ハドル・ライアグライネ
「オーゼンが予言のことを…どうしよう、そんな…」
「どうにかするのよハドル…!お前の役目を他の誰かに邪魔されてはいけない…!!」
焦りの中で、全てを押し付けるように母はそう言った。
“他人の思考を読む”。それが、母の天啓の能力だった。
ハドルの“他人と同化させる力”とは違い、正真正銘、人の心の内側を盗み見るための力。
オーゼンがどんな経緯で『音』について知ったのかはわからなかった。
それでも、『音』の存在を知ってしまったという、ただそれだけのことがハドルに十分な焦りを与えていた。
ーーどうしよう、オーゼンだけは助け出さないと…母さん達を裏切る…?予言の時が来て、僕だけで対処出来るものなのか…?
どうすれば、オーゼンを失うわけには…失うわけ…には…?
途端、加速していた思考は落ち着き始める。
浮かんだのは、当初立てていた計画よりも遥かに簡単なもの。
同時に、オーゼンが『音』について詮索することを防ぐ、まさに一石二鳥のものだった。
ーー何か理由をつけて何処かに捕まえて、外からの情報を遮断して仕舞えば…再び外に出た時、予言の時が終わってみんなを救えてたら、きっとオーゼンも僕に感謝するはず…
そうだ、そうしよう…!それしかない…!
オーゼンはハドルに感情を与えた。
だがそれが今、狂った方向へと向かってしまう。
それからのハドルは、ただひたすらに目的のために突き動かされた。
家族との食事の際は決まって家族を操り、その意識の中から自身を除外していた。
計画は完全な独断。
万が一にも、バレてしまうわけにはいかなかった。
家族の声が聞こえない日常は、ハドルに少しの寂しさを覚えさせた。
それでもハドルは止まらない。
オーゼンを喜ばせる。
それだけが、ハドルの行動を自己肯定させていた。
だが、計画の最終段階を進めるべくオーゼンの動向を見に出かけた、そんな時だった。
ーー…誰?
——それはイレギュラーだった。
これ以上詮索しないように、傷つけないように。
オーゼンが『音』についての話をするたびに、相手を操ってきた。
恐れさせ、離れさせ、この一件から遠ざけようとした。
それが間違いだった。
街の中に頼れる人物がいないことを知ってしまったオーゼンは、遂に見ず知らずの旅人へと『音』について打ち明けてしまった。
ーーだめだ、これ以上オーゼンを野放しにしてたらみんなを救えなくなる…!!
なんとかしないと…なんとか、1人になって周りに人がいない状況を作り出さないと…!!
冷静ではなかった。
——これ以上は。早くしないと。
“その時”が刻一刻と迫っているという事が冷静になろうとするハドルの脳を返って熱くさせる。
練っていた策を無碍にしようとも、焦りの赴くままに行動した。
叔父の体を借り、オーゼンを、男を制圧した。
その体も多用し、黒幕だという印象も刷り込ませた。
自分がなんとかしなければいけない。
幼い頃から狂ったように教え込まれたそんな狂言が、ハドルを突き動かす。
その全てが、一瞬にして破綻した。
何者かの手により、男が外へと解き放たれてしまった。
衝動のままに突き動いた計画は、ゼロの状態へと帰してしまった。
こちらを見つめるオーゼンの瞳には、隠し切れない悲しみが紛れていた。
「…もうやめろ、ハドル。壊れた建物は元には戻らないし、もし失った命があったのだとしてもそれが回帰することはない、けど、まだ辞められるんだよ。これ以上罪を重ねることは避けられるんだ」
「…オーゼン」
歩み寄り、問いかける。
その声は震えていた。
その声が、オーゼンが自身に対しどんな感情を抱いていたのかを察させる。
視線が、押し下げられている。
その様子に、オーゼンは拳を握りしめる。
その時、再び異常事態が起こる。
「…っ!?…待て、何か変だ…、『音』が…変わった…??」
「そんなわけ…まだ予言の時には時間が…」
焦ったように声にしたのは、他ならないオーゼンだった。
その額には、微かな汗が滲んでいる。
——嘘ではない。
男からの入れ知恵である可能性を疑い、咄嗟にオーゼンへと力を行使する。
間も無くして、オーゼンの言葉が真実であることを知る。
「きた…きたんだ、予言が…遂にきたんだ…」
焦るオーゼンを置き、ハドルは震える腕を前方へと伸ばす。
その思考は、自身が操るすべての人々に、封印の糧となるべく命じ——、
「っ、待て!!」
伸ばした手は、本能的に何かを感じ取ったオーゼンによって阻まれる。
「…!!」
刹那、オーゼンとハドルの目線が交わる。
見えたハドルの目には、青ざめるほどの焦りが滲んでいた。
掴んだ腕は、振り払われる。
「…邪魔しないでよ!もう少しなんだ。後ひと段落、これさえうまく言えばみんな救われるんだ…僕たちは、みんなを救え——」
「そんなこと俺は望んでない!!!!」
ハドルの声を割くようにして張り上げた声。
呼吸が荒れる。
見えたハドルは、ひどく動揺しているようだった。
目線は、あちらこちらへと彷徨っている。
部屋の中に、静寂が訪れる。
そんな中、オーゼンは静かに一歩を踏み出した。
響く足音は、怒りを表しているかのようだった。
「…納得が行った。なんで俺だけ操られてないのか、言葉にして言われたわけじゃないけど、俺もお前との付き合いはかなり長いんだ、口に出さなくてもなんとなくならわかる。けど、けどな。お前は一つ勘違いしてる」
「勘違い…?」
「お前の境遇も育ちも、俺は何も知らない。俺が知ってるのは仮面を被ったお前だけで、その中身について俺は何一つとして知らなかった。けど、だからこそ間違うな。お前は誰のものでもない。…ただ1人の、ちっぽけな人間なんだ。お前だけじゃない、俺だってそこの嬢ちゃんだって、みんなちっぽけな人間だ。ちっぽけで助け合って、正しあわないと生きていけない人間なんだ」
「…!!」
「嫌なら逃げればいい。無責任だって誰かは言うかもしれない。けど、お前にたとえ力があろうがなかろうがその実ただの子供だってことは俺が1番よく知ってる。だから考えろ。みんながいないその街を、お前は本当に望んでるのか。2人で生きて、他の全てを見殺しにした人生が本当に楽しいと思えるのか」
「僕は…」
——わかっていた。
捕らえられたあの時、いくら死を連想させる言葉を連ねようとも、そこに敵意は一つとして含まれていなかった。
閉じ込めていた心に、わずかなヒビが生じる。
崩れる破片は、深層をわずかに晒す。
ハドルを押し潰してきた責任。
逃げるという選択肢すら許さなかった境遇に、オーゼンは自分勝手に第3の選択肢を突きつけた。
ヒビが、その心を崩していく。
とうに決めたはずの覚悟が、いとも簡単に揺れ始める。
ーー僕…は…
伸ばした手は、いつの間にか宙へと垂れていた。
それは、わずかに残った善意の、最後の抵抗のように見えた。
継がれてきた一族の使命と、友人の願い。
測るまでもない2つの重みに、立つことすらままならなくなる。
間も無く訪れる、自身が生まれた意味。
それが、家族が勝手に決めたものなのだと、気付いてしまった。
「…ごめん、今はこうして話を聞いてる時間すら惜しいんだ。俺の言いたいことは伝えた。俺にできるのはあくまで助言でしかない。だからあとはお前自身で決めてくれ。俺はニアにもう時間がない事を…」
「…もう伝えたよ。家族がいる人たちにはまだ家に残されてる子がいないかの確認を。終わり次第退避するようにって命令を出しておいた」
重ねられた言葉に、踏み出した足が止まる。
驚愕と共に、オーゼンはハドルの元へと振り返った。
「…ハドル」
「みんなごめん。多分この伝承も未来の今を生きる僕たちのために遺してくれたものだと思う。けど、僕は…」
全てを無碍にするかも知れない。
それでも、オーゼンは新たに“逃げる”と言う選択を示してくれた。
手のひらを固く握りしめる。
「僕はやっぱりみんなを死なせたくない」
ハドルは、一度は諦めたその願いを、再び口にするのだった。




