戦況の瓦解
——肌を横切る死の気配。
それでも、瞳は冷静にカラクを射抜いていた。
ニア以外に捉えられなかったカラクの姿。
それは、足に深傷を負った事により、アンセルにも捉えられるようになっていた。
ーー硬い、でも大丈夫…なんかわかってきた
一撃は、変わらずカラクの肌に弾かれる。
それでも、その中でニアは少しずつカラクの肌への対処法を理解し始めていた。
冷え切った全身が、脳を研ぎ澄ます。
受けた一撃を、再び桜月を傾ける事により地面へと落とす。
そのまま再びぐるりと回転し、胴体へと振り抜く。
先程までなら、受けたとしても脅威にはならない。
ーー大丈夫、力は要らない。今なら切れる。
ニアは落ち着いていた。
刃の軌道をなぞっていく。
その度に、思考はさらに深い集中へと陥っていく。
刹那、走った悪寒。
カラクは、咄嗟に反対の腕で迫る桜月を殴りつけてみせる。
——ニアは理解していた。
全てを凌ぐ鋼鉄の肌の、唯一にしてシンプルな攻略法を。
いくら力を込めようとも、当然のように弾かれる。
なら、なぜアンセルの天啓の助力があった時は刃が通ったのか。
それこそが、ニアを答えへと辿り着かせるための最後のピースだった。
あの瞬間、予想以上の衝撃に体勢は崩されていた。
桜月は本来の軌道からずれ、刃先だけがカラクへと届いた。
直後、一撃はカラクの肌を裂いた。
「ふぅ…」
深い息と共に、感覚を研ぎ澄ませる。
向かい来るカラクの姿に、桜月を構える。
同時に、カラクは身を低く屈ませた。
一歩を踏み出したと同時に、その姿はアンセルの目前へと現れる。
「…!!」
姿は捉えた。
しかし、気づいた時にはもう遅かった。
回避は間に合わない。
反射的に天啓を発動させるべく周囲へと目をやる。
「…っ!!」
——時間稼ぎを遂行したアンセル。
その代償に、アンセルにはもはや過去を再起出来るほどのエアが残されていなかった。
目頭と心臓を貫いた激痛に、表情が歪む。
拳は、容赦なく迫り行き、
「油断か?無敗の守り手とやら」
アンセルの体は、地面を転がっていた、
何事かと気づくよりも早く、自身の隣では爆発が起こった。
間髪入れず、アンセルとカラクの間にニアが割り込む。
目の前で、再び攻防が始まる。
その時、隣では足音が聞こえた。
咄嗟に目をやった先には、見慣れた姿が立っていた。
「…アストー君?ということは…」
「時間稼ぎ、ご苦労であった。そして安心せよ。余の役目は既に遂行された」
蒼い瞳は、カラクを射抜いていた。
アストーの口を塞ぐべくカラクは動き出すが、ニアがその先を阻む。
「刮目せよ。『守宮』のカラク。貴様の力の正体、それは“意識の中での生存”だ」
「意識の中…?」
明かされた力の正体。
予想外の言葉に、ニアとアンセルは言葉を失う。
「『適応』の力。それは対する者の1人でも奴から気を逸らした瞬間に自動で発動する、戦いを延長するための力だ。なら何故延長する必要があるのか。その答えはシンプルなものだ。それは『修正』が、それによって実質的な不死になることを叶える力だから」
「…まさか」
「そうだ。『修正』の発動条件。それは、“他者が自身の存在を意識の中で捉えていること”だ」
夢の世界の産物。
改めて、その名称が見合うほどの理不尽。
だが、アンセルは人知れず歓喜していた。
「ははっ、なるほどな。でもそれは“相手の意識が現実にあれば”の話だろう?」
「あぁ。故に、残るは一つにして最大の課題のみである」
「そうだな…それじゃあ——」
「「「そろそろ終わらせようか。この悪夢を」」」
砕けた鎧を脱ぎ捨てる。
アンセルの手は、微かに震えていた。
視界に捉えたニアとアストーは、変わらない様子でカラクを見据えていた。
その様子に、微かに肩の力が降りる。
3人は、最後の戦いへとその身を投じるのだった。




