王謁
「でっっか…」
「ですね…」
目の前に立ち聳えるその物体に、ニアはこの世界に来てから何度目かわからないその反応を改めて繰り返していた。
だが仕方ない。
何故なら、そのどれもが想像よりもはるかに巨大であり、今回もまた例に漏れずだったからだ。
ーーこの世界の城は何処も大きすぎるんじゃないか?いや、もしかして城はこのくらいが普通なのか…?
カラクリアの中心部、長い坂を登った先に見えていたその城は、端が見えないほどに巨大な、石造りの柵で覆われた城だった。
所々に見える小さな傷跡が、その城と、カラクリアの歴史の長さを物語っている。
ニア達が恐る恐る立ち寄る門の前には、数人の門兵らしき者達が瞬きひとつしないほどまでに、厳重に警備を行なっていた。
そうして歩み寄るニア達の姿を見た瞬間、その瞳は躊躇うことなくニア達を凝視し、
「止まれ。何用だ」
「先日の王家選抜でライラット様にご招待頂いたレヴィーナと申します。…もしかしてお話はお聞きしておられませんか?」
「…少し待っていろ」
重圧を放ちながら問いかけるその門兵はいつかの『白き王』の時と同じ白い鎧を身につけたもの達であった。
そうしてライラットの名を聞くや否やその眉を顰め、もう1人の門番へと合図を出すと城の中へと姿を消していく。
沈黙と警戒に晒される中、待つこと数分後——、
小さな足音が聞こえてきたと同時に、大きな門は音を立てて開き始める。
そうして飛び出るようにして姿を見せたのは、
「レヴィーナ殿…!お待ちしておりました!…っと、そちらのお嬢様は?」
「初めまして、カラリナと申します。イヅネ様からご招待いただき、こちらのレヴィーナと共に参った次第でございます」
「あぁ、イヅネ殿の!そういうことなら話が早い。お二人とも、どうぞ足元にお気をつけて着いてきてください」
浮き足立っていたライラットは、ニアの隣に立つオーゼンの姿を見ると気恥ずかしげに咳払いをしてみせる。
そうしてオーゼンの出した名前に聞き覚えがあるからか、やがてライラットは疑うそぶりもなく2人を門の中へと招き入れるのだった。
言われるがままに後をついた王城内部。
開かれた扉を先に進んだかと思えば、その更に先にまたしても扉があるという、厳重というにはあまりにも重苦しい移動方法。
幾重にも扉を通過してもなお目的地に辿り着かないことに、何らかの策にハマってしまっているのではないかとすら感じ始めていたその時、
「着きました。ここが目的地、王謁の間の入り口となります。この先に王がお待ちになっておられますので、まずはそちらに謁見をお願いします」
「わかりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
振り向いたライラットの背後には、見るからに豪勢な扉が立ちそびえていた。
カラクリアの現王。
ラノアの話の限りでは、その者はラノアの母を殺害し、カラクリアを乗っ取った一味の者。
そのことを頭の中に入れているからこそ、ニアとオーゼンは告げられたライラットの言葉に改めて身を引き締める。
目の前に聳える金色の扉は、ニア達が歩み寄ってくることに気がついた門兵により開かれていく。
ライラットは部屋の中には入らないらしく、ニア達を見送るように横へと逸れ、ニア達を送り出す。
「…これは」
「言いたいことはわかりますが…本当に、言葉が出てこないですね…」
そうして見えた景色に、ニア達は立ち呆けてしまっていた。
だがそれは当然の反応だった。
何故なら、開かれた扉の先に見えた景色は見知らぬ景色などではなく——、
ーーラノアの…あの宮殿と同じ…!?
豪華に飾り付けられた装飾品に、部屋の中心に引かれた赤いカーペット。
そして何よりも、その中央に聳え立つわざとらしさすら感じるほどの長い階段。
数日を共にしたニア達だからこそわかる、一切の違和感を感じさせないほどに完璧に真似されたその部屋の内装に、ニア達の驚愕は時間と共に大きくなっていく。
だが、その中にただ一つ違うことがあった。
カールグレイではラノアがいたその玉座に、何者かが居座っていたのだ。
座っていたラノアの様子から、何者がそこに座るに値する者なのかはニア達にもわかっていた。
即ち、今ニア達を見下ろしているこの者こそ、
「よく来たな。乙女達よ。…ふむ…、片方は可憐で片方は天真爛漫…乙女達よ、誰に声をかけられてここへと足を運んだ?」
見せびらかすような王冠を頭に被った、齢50ほどに見える小太りの男。
肩肘を立てながらニア達へとそう問いかけるその者こそ、英幽帝都カラクリアの“現”王なのだと。
わかりやすく慢心するその王に、ニア達は改めて敵地の中へと潜り込んだことを再認識する。
見下ろすその瞳に不快感を感じながらも、今のニア達に反旗を翻すことは許されない。
だからこそニアとオーゼンはヨスナに倣った通りその場で華麗にお辞儀をして見せると、
「僭越ながら私はライラット様にお声がけをいただき、」
「私はイヅネ様にございます」
「ライラットにイヅネ…そうか。それで、ここで何をするのかは聞いておるか?」
気味悪くニヤニヤと薄い笑みを浮かべるその目線は、品定めをするようにニア達の体を舐め回していた。
ライラットという善の存在から、ニアは微かに希望を抱いてしまっていた。
もしかすればラノア達が追い出されてしまってからの数年の間に、人知れず国は奪い返され、ラノア達の帰還を待つ者達によって運営されているのでにはないか、と。
だが違った。
自身の立場につけあがり、有無を言わさず全身を舐め回すような目線は、ラノア達がニアを見るその目線とは似ても似つかない者であった。
だからこそ、ニアは殴りかかりたくなるほどの怒りを抑え、代わりに深く息を吐くと、
「すみません。その目線をやめていただかない限り、私はその質問にお答えすることはできません」
「…何?」
瞬間、ニヤついていた王の表情からは一切の笑みが消え失せ、代わりにその部屋の中には緊張感が迸る。
低く、重い声で問いかける王の形相は、不快なものを見たかのようにニア達を見下していた。
その表情は、まるでこれから何者かを処刑する寸前かのように見えた。
だがそれは大して違ってはいないだろう。
何故なら王は今この瞬間にも手を宙へと掲げ、部屋の中にいる兵達にニアを捕らえるようにと命令を下そうとしていたのだから。
そうして命令を下すべく、王が口を開いたその刹那、
「何度でも言いましょう。私は——」
「お待ちください、王!」
勢いよく開かれた扉と同時に、その声の主は部屋の中へと飛び行ってくる。
そうして、その者の姿を部屋の中にいる全ての者へと理解させる。
白い髪に白い瞳をした、整った顔立ちの青年。
空気を引き裂くように部屋の中へと飛び込んできたその青年をニアは知っていた。
「ライラット様…!?」
部屋の中へと入ってきたライラットは、かすかに息を乱しているようだった。
それが何かをしたのちに部屋の中へ足を踏み入れたからか、あるいは王の仕草を遮るほどの無礼な行為を働く事を無理矢理に自身へと納得させたためか。
そうして息をつく間も無く地面へと伏したライラットは、言葉を発することなく王へと首を垂れる。
王もまた、何も声を発することなくライラットのその様子を見ていた。
そうして沈黙が場を包むこと数秒。
改めてニアへと目を向けた王に対し、ニアは一切の引け目を見せることなくその目を見つめ返す。
短期間に2度も自身の意を否定されたことに、王の表情には殺意にも見紛うほどの怒りが込められていた。
そしてそれは今尚首を垂れるライラットにすら容赦なく降り注ぎ——、
「——興が冷めた。そこの者達を連れ、いち早くここを去れ。2度はないぞ」
「感謝します。…お二人とも、着いてきてください」
告げられた言葉に短く礼を返したライラットは、やがてニアとオーゼンの手を引くと足早に部屋を後にする。
ニアを見る王の瞳は、冷たく冷徹だった。




