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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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覚悟

 吹き荒れる豪風の中心で、赤い髪の女(アンセル)は1人戦い続けていた。

 一撃でもまともに喰らえば終い。


 それをわかっているのか、カラクは楽しむように猛攻を仕掛け続ける。


 幾度にも及ぶ攻防の結果、周囲には既に十分な“過去”ができていた。

 しかし、アンセルにはそれを再起することができなかった。


ーー先ほどからの動き…やはり「見ていない」な。目に頼った動きじゃない。アストーと呼ばれていたあの子の見えない力を避けたのも同じ。だとすればおそらく…



 一手と一手の間。

 そのわずかな時間の中で、アンセルは仮説を固めていく。


 アストーの天啓を見切った時、妙な違和感を抱いてた。

 反応速度が異常に発達した。


 初めは抱いていたそんな可能性も、攻防のうちに否定された。


 直後、カラクの拳がアンセルの目前へと迫った。


「ちっ…!!」


 思考に付け入るように振り抜かれた一撃が、アンセルの体を容赦なく軋ませる。


 咄嗟に間に右腕を挟んだことにより、かろうじて胴体への衝撃は緩和されていた。

 それでも、今のカラクの力は人を吹き飛ばすには余りあった。


 霞む視界。

 直ぐに意識を取り戻したアンセルは、砕け散る鎧の姿を視界に捉える。


 続けて左腕を上へと伸ばし、後方に聳える木の幹を掴んでみせる。

 衝撃に、掴んだ幹は傾いていく。


 そのまま幹を一周することにより、やがてアンセルは元きた方向へと体を向ける。

 刹那、手を離したアンセルの体は凄まじい速度でカラクの元へと舞い戻っていく。


 そうして自らの元へと飛来するアンセルを捉えたことにより、カラクもまた拳を構える。


 アンセルの視界に、カラクが映る。


 同時にカラクは拳を振り抜いた。

 

 速度のあまり、アンセルに回避という選択肢はない。

 振り抜かれた拳は、そんなアンセルの胴を捉えていた。


 瞬く間に接近したアンセルの元へ、一撃は迫り——、

 

「ふ…」


 瞬間、空間が爆ぜた。


 折り合うように重なった過去を再起させる。

 それにより、生まれた真空が周囲を巻き込み破裂する。


 それでもカラクは止まらない。

 爆炎の中から飛び出たのは、尚も向かい来る拳。


 爆発のおかげでかろうして体の向きが逸れた。

 胴を定めていたはずの拳は、頬を擦るだけにとどまる。


 掻い潜るようにカラクの背後へと潜り込んだアンセル。

 不意に手に持った木の枝を押し付け、呟いた。


「再起(リザレクション)・逆行」


 突然カラクの体が急加速し始めた。


 ——過去を現在に持ってくる過程において、現在の状況は加味されない。


 だからこそ、逆行する木の枝は物理法則の一切を無視する。


 同時に、カラクは気づかない。


 前方から、“過去のアンセル”が飛来していることに。

 瞬き一つの間に、カラクの身を衝撃が貫いた。


 アンセルの天啓。

 その“過去”が“現在”に及ぼす影響は、もう一つあった。


「過去に、慣性は作用しない」


 木の枝はカラクの背から離れる。


 放り出されたカラクの体は、地面を擦りながら更に彼方へと吹き飛ばされていく。


「一旦…か…、二つ同時は流石にしんどいな」


 倦怠と吐き気が、全身を取り巻く。


 それほどの奥の手。

 それすらが、この状況ではただの足止めにしかならない。


ーー修正…そんな力が自動かつ常に発動するのなら封印されるに至った辻褄が合わない。なら、私のするべき最善は…



 もはやカラクの動きは、アンセルにも捉えられない。

 それでも、やらなければいけない。


ーーやつの能力、その一端を解き明かす…!


 だからこそ、アンセルは笑ってみせる。

 

ーーならねば死ぬ。なら、死ぬ気でやるのみ



 勝機のない状況の中でも、ひどく冷静だった。


 全ては後続の為。

 そこに、迷いはなかった。


 視界の先で、煙が晴れる。


 立ち上がったカラクの体には、変わらず一切の負傷がない。


 いつの間にか、カラクの姿が消える。

 目に映るカラクの『過去』だけが、行き先を示す。


ーー『適応』、『修正』いずれも発動条件は未だ不明…



 木々の合間を駆け抜けるカラクの姿が、瞬き一つの間だけ映り込む。


 アンセルの天啓により再起されるのは、過去の人物そのもの。

 そのため、アンセルの扱う『再起』(リザレクション)は、発動に必要なエアを最小まで抑えることができた。


 しかし、それも遂に限界を迎え始める。


 短期間に高頻度で使用された天啓は、アンセルの視界を微かに霞ませ始める。


 視界に映らない。

 天啓を躊躇いなく行使出来るほどの余裕もない。

 

 そんな状況の中だからこそ、アンセルは迷わなかった。


「…ふぅ…」


 目を瞑り、その場に座り込む。

 あぐらをかき、呼吸を整える。


 不安を現すように、心音が鼓膜に響き渡る。


 直後、カラクが振り抜いた。


 ——だが、辿り着いたカラクがアンセルに危害を加えることはなかった。


 肌を揺らした風と共に、カラクは茂みへと姿をくらませる。


 円を描くように、アンセルの周囲に足音が響き渡る。


 無抵抗で、無警戒な沈黙。


 カラクは警戒していた。

 

 力量差は測るまでもない。

 それでも、それを感じさせないほどに食らいついてきた、アンセルという存在に。


 一切の攻撃の動きを見せないカラクに、アンセルは安堵する。


 ほどなくして、異様なアンセルの様子に、カラクは自身が罠にハマっていることを自覚する。


 いつの間にか握られた拳が、アンセルの眼前へと迫りゆく。


 だが、時間稼ぎは既に遂行されきっていた。


「よく繋いだ」


 気がついた時には、体は押し除けられていた。

 

 目の前で、空間が霧散する。


 その光景と共に、体は何者かに支えられた。

 目を見開き、やがて見えた景色に微笑む。


「…ふふ、やあ二人とも、待ってたよ」


 黒色の髪をした少年と、山吹色の少年。


 目の前に立つ2人へ、アンセルは冗談めかしくそんな言葉をかけるのだった。

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