わかっていた。
「待たせた。状況は?」
颯爽と現れたニア。
アンセルを抱き抱えながら、何事もないかのように問いかけていた。
しかしその全身は、既にボロボロであった。
服は赤黒く染まり、手足からは絶えず血が滴り落ちる。
「すまない。やつの力の理屈を明かそうとしたんだが、私では及ばなかった」
「気にしないでくれ。それと、アストー」
「わかっている」
カラクの周囲の空間が歪む。
腕へとあたった瞬間、それは砕かれる。
『…』
「…なるほどな」
その様子に、記憶にある最後の姿との代わりようを察する。
「力は先の時以上、速度も言うまでもなく…か」
「…それと、奴は五感が異常なほどに発達してる。先ほどまでと同じ不意打ちは当たらないと思った方がいい」
それが、アンセルの導き出した答えだった。
視界の唯一の欠点である、“死角”。
それを捨てるため、カラクは頭部そのものを自ら手放した。
代わりに、迫り来る風や空気の揺れ、漏れる微かな息すら感知できるほどに五感を研ぎ澄ませた。
「承知した」
1秒にも満たない、だが幾十にも見紛うほどの緊張感。
先に一歩を踏み出したのは、ニアだった。
合わせるように、アンセル達もまた意識を集中させる。
刹那、カラクの姿が消える。
目前に映ったのは、迫る拳。
反射的に真喝の構えを完成させる。
「真——っ!!」
迫る一撃が、ニアの目前で急停止した。
揺れる風が、ニアの頬を刺激する。
釣られるように桜月は振り抜かれ、最速の一撃は空を切る。
『修正』直後にはなかった、明確な“思考”。
「…!!」
合わせるように、カラクの一撃が急加速する。
腕に力を込める。
空を切った桜月をそのままカラクへと衝突させる。
弾かれる勢いが、カラクの一撃の射程圏内からニアを弾き出す。
ーー飛び出したはいいが、やっぱり俺だけがこの場で出遅れてる。食らいつけ、何がなんでも!
ニアは痛感していた。
この場において、自身だけがカラクにとって“ただそこにいるだけの人間”でしかないことを。
自身の力を試すための、遊び相手。
数歩どころではない。
十数、あるいは数十歩遅れている現状に、ニアは痛む拳を握りしめる。
その思考が、消えたカラクへの反応を鈍らせた。
突如として、視界が暗転した。
続けて見えたのは、澄み切った青空。
なんらかの臓器が潰された。
明確に伝わるそんな感覚だけが、何が起こったのかを知らせる。
木の根へと衝突することにより、衝撃と共に停止する。
「…」
「ニア…!!」
こぼれ落ちる血は、本当に自身のものかと疑問を抱くほどに赤黒かった。
そんな疑問も、長くは持たない。
倒れる首が、意識を霞ませる。
——『先輩ならきっと』
それは、考えないようにしていた言葉。
ーー…まだ、ダメだ、まだ…起き…ろ…
力の差などわかっているつもりだった。
もし倒されたとしても、何度でも、勝つまで立ち上がればいいと。
だがそれはあくまでニアの理想でしかない。
誤魔化していた限界が、崩壊し始める。
思考は泥のように、やがて深い眠りへと沈み始める。
瞳が閉ざされ、全身から力が抜ける。
その時、夢のような記憶が脳裏に映った。
「先輩は、なんで強くなろうと思ったんですか?」
——それはいつかの、なんて事のない会話の1ページだった。
読んでくれたそこの方、主人公なのにニア弱すぎでは…?と思いましたね?でも実際は違います。ただカラクが強すぎるんです。ニアは頑張ってるんです。とても!えぇとても!




