英幽帝都カラクリア
忙しなく人の足音が響く。
ニアは、オーゼンの家の中で荷支度を済ませていた。
カラクは倒された。
全ては何事もなかったかのように元へと戻った。
ニアは同じく荷物を詰め込むオーゼンへと目をやると、
「無理してついてくることないんだぞ?ハドルとも仲直りできたんだろ?」
「だからこそ、だよ。あいつはまだ罪悪感を背負ってる。それは俺にどうこうできるものじゃないし、あいつ自身が乗り越えないといけない何よりの課題なんだ。それに、あいつから言ったんだぞ?「次に会う時までには変わってみせるから、期待して待ってて」って」
その声色は、どこか誇らしげだった。
「それにしても、あれはいくらなんでも粗暴すぎたんじゃないか?」
「あれ…?あぁ、いいんだよ。あのくらいしないとあの人らはハドルに対して申し訳なさなんて抱かなかっただろうし、何よりハドルはまだ縛られ続けてただろうからな」
それは、ハドルとの和解を終えた後の事だった。
我先にとハドルの家へと乗り込んだオーゼン。
向かった先にいたのは、ハドルの母だった。
カラクの一件の記憶が抜け落ちている母。
状況に戸惑うその人へ、オーゼンは躊躇うことなく拳を振り抜いていた。
ニアは、そっとウミの視界を塞いでいた。
そこからは流れるように話が進んだ。
オーゼンの言葉により、計画の全貌が筒抜けであることを知ったハドルの母。
崩れ落ちるように地面へと膝をついた彼女は、涙ぐみながらハドルへと謝罪の言葉を口にしていた。
だが、それらすべてがなるようになったことを、その場の全員が理解していた。
「えっと…」
何故なら、謝罪する母の背後には、腕を組んだまま睨みを効かせるオーゼンが立っていたのだから。
見たことのない状況に、ニアはわずかに戸惑っていた。
やがてウミを連れ、その場を後にする。
直後、微かな笑い声が聞こえてきた。
「ぷっ…あははっ、あはははは」
「…なんで笑うんだ?」
「だってオーゼン…ははっ、そんな顔見たことないし…くくっ…」
「…んん?」
吐き出すようにして笑うハドルへ、ハドルの母は困惑の表情を浮かべていた。
「うん、もう大丈夫だよオーゼン。ありがとうね」
「ハドル…!!」
「お母さん。僕はもう、誰かを傷つける事はしないよ。例えそれが遠い過去の誰かが、今の僕たちへと託したものであったとしても、僕は誰かを傷つけるためにこの力を使いたくない」
「———」
告げられた言葉に、母は絶句していた。
開けられた口は閉ざされず、瞳はハドルを見つめていた。
やがてその肩は、がくりと落とされる。
「オーゼンも、僕はもうこの力を自分の為に使わない。だから、心配しないで」
その言葉に、オーゼンは安心したように優しく笑い返す。
ハドルは、自身の因縁を自身の手で断ち切ったのだった。
荷物を詰め込んだオーゼン。
額に浮かんだ汗を拭いながら、一息をついていた。
「それで、次はどこにいくんだ?」
「少し待ってくれ。…っと、あった」
思い出したような表情を浮かべたニア。
鞄の中へと手を潜り込ませると、やがて地図を取り出す。
横から顔を覗かせたオーゼンは、その地図をまじまじと見つめていた。
「目的地は…ここか…。んで今がここだから…そうだな、ここにいくんだもんな。だからこう…いや、直進で着けるか?…?…あれ、この地図って…」
「ん…にあ、どこかいくの?」
呟くオーゼンの声は、目覚めたウミの声にかき消される。
起きたウミの髪は、派手に爆発していた。
その様子が、ニアの分まで快眠出来たのだと語っていた。
黒いモヤのかかった顔。
にも関わらず、その下で寝ぼけた表情をしていることが図らずとも理解できた。
「次の目的地が決まった。だから少しまた旅をすることになるな」
「…!!またいろんなとこいけるの!!わーい!」
はしゃぐウミを膝の上に乗せ、慣れた手つきで髪を梳いていく。
その時オーゼンは地図から目を離し、ニア達へと向ける。
「一応進路はまとまった。目的地は“英幽帝都カラクリア”…まぁ、名前だけは一丁前な普通の街だと思ってくれていい」
「街?帝都って呼ばれるくらいだし、セレスティアみたいな国じゃないのか?」
当然の疑問に、目を点にするオーゼン。
やがてニアがこの世界に疎いことを思い出すと、1人納得したように頷く。
「そうだった…あー、“元”帝都だな。少し前に王族内の内乱があって、詳しくは知らないが結果として帝都って肩書は手放さなかったが、その実ほとんど国としての機能は失ったらしい。だから肩書だけは一丁前な街だと思ってくれた方がいい」
「なるほどな…先生はなんでそんなとこに…」
「さぁな。まぁ行ってみればわかるってやつだ」
———オーゼンには、自身がこの世界の人間ではないことを話していなかった。
この世界へと余計なトラブルを持ち込まないため。
同時に、オーゼンへと不信感を与えないためでもあった。
目的地は定まった。
差し出された地図を受け取ると、懐へと仕舞い込む。
そのまま鞄を拾い上げると、
「じゃあ、そろそろ行くか」
「おう!」
「いこー!!」
変わらない様子。
表情に、自然と笑みが溢れた。
新たな門出を祝うように、開く扉の隙間から光が差し込んだ。
「よし、いくぞ」
「いくぞー!!」
舞い込む風に微かに肌を揺られながらも、3人は新たな一歩を踏み出すのだった。




