないその行動にニアは首を傾げてしまう。
だが、次の瞬間には見つめるオーゼンの瞳に何か伝えたいことがあるのだと理解したニアは、引き留められた通りノブから手を離すと、
「えぇ、いきましょうか。まだ日は落ちていませんからね」
そうして先ほど案内された庭へと出てきた2人は、やがて空いた椅子を見つけたことにより座り込むと、
「レヴィーナ。一つ、今から大事なことを言います。ですがどうか、大袈裟な反応をしないように」
「…わかりました」
辺りをキョロキョロと見回す挙動不審な様子に、ニアはそれが口外できない内容であることを再認識する。
そうしてニアの元へと首を伸ばしたオーゼンは、やがてその耳元まで近づくと、
「…部屋を出る時、私は念の為ノブに付いている傷が上に来るように細工しておきました。ですがついさっき見た時には、その傷の位置がずれていました」
「…!!!」
それはドアノブについた小さな傷の跡。
木片が欠けているかのようなそれは隠そうとして隠せるものでもなく、逆に言えばその部屋を使っている者であれば目印として利用することも容易であった。
そうして最後まで語らずとも、オーゼンの言おうとしていることの全貌を理解したニアは密かに息を呑む。
要するに、オーゼンの言いたいこととは——、
「私たちがいない間に、何者かが私たちの部屋に侵入しました。もしかすれば何者かが私たちの正体に気づいた…もしくは違和感を覚えた可能性があります」
「…まさか」
この王城へと辿り着いてからまだ1日も経っておらず、粗相はあれど知り合った者の数は両手があれば数えられる程度のものだった。
にも関わらず、実際に行動として起きてしまった、この忠告にも近しい事態にニアはひどく動揺を覚えてしまう。
そして何よりも、あのまま部屋の中へと戻って仕舞えば、侵入されたことすらもを知らぬままレヴィーナはニアとなっていた。
それは計画の全貌が破綻するということであり、その事実にニアは血の気が引く感覚に襲われる。
「…どうする。別に部屋を手配してもらう…?いや、それ自体は可能だろうが、このタイミングで部屋を変えればそれこそ黒だと自白するようなもの…どうする…どうする」
ぶつぶつと呟くニアは、周囲の目がないことを確認するとやがて深い思考の海へと沈んでいく。
——だが解決法へと辿り着くことはない。
何故ならこの状況においては行動を起こすことの方が不審であり、同時により警戒を抱かせるトリガーにしかなり得ないからだ。
だからこそ、ニアは覚悟を決めたように短く息を吐くと、
「…カラリナ。いいですか。これから共に部屋へと戻りましょう。そしてまず始めることは部屋に何か細工がされていないかの確認。もしかすれば部屋を監視するなんらかの細工がされている可能性があるため、探す際も視界の端で微かに探る程度。そして見つけた場合は、大事が起こる前に迅速に対処すること」
「…えぇ、わかりました」
ニア達がいない間を狙ったということは、敵も公にできないことをしている自覚があるということ。
つまり、こちらが大袈裟な反応さえ示さなければ向こうも無闇に行動に移ることはできない。
この任務において最も危惧するべきことは、ニア達の素性が暴かれてしまうこと。
例えそれが部屋の中に侵入したものを介していた情報だとしても、素性がバレて仕舞えば間も無くしてライラットやその他の兵達がニア達の元へと押し寄せてくるだろう。
そうして改めて部屋の前へと辿り着いた2人は、やがて静かに目を合わせる。
手は緊張のためか無意識に力が込められ、加速する心臓を自覚しながらもノブを回すと、
「っ!」
——開かれた扉の先には暗い景色が広がっていた。
それはニア達が部屋を出た時と同一であり、まるで誰もこの部屋へと入ってきていないと伝えているかのようであった。
だが、だとすればオーゼンの講じた策に何者かが引っ掛かるわけもない。
そうして表情には出さずとも周囲一帯に警戒心を張り巡らせながら、ニア達は何事もないように平然を装うと部屋の中へと足を踏み入れる。
「疲れたね。カラリナ」
「そうね。レヴィーナは平気なの?」
「私は今日はもう十分寝たから」
何気ない会話を。だが気付かれないほどの警戒を。
最小限の動きで最大限の警戒を敷くニア達は、言葉の節々でその視界の中に違和感がないかを探り続ける。
——だが、いくら探そうともその視界の中に違和感が訪れることはなかった。
日は落ち、部屋の中は明かりをつけているとは言え要所要所に影が生まれている。
そうしてオーゼンの言葉にすらわずかな疑問を抱き始めてしまいそうだったその時、
「——見つけた」
呟くように発されたオーゼンの声に、ニアは瞬間的に全身を硬直させる。
だがやがてそれがこの部屋に何者かが侵入した証拠なのだと理解したからこそ、躊躇うことなくオーゼンの声のした方へと駆け寄っていく。
駆け寄った先のオーゼンは、浴場の中に屈んでいた。
ぴくりとも動くことなく何かを見つめるオーゼンは、代わりに慎重に口を開くと、
「…見て、“レヴィーナ”」
そうしてオーゼンの言葉に反応するようにその頭上から顔を覗かせた時、その先に見えたのは、
「…虫?」
ビー玉のような丸い見た目をした小さな虫。
半透明の体に模様の入った、生き物のようで生き物ではない物体がそこにはいた。
オーゼンに居所がバレたのを自覚したのか逃げようとする虫だったが、オーゼンがそう易々と逃すわけもない。
躊躇う事なく近くに備えられていた桶を引き抜いたオーゼンは、やがて虫の上へと覆い被せるとニアの元へと振り返る。
ここまで来れば間違えようもない。
杞憂ではなく、2人は今、何者かに攻撃を受けている。
重ねた桶の中では今尚逃げようと虫が動き回り、不快な音を響かせている。
だが瞬間、鳴り響いていた不快な音はその一切が消え失せた。
桶の中で何かが起きたのか、或いは開けたタイミングで逃げようと油断を誘っているのか。
どちらにせよ、攻撃を受けていると明確な確信を得たニア達には、その確認をしている余裕さえもない。
だからこそ、2人は互いに目を見合わすと、桶を放置したまま他にも虫がいないかと部屋の中を探し回るのだった。




