地を踏み鳴らすは夢の跡 そのニ
踏み出した足が、地面と接する音すらが鮮明に聞こえる。
それほどの静寂。
入り口ですら、死の予感は全身に纏わりついていた。
それは、先へと進むことにより更に膨大なものへとなっていく。
吐いた息が、目に見えるほどに白く凍っていた。
落ちた汗が、地面へと接するよりも先に結晶になる。
それほどの殺気を受けながらも、ニアとアストーは足を止めない。
長い通路を進み、階段を降りた先。
2人がたどり着いたのは、冷気の発生源だと一目でわかる小部屋だった。
四方の壁は、青白く変色している。
その中央に、『それ』はあった。
「これが…」
「あぁ、『守宮』のカラク…『月光魚』、『蟲』と同じく『厄災ヨハネ』により生み出されし夢の世界の産物、その封印だ」
白く脈打つ、繭のように見える何か。
それから伸びた、紫色の液体が行き来する管が、部屋の中全体を覆い尽くしていた。
その異質さに、微かな間呼吸を忘れる。
直後、アストーはゆっくりと歩き始める。
踏み抜いた地面は、瞬く間に凍りついた。
そんな繭へ、アストーは慎重に手を重ねる。
「封印はじきに決壊する。それが今宵か、はたまた今この瞬間かは誰にも知りえぬ。故に目覚める前にこれを殺す」
「なにを…」
瞬間、繭が爆ぜた。
押しつぶされるように消え失せ、紫色の液体が四方の壁へと飛び散る。
「…終わり…?」
そこにはただ、何かがあったの“かもしれない”と思わせる、不自然な地面のえぐれだけが残される。
身を震わせていた殺気も、いつの間にか消え失せていた。
その事に気づくや否や、ニアは肩の荷が降りたように深く息を吐く。
「…」
「…アストー?」
隣に立つアストーは、微動だにしなかった。
目線は、揺らぐことなく繭のあった箇所を見つめている。
だからこそ、違和感への反応が遅れた。
「——なんだ?」
不意に脳裏によぎった、不吉な予感。
その正体は、わからなかった。
ただ、目に映る光景に妙な気持ち悪さを抱いていた。
そうして遂に、違和感の正体が露わになる。
「どうなって…」
——止まっていた。
飛び散り、壁へと付着した紫色の液体。
それが、滴り落ちる寸前で完全に停止していた。
反射的に全身の鳥肌が浮き立つ。
同時に、隣に立つアストーが動かないわけも理解する。
ーー何をされた…?いや、何もされてないはずだ。繭は潰された、夢の産物は目覚める前に死んだ。だとすればなんで…
加速する心臓と共に、思考していく。
散らかった、ヒントになり得る言葉の一つ一つをかき集める。
やがて脳裏には、ある可能性が浮かんだ。
ーーもし…もしこれも『守宮』のカラクの力なのだとしたら…?潰される瞬間を確かに見た…そのはずだ。なのに今こうしてありえないことが起きてるってことは、それはつまり…!!
“ピシッ”
視界の片隅に、ヒビが生じた。
つい数分前にも体験したばかりのもの。
それこそが、ニアの思考を肯定する。
なら、この異常を引き起こした元凶も、また一つしかない。
直後、空間が砕ける。
視界の先には、繭へと手を伸ばすアストーの姿。
「待…」
静止しようと口を開くが、間に合わない。
再び潰された繭は、先ほどと同じように四方の壁へと液体を散乱させる。
——そんな時だった。
アストーの、更に後ろ側に見慣れない影が生じていた。
青白い部屋に生じた、黒い人型。
考えるよりも先にニアは飛び出し——、
「っ、アストー!!」
「…!!」
刹那、寸前までアストーのいた空間に、何かが通った。
突き飛ばされたアストーは、受け身も取れないままに地面へと押し倒される。
やがて何事かと体を起こしたからこそ、目の前に立つ『それ』の存在を捉える。
地面は大きくえぐれていた。
その中心に、『それ』がいる。
「…アストー、一応聞くが、その『守宮』のカラクってのが今目覚める可能性は、ゼロじゃないんだな」
確認など、もはや不要。
「…たわけめ。今余達の前に立つ“それ”こそ、『厄災ヨハネ』により産み落とされた産物、『守宮』のカラクだ」
舞い上がった土埃が、地面へと落ちていく。
その中から、一つの影が立ち上がる。
「あれが…」
成人ほどの背丈の人型。
全身は枯れ木のように細く、頭部には見合わないほどの巨大な眼球が一つついている。
夢の産物は、現実へと甦った。




