カラクリアの出来事
「…なんで女装してるんだ?」
目の前の女性…改め、オーゼンに投げかけたその言葉は当然の疑問であった。
久方ぶりにあったかと思えば見知らぬ姿に変身していた友人にニアはどうしょうもない困惑を抱かざるを得ない。
そうしてウミの頭を撫でながらニアが状況の整理をしようと思考を働かせ始めたその時、ラノアはゆっくりと歩き始める。
「『白き王』。あなたは先ほどから否定しているけれど、私はまだあなたが白き王だと疑っているわ。だから、あなたが白き王である前提でこれからの話をさせてちょうだい」
「…?」
部屋の中にある椅子に腰掛けたラノアは、やがて話をするために同じくニアへと椅子に座るよう促してみせる。
未だに情報の一つも持ち合わせてはいない『白き王』という存在。
その正体不明の存在について少しでも知る為に、ニアは促された通りにラノアの隣に立てかけられた明日へと腰を下ろす。
「さっきも言ったわね。私はラノア。カラクリア次期国王よ。でも、だからこそ貴方はこう疑問に思ったんじゃないかしら。「何故次期国王がカラクリアではなくこんな場所にいるのか」と」
ニアの抱いていた疑問を見事に言い当てたラノアは、わずかに驚いた様子を見せたニアへ、その反応が当然と言わんばかりに静かに目を瞑ってみせる。
そうしてニアがこの国に起こったことをわずかにでも知っているのだと判断したからこそ、ラノアはゆっくりと語り始める。
「…数年前、私の母は…私の最も信頼していた家臣に、その仲間に殺された」
瞬間、空気は凍りついたかのように張り詰め、その沈黙がニアへそれが虚偽でないことを理解させる。
小さく息を吐いたラノアの目は微かに伏せられていた。
だが、やがて今は感傷に浸る時ではないと、その手のひらを強く握りしめる。
「殺されたのよ、数年前に。でもあいつらは非を認めるどころか、あろうことかその罪を私に被せた。笑っちゃうでしょ?“王の座を狙い、母を殺した大罪人だ”ってね。そこから全てがおかしくなっていった。母を…統率者を失ったカラクリアはルールのない無法地帯のような荒れた国になり、住む人々の生活も苦しいものになっていった。でもその時、一つの希望が現れた。その者は貧窮に喘ぐ民にこう言葉をかけた。“先代の王族は自身の罪が明るみになったがためにカラクリアの民達を見切り、あまつさえ国民を見捨てたのだ”と」
それはおそらく、旅に出る寸前にオーゼンの言っていた、数年前に起こったとされるカラクリアの内乱の話だった。
ニアの予想よりも混沌としたその実情に、ニアは言葉を返すことすらもを忘れてその耳を傾けていた。
語るラノアの言葉は、その一言一言が空間を張り詰めさせるほどまでに重くニアの胸へと響いた。
「そこからは酷いものだったわ。母様が命をかけて守った民達はお母様の成したことの全てをなかったかのように批判し出し、まるで操り人形のように新たな王の誕生を望んだ。民達の言う希望が、王として望まれるその者達が、先代の王を殺した者達だとも知らずにね」
自嘲のようにその表情に微かな笑みを浮かべるラノアは、やがてニアへとゆっくりとその目を向けていく。
必死に抵抗したのだろう。
おそらくは何代にも続きカラクリアに平穏を届け続けた一族の、記録にすら残ることのない結末。
その一部始終を知りながらも幼いながらにどうすることもできず、人々の意思に流されるがままに国を追い出されたのだとすれば、ラノアのその絶望はどれほどのものだったのだろうか。
ラノア以外の誰にも知り得る事のないその感情に、ニアもまた無意識のうちに目を伏せてしまっていた。
だが、その話を聞いたからこそニアの中には未だに解けてはいない疑問が渦巻いていた。
「事情はわかった。だが、それと君の言う『白き王』って言うのにはどう言う関係があるんだ?」
「直接の関係はないわ。『白き王』。それはカラクリアの民達全員が知る、遠い昔の、いわば伝説のようなものよ」
「伝説…?」
「『白き王』…それは遠い昔の、いつかの誰か。その物語が記された本のありかも分からなければ、その本を見たこともない。ただ民達全員の記憶にいつの間にか刻まれ、死ぬまで忘れることのない呪いのようなもの」
再び語り始めたラノアに嘘をついているそぶりはなかった。
「それはどういう…」
「わからないわ。ただ、わからないのに全てを知っているの。例えば“『白き王』は黒い髪に黒い目、そして腰には黒い刀を携えた幼子を連れた少年である”、とかね」
遂に語られた、『白き王』と呼ばれる存在の概要。
それはニアが考えていたよりもはるかにあやふやなものであり、その内容にニアはつい眉を顰めてしまう。
だがそれが嘘ではないことをカラクリアの門兵が既に証明していた。
ニアへと敵意を向けた彼らの表情に偽りはなく、故にラノアの語るこの内容も信じざるを得ない。
そうして改めて全てが今のニアと一致しているその内容に、ニアは更に『白き王』…その物語について疑問を抱いてしまっていた。
「なら、何で君はその『白き王』ってのを求めてるんだ?カラクリアの人たちの反応を見る限り、『白き王』はよくない伝説みたいだったが」
「そうね。だから難儀してるのよ。『白き王』の記憶は私たち一族が王位に着くよりももっと前から存在してた。でもあいつらは私たちをカラクリアから追い出す口実として、『白き王』すらもを私たちがみんながカラクリアから離れられないようにするための嘘…みんなに施した呪いだって語り出した」
「…なるほどな」
「えぇ。さっきも言ったけど、今のカラクリアはほとんど乗っ取られてる状態って言っても過言じゃない。そんな状況で狂信的に信仰されている、王に最も近いものが「先代の王家が悪だった」なんて言い出したのなら、どうなるかなんて考えるまでもなく分かりきってるわ」
『白き王』。ラノアの口ぶりから察するに、それは元々カラクリアに益をもたらす予言だったのだろう。
だが今のカラクリアに生きる者達からすれば、『白き王』の予言がはるか昔から存在していたことなど知る由もない。
カラクリアを乗っ取った者達がどう言う意図で『白き王』の予言を利用しようと、一度『白き王』の記憶に疑問を持ってしまった民達はラノア達の一族の成したことだとして解決してしまう。
そうして疑問が増えれば増えるほど、必然的に乗っ取った者達の発言に信憑性が増される。
狡猾で、だが人の心理を理解しているが故に成し遂げられてしまった悪業。
語るラノアの瞳には、今にもこぼれ落ちそうな雫が姿を現していた。
「私たちは逃げてしまった。幼いという事を理由にし、民達の疑問すら解決する事なくカラクリアを抜け出してしまった。今はもう私たちを信じてくれる民達は何処にもいない。だから期待していたの。もし貴方が『白き王』なら、私たちでなくとも、何も知らずに今も一生懸命生きている民達に幸福をもたらしてくれるんじゃないか、って」
責任の全てを押し付けるような、無責任な行動理念。
だがそこに至るまでの話を聞いてしまったからこそ、ニアにはそれを見て見ぬ振りすることができなかった。
やがて自身が感情的になってしまっていることに気づいたラノアは、或いは目に浮かんだ涙を誤魔化すように咳払いをしてみせる。
「でも貴方は『白き王』じゃない。予言は望めば叶うほどチンケなものじゃない。馬鹿らしいけど、私もそれをさっき理解したわ。だから、」
「——だから、俺たちの出番ってわけだ」
「わけだー!」
「!?」
雰囲気を容赦なく壊す勢いで飛び込んできたその声に、ラノアの話に聞き入っていたニアは柄にもなく本気でびっくりした表情を浮かべる。
波うつ心臓を抑えるニアの元へ、ウミとオーゼンはわざとらしく数歩歩き進める。
そうしてニアへと指を指すと、
「俺たちがカラクリアに潜入する。幸いなことに俺たちにはカラクリアに関して誰よりも詳しく、さらには王族に関しても浅くない知識がある、まさにうってつけの人もいる」
「一応言うけど私が強制したわけじゃないからね?さっきの話をこの人たちにもしたら、『わかった。そういうことなら俺たちに任せとけ』って言うこと聞かなかったんだから。まぁ、私にとっても願ってもないことだったし引き留めはしなかったんだけど」
「…それで女装か?」
「おうよ、ニアとかならまだしも俺は髪色が目立つからな。身分を誤魔化すには外見を変えるのが一番早いかなって思ったんだ」
当然のように厄介ごとに飛び込んでいったオーゼンの、その躊躇いのない優しさにニアはついため息をこぼしてしまう。
そうしてやがてニアは気がつく。
豪語するオーゼンはともかく、その場にいる使用人、ウミ、さらにはラノアまでもがニアへとその目を向けていることに。
瞬間、スルーしていたオーゼンの言葉は、時間と共にニアにその違和感を伝えはじめる。
「…待て。俺“たち”?って言ったのか?いいか、俺は女装なんてしないぞ、ぜったい——」
「おー、やっぱ顔いいやつは何しても似合うんだな。なんか悔しいけどやってよかったって感じ」
「…オーゼンお前、いつか絶対に仕返してやるからな」
やりきったように額を袖で拭うオーゼンの先には、またしても見知った声の見知らぬ装いのものが座っていた。
「おう、なら楽しみに待ってるぜ!」
どこか恥ずかしそうに目を伏せるその者は、恨み言を吐きながらオーゼンを睨みつけていた。
だがその見た目が見た目な為に一切の怖さをオーゼンへと伝えることなく、その言葉を受けたオーゼンは躊躇いなく笑ってみせる。
着慣れていないのだと一目でわかるほどのドレスを身に纏った、黒い長髪の女性。
化粧のためか肌は赤く染まり、だがそれを抜きにしても可憐の一言で表すことができるほどの整った容姿をした者。
そうしてその場いたはずの2人の男の姿は、瞬く間に消え失せたのだった。




