自然すぎる
予想外の事態によりカラクリアを出た…否、追い出されたニアは、正体不明の少女に連れられるままに暗い森の中へとその足を運んでいた。
思い返せばこの世界へ落ちてきたからのほとんどの時を何処かしらの森の中で過ごしているなどと、一切の状況が理解できない脳はそんな関係のないことに気づいてしまう。
その時、ニアの前を歩いていた少女は不意に足を止め、こちらへと振り返ると、
「『白き王』…、貴方は本当に白き王なの?」
問いかける少女のその瞳は、ニアが本当に『白き王』と呼ばれるものと同一なのか、その真偽を確かめているかのようだった。
だがいくら問いかけられようと、聞き覚えのない単語に対するニアの返答は一つしか用意されてはいない。
だからこそ、ニアはどこか面倒くさげな表情を浮かべなからも、抱き抱えていたウミを地面へと下ろすと、
「さっきも言ったが俺は『白き王』なんて知らないし聞いたこともない。それに、他人の空似でここまで追い出されて色々と聞きたいのはこっちのほうなんだが」
「でも…」
「でもじゃない。もし君がその人を探してたんだとしても俺ではないし、俺も君のことは知らない。…けどどうするか…あの様子じゃ聞く耳の一つすら持ってくれないよな…」
灰奄を探すという当初の予定はもはや空白へと戻り、それどころかカラクリアにはいることすら容易ではなくなってしまった。
改めて考えてもため息しか出ないその現状に、ニアは少女の言葉を遮りながらもこれからの予定をどうするべきかと小さく思考を巡らせる。
だが、そうしてしばらくの静寂が訪れた時、
「そちらの様子はいかがでしょうか」
「…!!」
静寂を割くようにして放たれた聞き覚えのない声に、ニアは追手がここまできたのかと、反射的に桜月へと手をかけながら声のした方へと振り向く。
瞬間、見えた声の方を見たからこそ、ニアは更なる混乱を抱くことを余儀なくされてしまう。
何故なら——、
「オーゼン!!」
「お、おうニア。…え?これどういう状況?」
振り向いた先に立つオーゼンは引き攣った笑みを浮かべながらニアの方へと手を振っていた。
だがその様子から鑑みるに、オーゼンもまた事態の一切が理解できていないようであった。
その時、一つの影がオーゼンの横を通り過ぎて少女の元へと歩み寄ってきた。
それは他ならぬ先ほど声を発した本人であり、少女と同じくフードを被った、ニア達よりも高い背丈のその者はやがて少女の隣へとつくと、こちらへと振り向く。
「…この人は違うらしい。…まぁ、元々予定にはなかったし、あんまり期待はしてなかったんだけどね…」
「…左様でございますか。やはり空想は空想に過ぎないということですね。ですが、だとすればこの方々の対処はいかがしましょうか」
落胆した様子の少女の言葉に眉一つ動かすことなく機械的な声色で返事を返したその者は、次の瞬間には身につけたフードを脱ぎ捨て、その中の容姿をあらわにする。
陽の元に晒されたその容姿は漆黒の、肩ほどまでかかる結われた髪をしていた。
フードを脱ぎ捨てたことにより見えた瞳もまた黒く、意識せずとも吸い込まれてしまいそうなほどまでに虚空に染まっていた。
そうしてかけられた問いに少女はほんの少しの間だけ迷うようなそぶりを見せると、
「貴方、本当に違うのよね?」
「違う。が、それだけ言われると逆に気になってきた。その『白き王』ってのはなんなんだ?俺に似てるのか?」
「…はぁ、そうね。着いてきて。どっちにしろこんな場所に置き去りには出来ないし、それも含めて、着いた先で教えるわ」
最後の確認と言わんばかりに問いかけられた言葉に対しても、ニアは一貫して“知らぬ存ぜぬ”を貫き通してみせる。
だが、それほどまでに疑われるからこそ『白き王』と呼ばれるその者へ興味を抱いてしまったニアへ、少女は再び背を向けて歩き始める。
そうして去って行く少女の背中を見つめながらついて行くべきかを迷うニアへ、いつの間にか近くへと寄ってきた黒い髪の女はただ一言、
「着いてきてください。それが貴方の今するべき唯一の行動です」
「はぁ…はいはい、わかりましたよ」
言葉にできない圧に負けたように、ニアは諦めたようなため息と共に少女の後を追い、歩き始める。
だがその時、黙りこくっていたオーゼンは堪えきれない意見をぶつけるようにニアの肩を軽く叩くと、
「なぁニア、これ大丈夫か?俺あの女の人に「あの方達のご友人ですか?ご同行願います」だけ伝えられて返事する暇もなくここに連れてこられたんだけど…!!」
そう言葉にするオーゼンは、ニア以上に状況の飲み込めていない、言わばニアが『白き王』と呼ばれたあの場にいたにも関わらず、その一切を知り得ない唯一の人物であった。
そうして静かに慌てるオーゼンのおかげで帰って冷静になれたニアは、オーゼンと同じく混乱を強いられながらも冷静さを欠くことがなかった。
「このまま戻ってもさっきの二番煎じになりかねないしな。あの人の言う通り、着いて行くしか俺たちに選択はないみたいだ」
「何してるの?早くしないと置いて行くわよ」
立ち止まり話をしていたニア達のもとへと、少女は振り向き、そんな言葉を放ってみせる。
そうして放たれた言葉に反応するように、ニア達は致し方なしと止まっていたその足を再び進ませ始める。
幾度となくニアが『白き王』であることを否定したためか、少女は先ほどまでのようにニアの方をちらちらと見ることなくなった。
代わりに先ほどの言葉通り、油断すれば置いて行かれてしまいそうなほどの速度で先へと進んでいく。
そうしてしばらく歩き進めた時、少女は改めてニア達の元へと振り返ると、
「着いたわ。ここが私たちの家。もてなす余裕もないけれど、疲れたのならゆっくりしてちょうだい」
「…家?」
そんな言葉だけを残し、少女はどこかへと去っていく。
だが、当たり前と言わんばかりに伝えられたその言葉を、ニアは到底受け入れることができなかった。
否、ニアでなくてもそれを家だと認められるものはほとんどいないだろう。
何故ならニアのその目前に広がる景色は、
「…自然すぎない?」
「……いえ?」
空を覆い尽くすほどの数多の枝葉の隙間から、点々と微かな光だけが降り落ちていた。
その中央に聳える巨大な大木は、神秘さすら覚えてしまう程に立派であり、そのそばに備えられた池が振り落ちる光を反射し、その神秘さに磨きをかけていた。
だが、だからこそそこが家として認識されることは決してない。
当然だ。何故ならそこは自然なのだから。
瞬間、もしかすれば本当に少女は何かの妄言にかかってしまっているのかと、ニアは自らの背後を歩く黒い髪の女性の元へと振り返る。
「いかがなさいましたか?」
「…ほんとにここが家なのか?もしかしてあの子、青空が天井とか言っちゃう人?」
「あの子…ですか。…えぇ、確かにここは家と呼ぶにはあまりにも壮大で、そして全てが物足りない」
ニアの言葉にわずかな引っ掛かりをあらわにした女性。
だが意外にも返されたのはニアの言葉に対する賛同の意であった。
そうして言葉と共に目の前の池の元へと歩いていく女性に連れられるように、ニア達もまた覗き込むように池の元へと歩み寄る。
反射する水面は微かに風に揺られながらもニア達の姿を映し出し、見惚れてしまうほどのその景色に意識が吸い寄せられた次の瞬間、
「っ…!?」
不意に何者かに背中を押される感覚が訪れた。
勘違いかと思うほどに突然訪れたその感覚は、傾いた視界を以ってニアに勘違いではないことを理解させる。
そうして咄嗟に背後を振り向いたその時、視界の先にはニアだけでない、ウミ、そしてオーゼンをも突き落とす女の姿が映り込んでいた。
だがその時、不意に黒い髪の女は無機質なその表情に微かな笑みを浮かべると、
「ですから、まずは行ってきていただきます」
そうして3人は、深い池の底へと沈むのだった。




