誰かのスクリーン
「ニア!!」
アンセルは、声を荒げていた。
無情にも、木々を薙ぎ倒す音は止まらない。
拳を握りしめ、思考を加速させる。
ーー考えろ。私1人では時間稼ぎはできても決定打には成りえない。肉体による攻撃はまず通らないと見ろ。だとすれば、私にできる最善は——
カラク相手にも優位を貫いていたアンセル。
しかし、その実力は天啓ありきのものだった。
元の身体能力は、常人が背伸びをした程度のもの。
それを抜きにしたとしても、再起させる過去のないこの場において、アンセルは無力に等しかった。
ーー2人のどちらかでいい。ここへ復帰し、状況が転機するその時まで耐えろ…!たとえ私が戦えないほどになろうとも、ここまで紡いだ軌跡を死ぬ気で繋げ…!!
視界から消えた“過去”。
そして、現れた巨塔の存在から、アンセルはある仮説へと至っていた。
ーー守宮のカラク…ようやくわかった。こいつの『修正』の効果…それは、事象の否定…!!
カラクは、ゆっくりと立ち上がる。
アンセルの元へと向くその様子は、アンセルとの一騎打ちを望んでいるかのようだった。
額に、微かな汗が滴る。
だからこそ、アンセルはふっと笑い、再びカラクとの戦いへと身を投じていく。
暗い視界に、灯りが灯る。
『——昔々、あるところに幸せに暮らす様々な種族がおりました』
それは突然に始まった。
黒いスクリーンに映った白い文字。
それと共に聞こえ始めた聞き覚えのない声。
その口調は、子供へと読み聞かせをしているようだった。
『羽を持ちながら、空を飛べない者。別世界へと住処を移し、平穏に時を過ごす者。穴蔵の中で一年中眠り続け、それを幸福と捉える者。人と仲良く暮らし、人が好きな影に生きる者。海の底に暮らし、生物の声を歌とする者。外の世界を憧れる、地底の者。誰にも従うことなく空を流れる、自由な者。世界を小さく思ってしまうほどに大きな体を持つ者』
次第にスクリーンには、幾つもの絵が写り始めた。
羽を持った小さな体の種族。
人と同じ見た目の、笑顔の絶えない種族。
洞窟の中に一年中籠り、尚も一切を困ることなく過ごす種族。
映し出されたそれぞれの種族は、呆れてしまうほどに幸せそうだった。
『そしてやがて、日常は『渇望を』。平穏は『永遠を』、幸福は『不変を』、友情は『夢を』、歌声は『虚心を』、幻は『堕落を』、自由は『虚像を』、寛大は『因果を』それぞれの望みの証として世界に残しました。それは始め、小さな蕾でしたが、瞬く間に大きくなりました。それは人々の感情を吸い、同時に自らの力として蓄えていたのです。かつての人々はそれを知っていましたが、咎めることをしませんでした』
ーーどうして?
幼い声が、問いかけた。
透き通った、純粋無垢な声色。
それを、ニアは知らなかった。
わずかな間、語る者は沈黙した。
だが、すぐに少女の息を吸うと、
『それが彼らの望みの証であり、彼らがここにいたという何よりの証明だからです。それがいる限り、世界が彼らを忘れることはなく、同時に人々もまた忘れることはありません』
ーー何を忘れるの?
『『¥&;;-:-“”,』が人々に成した所業。彼らの最たるものの全てを葬り去ってしまったことを』
突如として聞こえたノイズが、一部分を不鮮明にする。
ーーそれから、その証はどうなったの?
『それから長らく、それは世界を彷徨い続けました。その中で見て、そして経験したその全てを糧とし、成長を続けました。ですが、いつしかそれより後に生まれた人々はその姿に嫌悪し、恐れ慄き、いつしかそれは、世界でこう呼ばれるようになりました。——『厄災』 と』
直後、スクリーンの文字が消えた。
暗い室内は明るさを取り戻し始める。
観客達は、ぞろぞろとその場を後にし、感想を口にしていた。
その全ての頭部には、黒い炎のようなモヤが生じている。
やがて、劇場の中は静寂が取り巻いた。
そうして、——は再び語り始めた。
『…ですがいつか、それを救う存在が世界に現れました。幾度も死せしその者は、予言として世界のたった一冊にその名を残し、それを後世に伝えました。そしてそこにはこう書かれているのです。『世界を見つめしその瞳には、消えゆくながらも眩い光が尽きることはない』と』
視界が黒に染まる。
あたりを静寂が包み込む。
——そしてニアは、目覚めを迎えた。
「…」
目に映ったのは、果てしなく続く地面。
硬く、冷たい感覚。
「ここは…、っ…」
眠り落ちそうな意識を覚醒させ、周囲へと意識をやる。
その時、ニアはようやく自身が血溜まりの中に横たわっていたことを知る。
桜月は、少し離れた場所に横たわっていた。
体を起こそうと、力を込める。
「いっ…」
悲鳴と共に、体は血溜まりの中へと落ちる。
脳が、先程経験したことを思い出す。
「…俺は、そうか…気を失って…」
痛みを伴いながら、無理矢理に体を起こしていく。
幸いにも、倒れた木々の群れが、戻るべき方向を示していた。
流れる血が、片目を赤く染め上げる。
力なく、歩き始める。
ふらふらと踏み出す足は、少しでも気を抜けば崩れ落ちてしまうほど。
——ニアは、再び戦場へと向かうのだった。




