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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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地を踏み鳴らすは夢の跡 その一

「上…右…右…左…」


 オーゼンと別れて少しした頃。


 迫る攻撃をいなしながら、ニアは言葉通りに時間稼ぎを遂行していた。


 息を吐く間も無く傀儡達は猛攻を仕掛けてくる。

 それでも、ニアの身にオーゼンと別れた時以上の負傷は見えなかった。


 代わりにその身を取り巻くのは、疲労という名の鉛だけ。

 

 目の前の傀儡は、当然ながら一切の疲れを見せない。

 その光景に、堪えていたため息が溢れそうになる。


「そこまで」


 瞬間、全ての傀儡が動きを止めた。

 かと思えば、その全てが森の中へと散り散りに去っていく。


 新たな攻撃かと、周囲へと警戒を敷く。


 だが、何も起こらない。

 吹き抜ける風が鮮明に聞こえるほどの静寂。


 命令を与えていた男もまた、先ほどとは違う雰囲気を身に纏っていた。

 直後、男は指を刺した。


 人気のない茂みの方向。

 間も無くして、釣られるようにして意識を向けた茂みは音を立てて揺れ始め、


「っし、戻ってきた」


「きた」


 飛び出してきたのは、傀儡使いの本体を叩きに行ったはずのオーゼンとウミだった。

 頭に何枚かの葉を乗せた姿に、張り詰めていた肩の力が抜けていく。


「彼はこのそばにいるはず…」


「オーゼン…!!と、そこの子は…」


 その中に、見覚えのない姿があることに気がついた。

 長い髪の少年。


 だが、オーゼンが戻ってきたということにより、浮かんだ疑問は自然と解消される。


「お前が本体…ってことなんだよな」


「えっと…うん。そう…です」


 少年…ハドルは、躊躇い気味に頷く。


「話は後だ。ニア、『音』が早くなった。本当にもう時間がない。俺たちも早く避難しないと…」


「…待て、さっき操られてたやつらが何処かへ去って行った…あいつらはもう避難したのか?まだなら急いであいつらも避難させないと…!」


「彼らには家に取り残された家族がいるかの確認を…、っ!!」


 刹那、途方もないほどの殺気がその場を突き抜けた。

 

 それは、これまでオーゼンにしか感じられなかったはずのものだった。


「ダメだ、それじゃ間に合わない…、封印の場所…その場所を教えてくれ、早く!!」


「…えぇ…!?…えっと…確か預言書にはオーグリィン中央に建つあの砂の塔…あの地下に封印されてるって書いて…まさか…!!」


「目覚めたとしても俺がなんとか逃げる時間を稼いでみせる。だからお前はその間に全員を安全な場所まで避難させてくれ」


 身を翻し、ニアは封印のありかへと目をやる。


 その様子が、何をしようとしているのかを全員へ知らせる。


 その時、オーゼンの手がニアを掴んだ。


「待てニア!お前だってさっきまでの戦いで疲労が…」


「それがどうした。疲労はあるがまだ体は動く。それに、取り残された奴はきっと、地獄の中で自分は見捨てられたんだって思うだろうよ。俺は、その不条理を許したくない」


「っ…!!」

 

 体は重く、全快時とは程遠い。


 ——それは、取り残された者達には何の関係もない。

 1人生き残った者は、何を思うのか。


 それは、ニア以外には決して分からない。

 それでも、その理由だけでニアが動くには十分だった。


「…ごめん、オーゼン」


 掴んだはずのオーゼンの手が、すり抜けていく。


 声が出ない。

 代わりに、オーゼンは引き止めたい気持ちを押し殺すように拳を握りしめると、


「…絶対、後で合流するぞ」


「安心してくれ、死ぬ気なんてさらさらない」


 微笑んだニアの姿が、徐々に遠ざかっていく。


「…俺たちも行こう。ハドル、逃げて来たみんなをこの森の果てに集めてくれ」


「う、うん、わかった」


 ニアへと背を向ける。

 やがてオーゼンは、ハドルと共に歩き始める。


  ——ただ1人、翼の少女だけが、去って行くニアの背中を心配そうに見つめていた。
























 

 鼓膜を風が横切る。

 足は、疲労のためにわずかな痛みを伴う。


 それでもニアは止まらない。


 視界に映るオーグリィンに、尋ねた当初の面影はない。

 見えるのは、ただ燃え上がる赤い炎だけだった。


ーー人はいない…ここら辺に残された人はいないってことか…よかった



 人の気配がない。

 そのことに、微かに安堵を覚える。


 オーグリィンの中央に見えた巨大な塔。

 それは、近くに寄ると更に大きくみえた。


ーーどうなってる…?



 駆けていたニアは、不意に妙な違和感を覚えた。

 踏み出した足は、確実に地面を踏み締める。


 だが、見える景色は一向に前方へと進まない。

 それは、無限に続く空間を駆けているかのようだった。


 その違和感を自覚した直後、視界の片隅に小さな亀裂が走った。

 あり得ないはずの光景。


 それは時間と共にその規模を広げ、遂に周囲一帯を覆い尽くした。

 その様子に、新たな敵襲かと意識を張り巡らせ——、

 

「よもやこのような幼稚な策にすら嵌るとは…主のことを過大に評価し過ぎていたのかもしれないな」


 声が響いた。

 刹那、ニアを覆っていた空間は、砕け散る。


 砕けた視界の先に、その者はいた。


「お前は…」


 見下ろすように、木の上からこちらへと目をやるアストー。

 黒いフードを被り、髪の隙間からは変わらず青色の光がのぞいていた。


 やがて降り落ちるようにして地面へと降り立つと、迷うことなく塔へと歩き始める。


「…待て、なんでお前がここに…」


「時間がないのは百も承知か?ならば貴様は余程の阿呆と見える。余達が此処で与太話をしている間にも『アレ』は目覚めの時を待っているぞ」


「っ…」


 当然のように口にした、当事者達以外知らないはずの言葉。


 疑問が瞬く間に脳内を埋め尽くす。

 だが、時間がないことをニアもまた理解していた。

 

 だからこそ、言葉を内へと抑えるとアストーの後を追っていく。


 アストーと共に歩き、数十秒が経った。

 あれほど遠く感じた塔の足元に、2人は立っていた。

 塔の足元には、なぜ気が付かなかったのかと疑問に思うほどに、堂々と入り口らしきものが備えられていた。

 

 そこからは、白く凍った空気が流れて出てきている。

 漏れ出た空気が、ニアの肌を微かに掠めた。


「っ!?」


 瞬間、全身の鳥肌がよだつ。


 街で聞いた物語により、多少の威圧感は覚悟していた。

 それを、優に超える明確な殺意。


 深呼吸し、加速した心臓を落ち着かせていく。

 

 その様子を見たアストーは、再び目線を入り口へと移す。


「準備は整ったようだな。行くぞ」


「あぁ」


 踏み出した足は、冷気を切り裂いていく。

 2人は暗闇の中へと踏み入るのだった。

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