原点《オリジン》
「——先輩は、なんで強くなろうと思ったんですか?」
それは、何気ない会話の1ページ。
稽古を終え、エリシアと小屋へと戻っている最中の会話だった。
「突然どうしたんですか?」
不思議そうに、エリシアは首を傾げる。
見慣れたはずの白い髪は、変わらず風に靡いていた。
何気ない所作の一つ一つが、容姿とは不相応なほどに馴染んでいた。
「いや、ただ気になったんです。言っちゃなんですけど、先輩ってこう…戦うような感じじゃないっていうか」
それは、雰囲気の話だった。
この世界へ落ちてきてから数十日間。
その少ない時間の中でも、戦う他に生きる術があることを知っていた。
思わず口をついた言葉に、ニアは自覚が遅れる。
「あぁいややっぱりなんでも——」
「…そうですね、人に言えるような大した理由はありませんが、強いて言うのとすれば、先生と同じですよ」
灰庵と同じ、遠くを見つめた瞳。
「先生と?」
「はい。ですが私の場合は逆。守りたいものを守れなかったから、二度と繰り返さないために、ですね」
その表情は、触れれば砕けてしまいそうなほどに儚く見えた。
途端、咳払いと共に、その様子は消え失せる。
ニアの眼差しに、問いの訳を察する。
「不安ですか?本当に強くなれるのか」
「…はい、少し」
「そうですね。私も先生と言う近いようで果てしなく遠い存在を知っているので偉そうには言えないですが、一つだけ先輩として言わせてもらうなら————」
——言葉は、そこで終わった。
走馬灯のように流れた記憶。
細い糸が切れたように、瞳から光を奪い去っていく。
「——、——!!—あ、…にあ!!」
微かに聞こえるもの。
それが声であると理解するよりも早く、消えていく。
だが、それだけで十分だった。
聞き覚えのある音に、消えかけていた瞳の灯が微かに宿る。
振り絞り、顔を上げる。
見えたのは、いるはずのない人物の姿だった。
ーー…ウミ、か…?なんでここに…
「にあ!」
衝撃により盛り上がった地面。
そこに、少女は立っていた。
仮面により、表情は見えない。
それでも、不思議と泣きそうな顔であることは伝わった。
霞む視界の中で、何かを叫んでいる。
聞こえない声を捉えるために、意識は浮上していく。
ウミへ視線を向けたのは、ニアだけではない。
「女の子…?」
「…!!」
アンセルとアストーの表情に、驚愕が浮かぶ。
そうしてアストーは、静かに拳を握りしめるのだった。
「ウミ…なんで…」
時間と共に鮮明になる視界。
そこに映るウミの姿に、どうしようもない戸惑いを覚えていた。
叫び続けるウミ。
その声は、やがて鼓膜へと届く。
「たって!にあ!」
「…!!」
直後、轟音が鳴り響いた。
衝撃に、地面が捲れ上がる。
土埃が、ニアとカラクの姿を覆い隠す。
「っ、ニア!!」
名を呼ぶアンセルの声は、遅れて訪れた風圧にかき消される。
時間と共に薄れていく土煙。
その中で、一つの人影が立ち上がる。
頭部のない人型。
その上には天輪が渦巻いている。
起こってしまった最悪に、アンセルの表情には微かな怒りが浮かび——、
「…ったく」
『…?』
——それは、土埃の中から聞こえてきた。
弱々しい声。
だが、確かな笑みを含んだ声色。
それは、カラクの足元から聞こえてきた。
自らの足元で起こっていることに、カラクですら反応を鈍らせる。
土煙が完全に落ちた時、そこにはもう一つの人影があった。
頭部を叩き潰すべく放たれた一撃。
それは、左側へと頭を振り切ることにより難なくかわされる。
「ウミにまで心配されちゃ不甲斐ないよな…」
迫っていた一撃。
それは、不思議と遅く感じた。
伸びた腕が、カラクの腕を掴んだ。
ゆっくりと立ち上がるニア。
傷だらけのその様子は、戦える状態には程遠かった。
それでも、その表情には笑みが浮かんでいる。
その笑みを見たと同時に、カラクの全身には悪寒が訪れる。
脳裏に、妙なノイズが迸る。
『——次にお前に勝つ存在は…そうだな、きっといつか、お前の主をも超える存在になる。…まぁ確証はないし、あくまで俺の勘に過ぎないんだけどな。でも、だから障壁になれ。お前がそいつの、超えるべき一つ目の壁になるんだ』
遠い過去の、自分ではない自身の記憶。
そう語る男は、平原の中にいた。
戦いの余波で、あたりは更地になっている。
その中に横たわるカラクへ、手を差し伸べる。
それが、1度目の敗北の記憶だった。
——当時のカラクには、人の言葉が理解できなかった。
その記憶は、いつの間にか奥底へと封じ込められる。
だが、幾度となく『適応』を繰り返した事により、カラクは自身ですら気付かぬ間に人の言葉を学習していた。
そして同時に悟る。
——目の前に立つこの者が、記憶に告げられた存在であるのだと。
気がついた時、カラクは後方へと飛び下がっていた。
背筋の凍る感覚が、絶えずニアを脅威として伝える。
「なんだ…?」
突然のカラクの行動に、アンセルは疑問の言葉を口にする。
ニアの口から、微かに血が溢れる。
それでも、瞳は迷わずカラクを見つめていた。
そこには、先ほどまでなかった意志が宿っていた。
ーー先輩ならきっと、この事態も難なく切り抜けられるんだろうな。きっと、情けなく絶望したりなんかしなかったんだろうな。…でも、
『———きっと、人は誰かを守る時が1番強くなれるんです。だから、』
それは、いつの間にか忘れてしまっていた言葉。
当たり前と思いすぎていた、原点。
「だから俺は、守るために強くなる」
そこにもはや疑問はない。
自身のなすべきことを理解し、言葉を紡ぐ。
「俺は俺のやり方で…守宮のカラク、お前を倒す」
深い息と共に、桜月をカラクへと向けていく。
「厄災ヨハネに代わって、夢の終わりを告げてやる」
そう言ってニアは躊躇いなく笑ってみせる。
——その表情に、絶望の色はどこにもなかった。




