王家選抜祭
ニアの代わりに現れた、見覚えのない黒い髪をした女性。
頬を赤らめながらオーゼンを睨むその者は、紛れもなく半ば強制的に女装させられたニア本人であった。
だが睨むニアとは対照的に、オーゼンは匠のような雰囲気を醸し出しながら満足げに頷いている。
そうして見事に様変わりを果たしたニアへ、その変化の一部始終を見ていたラノアは一言、
「…男装してたの?」
「お前はそれを悪口だと理解した方がいい」
「お前ですって!?貴方、少し外見が良くなったからって私にそんな方の聞き方をして——」
「にあってるー!」
ニアの言葉に逆上したラノアの声は、瞬く間に飛び込んできたウミの声によりかき消された。
ラノアとは違い純粋な感想を抱き飛び込んでくるウミの体を、ニアは喜んでいいのかと疑問に抱きながら抱き抱える。
そうしてどこか不服そうな表情を浮かべるラノアは、改めてニアとオーゼン、そしてウミが完璧な変装を果たしたことを確認すると、
「こほん…それじゃあ改めて、これから貴方達にしてもらう事を説明するわ。とは言ってもこれは完全に私の私情。もし貴方がこの件にこれ以上関わりたくないって言うのなら、私に引き留める権利はないわ」
それはおそらく、ニア達が流されるままにこの場へとついてしまったことへの懸念。
この先に何が起こるのかわからないからこそ、ラノアは最後の忠告と言わんばかりにニア達へとそう言葉にする。
だが対するオーゼンは、ニアが断ることなど微塵もその思考に入れていないのか、返事は決まっていると言わんばかりににっと笑ってみせていた。
「はぁ…わかった。どのみちカラクリアに入れないと先生を探しにも行けないからな。それに、もう片足は踏み入れてる。こうなれば後は流れるままに、だ」
「…うん、ありがとう…、本当にありがとう…!」
オーゼンの目線に負けたように、ニアはため息をつきながらもその先へと足を踏み入る意思を示す。
だが、例えオーゼンが何もしていなくとも、ニアが同じ決断を下していたことをウミとオーゼンは理解していた。
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?外見は変わったから確かにカラクリアには入れるようになったかもしれないが、だからって入っただけじゃ何も変わらないと思うんだが」
「そうね。でも、入る事に意味があるの。だって今年は“王家選抜祭”…、王に気に入られた者が新たな王族として迎え入れられる、10年に一度の一大イベント、その年だもの」
「…もしかして」
「えぇ。ニア、オーゼン、それからウミちゃん…いえ、やっぱりウミちゃんは私といましょう。改めてニア、オーゼン。貴方達にはまず選抜に勝ち、新たな王族として迎え入れられて欲しいの」
前提としてラノアが言い放った言葉に、ニアは固まってしまっていた。
女装したその姿で、本物の女性よりも魅力的と思われることが前提である提案。
いくら女装が上手くできたからといって本物の女性にその魅力で勝ることなど、取ってつけたような女装をしたニアとオーゼンには不可能に等しいことだった。
「…一応聞くが、その選抜に勝つ条件ってのはなんなんだ?」
「王家選抜に勝つ方法、それは至ってシンプルで、王家の誰かに気に入られること。それだけよ」
「だけって…はぁ…やるって言った以上、やれるだけやるつもりではいるが、もし選ばれなくても文句は言うなよ?」
「もちろんよ。何度も言うけどこれは本来なら私個人の私情。そこに人を巻き込んで、さらに難癖をつけるなんて事しないわ」
言い切るラノアの言葉に、もはや疑う必要もないとニアはオーゼンへと目を向ける。
「なら女装するのはいいとしても、声とか仕草も変えないとまずいんじゃないか?俺はそう言うの苦手なんだが」
「それもそうだな…王様、何か俺たちが身につけておくべきことってありますか?」
「そこは安心して。期限までにここのみんなと、ヨスナが貴方達に一通りの礼儀を教え込んでくれるわ」
「期限?そういえばその王家選抜祭ってのはいつ…」
聞き覚えのない名前に疑問を持つのも束の間、参加の意思を示したはいいもののその王家選抜祭がいつなのかを聞いていなかったことをニアは思い出した。
そうして問いかけられたラノアは何気ないきょとんとした顔でニアの方を向くと、
「1週間後よ」
「…?」
当たり前と言わんばかりに放たれたその言葉は、刹那の間だけニアの思考を白く染め上げ、フリーズさせる。
だがやがてラノアの言っている言葉の意味を理解し、その猶予のなさを理解したからこそ、
「ギリギリすぎるだろ!」
「仕方ないじゃない!私だって貴方達が来るってわかってたらもっと色々準備してたわよ!!」
当然の如く声を荒げるニアに対し、必死に弁明しようと図るラノアのその言い分も一理あるものだった。
実在するかどうかも確かではない伝説に、あるいはそれに近しいものが10年に一度の祭りの、その前日譚のように姿を現した。
少し冷静になれば不可避の出来事なのであると理解できるほどに突然の連続。
それを理解したからこそ、ニアはこうして口論をしている時間もないと、勢いのままに起こしてしまった腰を椅子に降ろすと、
「ならこんなことしてる時間もないな。使用人さん、お願いしてばっかりだけど教えてくれますか?」
「なんかニアの方がやる気出てないか?」
「できることが一つしかないならそれを全力でやる。普通のことじゃないか?」
ニアの変わりように自信を得たのか、沈黙を貫く使用人達は息巻くように声の代わりに首を縦に振っていた。
その見たことのない使用人達の様子に、ラノアもわずかばかりに気圧されてしまう。
だがニアの言う通り残された時間にはもう暇と呼べるものは存在しない。
当然の如く言い放たれた言葉に、オーゼンもまたにっと笑ってみせる。
「それもそうだな。よし、使用人さん、俺にもお願いします!!」
その時、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
微かな音を立てながら開かれる扉はやがて一つの影を中へと招き入れる。
それは玉座の部屋に残ったままだった、黒い髪をした女。
おそらくは使用人の誰かが、ラノアの命を受けて呼びに行ったのだろう。
そうして招かれるままに中の景色を見た女は、
「お嬢様、御用とは一体…——は?」
当然の如く、そんな呆気に取られた声を漏らしていた。
訳のわからない状況に、これまで涼しい顔を貫いていた女ですらしばらく状況を理解するために固まってしまう。
だがやがて何処か自信ありげな表情を浮かべるラノアの姿をその視界に捉えると、その事態のおおまかな流れを汲み取る。
「…なるほど、王家選抜にお客人方を送り出す。つまりはそういうことですね」
「そういうことよ。それでヨスナ、貴方を呼んだのは他でもない、この人たちに王族として無礼のない作法を教えてあげて欲しいからよ」
「そういうことですか…ですが、はい。承りました。それがお嬢様の命とあらば」
ラノアの言葉により、ニア達はこの黒い髪の女こそが度々話に出てきていた「ヨスナ」なる者なのだと理解する。
ラノアの言葉にわずかに面倒くさげな表情を浮かべたものの、ヨスナはやがて了承の意を返すとニア達へと目線を移す。
だがニア達はまだ知らない。
ヨスナのこの礼儀講座が、朝起きることすらが恐ろしくなるほどに厳しいものだとは、まだ誰も、気付いてはいない。




