夢から覚めた時
「…あら?倒されちゃったのね、守宮ちゃん」
世界ではないどこかで『???』がそう呟いた。
少女と大差ない背丈。
垂れた長髪は、角度によって様々な色に変化した。
身長よりも長いそれは、地面へと垂れ下がっていく。
そんな中、『???』は薄く微笑んだ。
「…ふふっ、そう。あなたが最後に満足な戦いができたのなら、私も嬉しいわ」
母親のような、優しい声色。
その声は、かすかな悲しみを隠そうとしているように見えた。
目前に小さな雲が現れた。
ゆらめくそれの中心には、やがてある風景が映し出される。
「いつか会うでしょう。えぇ、きっとそうね。楽しみに待っていなきゃ」
辺り一面に、ペンキが塗りたくられたような部屋。
その中で、楽しげに呟くのだった。
雲の中心には、ニアが映っていた。
「…?」
暑い日差しに身を灼かれながら、ニアは目を覚ました。
開いた瞼に何よりも先に飛び込んできたのは黄色く燃える太陽。
当たり前の閃光に、反射的に目を瞑ってしまう。
再び瞳を開いた時、ある一つの影が飛び込んできた。
「…ウミ?」
「…!!にあ、おきた!!!」
軽い衝撃と共に上へと乗り掛かったウミ。
その表情には、躊躇いのない歓喜が浮かんでいた。
ズキズキと痛む頭を抑えながら、ニアは起き上がっていく。
状況を把握すべく周囲へと意識を向ける。
そして驚愕を覚える。
「これは…どうなって…」
立ち並んだ木に、背後には暗い森。
間も無くして、そこがオーゼンに『音』の話をされた地点であることを察する。
「さぁな、俺たちにもさっぱりだ」
振り向くと、オーゼンが座っていた。
その表情には、ニアと同じくかすかな困惑が浮かんでいる。
「…オーゼン…?なんでここに…?」
「だから俺にもさっぱりなんだよ。あの後王番守人の人たちが非難誘導してくれてな。連れられるままに避難してたんだけど、避難してる最中に急に目の前が真っ暗になって、ふと目を開けたら森の入り口に戻ってきてたんだ。まるで時間を遡ったみたいに」
「遡った…?…っ!?怪我が…」
刹那、ハッとした表と共にニアは自らの腹部へと視線を移す。
みると、カラクの戦いで負ったはずの怪我は全て消え失せていた。
「でも、一個だけわかったことがある」
「…?」
「今回の一件。みんなは多分、何も覚えてない。なんでかはわからないけど、多分『音』について知ってた人たちにだけ記憶が残ってるんだと思う」
そう呟くとオーゼンは、安堵のためか薄く微笑んでいた。
その様子に、ニアもまた笑みを返す。
「やり遂げたんだな。ニア」
その言葉にどれほどの意味が含まれていたのか、定かではない。
「…いや、俺の力じゃない。あと2人、助力に来てくれた人たちがいたんだ。あいつらがいなきゃ俺は勝つどころか多分、傷の一つすら…、…!!」
言葉は、中断される。
代わりに、焦った様子でオーゼンへと顔を向けると、
「オーゼン、ここにもう2人いなかったか?赤い髪の女の人と…金髪…?じゃないな、山吹色の髪をした男なんだが」
「いや?ここに居たのはニアだけだな」
「…そうか」
カラクとの一戦は、アンセルとアストー、2人の力がなければ絶対に勝つことができなかった。
「まだそんなに時間は経ってないし、もし近くにいたんならまだいるかもしれないけど…」
周囲を見渡しながら提案するオーゼン。
その時、近くの草木が微かに揺れた。
「…誰かいるのか?」
ウミを下ろし、ゆっくりと立ち上がる。
戦いが終わったばかりなせいで、ニアの中からは未だに緊張が抜けきっていなかった。
目配せでオーゼンを背後へと下がらせる。
続けて一歩を踏み出し——、
「…あの」
その声は、先ほど揺れた茂みの中から聞こえた。
聞き覚えのない声。
しかし、警戒を敷くニアとは裏腹に、オーゼンは目を見開いた。
ニアの隣を通り過ぎると、茂みへと歩み寄る。
ガサガサと草木を掻き分ける。
その先にいたのは、オーゼンの考えた通りの人物だった。
「…ハドル」
「あ…久しぶりだねオーゼン。えーっと…そう!たまたま、たまたまここを通りがかっちゃって…はは…」
たじろぐように、ハドルは視線を彷徨わせる。
その足は、ゆっくりと退いていく。
オーゼンは、何も声をかけない。
退くハドルは、やがて何事もなかったかのように背を向ける。
刹那、オーゼンは自らの頬を力の限り叩いた。
赤く腫れる頬。
それを皮切りに、迷いを捨てたようにハドルの元へと走り寄ると、
「んの、馬鹿野郎!!」
「!?」
ハドルの頬を、鈍い痛みが打ち抜いた。
殴り飛ばされる体。
やがて尻餅をつく。
視線の先では、拳を握ったオーゼンが短く息を吐いていた。
「たまたま通りかかった??くだらねえ嘘ついてんじゃねえよ。こちとらお前の我儘で一生のトラウマになってもおかしくない思いしたんだ。それにお前、ニアにも色々とやらかしたらしいな??謝る勇気もなくてまた逃げるつもりならまだ殴り飛ばしてやるがどうなんだ??」
「…オーゼン」
「だいたいお前はしばらく見ないと思ったらそんな壮大なこと1人で抱え込みやがって。お前にとって俺は厄介ごとに巻き込んだら足引っ張る足手纏いか??いやまぁ実際そうなんだがなんかこう…そうじゃないんだよ!!」
まとまりのない言葉。
それでも、その中に言葉にできないほどの感情が含まれていることをハドルもわかっていた。
自身のしたことの罪深さをわかっている。
だからこそ、ハドルは静かに目を伏せていた。
手のひらは、微かに震えていた。
その様子に、ニアは何故先ほどハドルが逃げようとしていたのかを察する。
同時に、小さく笑みを浮かべる。
「…うん、ごめん」
「いいか?この馬鹿野郎が。さっきは状況が状況だったから俺はなんも言わなかったが、危険が去った今お前に言いたいことは山ほどあるんだ」
「…うん。わかってる。全部受け入れるつもりだよ」
「そうかよ。はぁ…ならまず一つ」
オーゼンは歩き始める。
ハドルの覚悟を理解しているからか、微かに言葉が詰まっていく。
足を踏み出すたびに震える手のひら。
やがてオーゼンへと悟らせまいと、背後へと隠される。
だからこそ、オーゼンは迷うことなく手を伸ばすと、
「——困ったら頼れ。お前がどうなのかは知らないが、俺はお前を親友だと思ってたんだぞ」
閉ざされた視界に、温もりが訪れた。
驚愕と共に見開かれた視界の先には、オーゼンがいた。
自身を抱きしめる体は、小さく震えていた。
「…!!」
手のひらが、再び震え始める。
しかしそれは、先ほどまでの恐れからくるものではない。
そうでなければ、視界がこんなにも潤むわけがない。
頬を伝う雫。
その存在に、ハドルは遅れて自身が涙していることに気づく。
長らく築き上げてきた心の壁が、崩れ始める。
「…うん…ごめん…ごめんね、オーゼン…!!ごめん…!!本当に…ごめん…なさい…」
それは内へとしまい続けてきた、弱い本音。
雪崩のように溢れて止まない。
頼ってもいいのだと、誰も言ってくれなかった言葉を、目の前で親友が言ってくれたから。
人前ということすら、頭のどこからも消え失せる。
微かに響くすすり声。
木漏れ日が、2人の肩を照らしていた。




