おうじょうたんさく
「起きろー、ニア」
「ん…オーゼン」
「はいはい、オーゼンさんだぞ。朝だから早く起きようなー」
重い瞼を開き、ニアは目の前に映ったその者の名を呼ぶ。
どうやら予想に反してぐっすりと眠りへとつけたらしく、辺りは反射した明るい太陽の光に照らされていた。
そうしていまだ半分眠ったままのニアを横目に、とりあえず起きたことを確認したオーゼンは中断していたメイクを再開する。
だがその時、遅れてオーゼンの言葉の意味を理解したニアは大きく目を開くと、
「…!!朝!?」
「そう。誰か来るかわからないけど、いつでも出られるように準備はしておかないとな」
朝が来た。
それは新しい1日が始まったということであり、同時に与えられた任務が本格的に始まるということだった。
そうして意識を覚醒させたニアは急いでその場から飛び起きると瞬く間に朝の支度を終え、急ぎオーゼンと共に椅子へと腰掛ける。
いつ来客が来てもおかしくない状況だからこそ、メイクを落とすタイミングなどないにも等しかった。
だがそんなことは言っていられない。
急いで崩れたメイクを落としたニアは、再び筆を握りしめると自身の顔にメイクを施し始める。
——そして、
「うん、違和感はなし」
「そっちもオッケー」
メイクが終わった頃、互いに顔を見合わし、変ではないことを確認した2人は安堵のためか息をこぼす。
未だにこのカラクリアに存在するルールなるものをニア達は知らず、それはラノア達に任された任務にとっては看過できることではなかった。
そうして最低限の荷物を詰めた鞄を肩に背負うと、
「…まぁ、交友は広めておいて損はないか」
そうして外へと出るべく扉の元へと歩き進めていく。
だがその時、
“コンコン”
何者かが扉を叩く音が、部屋の中に鳴り響いた。
思わぬ来客。だがメイクが間に合ったことをわずかにも安堵していられるほど、今のニア達に心身的余裕はない。
無意識のうちに抱いてしまった警戒心を手放すことなくニアはオーゼンに背後へと下がるよう静かに合図を出すと、扉に備えられた覗き穴から外の景色を見回す。
そうして見えた景色の先には、メイドのような姿をした二人組が立っていた。
1人は気だるげで、1人は律儀に立っているものの扉からは少し離れた位置を陣取っている。
だが、敵であるのならわざわざノックなどする必要はない。
だからこそ、ニアは抱いていた警戒心をわずかに緩めると、やがてゆっくりと扉を開き始める。
そうして扉が完全に開かれた時、ニアの姿をその視界に捉えた2人は浅く頭を下げると、
「レヴィーナ様、ただいまお時間よろしいでしょうか」
「…?」
黒い服の上から身につけた白い装いは、長く語らずともニアの予想通りメイドであることを改めて理解させる。
手には箒と塵取りが握られており、図らずとも掃除の途中であることが伺えた。
「掃除ですか?」
「はい。それと、ご報告をしにまいりました」
「報告…ですか?」
「はい。申し遅れました。私はメロウと申します。そして隣に立つのはタルナローテ。ご報告というのは単刀直入に、今日よりあなた様型の専属メイドとして働かせていただくというものです」
短い茶髪の髪をしたメロウに、黒い髪に、大きな一つ目の描かれた目隠しをした、凛々しい表情を浮かべながらも何も声を発することのないタルナローテ。
その容姿はどちらもニア達と大差がないようであり、その若さにニアはわずかに驚愕を覚えてしまう。
だがそんなことお構いなしと、流れるように自己紹介を終えたメロウは、続けて流れるように要件へと突入してみせる。
その時、ニアの表情を見たメロウはわずかに部屋の中へと目線を移すと、
「必要ないという顔ですね。ですが私たちも王からの命でここへと遣わされています。大変申し訳ございませんが、優先順位的には王の方が上にございます」
どこか曖昧な言葉遣いに違和感を感じならも、メロウはここへ来たその理由を口にする。
だが正直な話掃除が必要なほど部屋は散らかっておらず、むしろニアは部屋の整理整頓を好んでいるため掃除も、そこらの家よりも手入れは行き届いている。
だがそれでも有無を言わさずメロウが自身の命を遂行しようとしているその理由を、語らずともニアにも理解できていた。
要するに嫌がらせである。何もメロウ達がダメというわけではない。
ただ、昨日の一件をいまだに許すことの出来ていない王が嫌がらせのために、メイドとして未完成のこの者たちを押しつけたのだろう。
やはり見た目通りのくだらない王。
だがそれを口に出すことはたとえメイドの前だとしても許されることではないことは、王の態度から嫌というほど理解していた。
だが、ならばこの者達をどう対処するのが正解なのか。
逃げ場のない空間での問答にニアが頭を悩ませていたその時、不意にオーゼンはニアを引き下がらせ、代わりにずいっと前へと出ると、
「なら、この城を案内していただけませんか?!」
「初めましてカラリナ様。素敵なお言葉に恐縮ですが、それは…命令なのでしょうか?」
「いいえ、提案です。嫌なら無理強いはしないし、その場合はあなた達のいう通り部屋の掃除を頼みます。でも、私はあなた達と少しでも早く打ち解けたいです。だから、どうですか?一緒に見て回ってくれないですか?」
予想外だったのか、躊躇いなく近寄ってくるオーゼンに、一貫して気だるげな表情を貫いていたメロウはわずかにタルナローテに助けを求める目線を送る。
だが対するタルナローテは変わらず一貫した沈黙を貫いており、その間も迫り来るオーゼンの対応にメロウはひどく困っているようだった。
それもそのはず、王の命令で有無を言わさずこの場を訪れたメロウ達とは違い、オーゼンはただひたすらにメロウ達と打ち明けたい一心で歩み寄っていた。
そこに他意はなく、命令も存在しない。
だからこそ、迫り来るオーゼンに他意がないことを理解したのか、やがてメロウは根負けしたように小さくため息をつくと、
「わかりました。ですが一つご注意を。この城には立ち入ってはいけない区間が存在します。そこに何があるのか誰も知らず、ですが立ち入ってしまえばその事実だけを何者かによって王へと伝えられたしまうそうです」
「バレたらどうなるんですか?」
「死罪です。そこに同情の余地は存在せず、罪人となった者は遺言すら残せずこの世を去ります」
淡々と、だがそれが真実であることを突きつけるかのように放たれたその言葉にニア達は息を呑むことを余儀なくされてしまう。
前例があったからこそのその発言。
だがメロウは、そんな張り詰めた空気を割くように一呼吸あけると、
「…ですが、立ち入らなければ良いだけのこと。簡単な話で、そこまで重要に考える必要もまたありません」
近づくことが危険なら近づかなければいいだけのことなのだと、至極真っ当なことを口にする。
そうして唯一の注意点を通過したことにより、メロウはタルナローテと目を合わせ、静かに頷くと、
「では参りましょう。案内は私どもにお任せを」
箒と塵取りを手に持ったまま、ゆっくりと歩き始めていく。
そうして着いていくようにして歩き始めるニアとオーゼンを、背後から見つめる影が一つ存在していた。
「レヴィーナ…カラリナ…ふむ、なるほど」
その老人は、去っていく2人の背を前に笑って見せるのだった。




