回想
暗い森の中に現れたオーゼンは、微かに笑っていた。
見るからに自身と同じオーグリィンの住人。
見覚えのない姿に呆気に取られながらも、次の瞬間にはハドルは顔を伏せていた。
「何強がってんだよ、迷子だろ?俺が来たからもう大丈夫だ」
瞬く間に側へと寄ったオーゼンは、強がるハドルを見抜いたように優しく手を差し伸べた。
その手を、ハドルはすぐに掴むことができなかった。
それは、ハドルが受けた、初めての“他意なき善意”だった。
躊躇う様子を見せたハドルへ、オーゼンは頬をかきながら微かに困った反応を示す。
だが、沈黙が場を取り巻いて数秒が経った頃、不意にオーゼンは意を決したように前へと出ると、
「…!?」
半ば強引に引かれた手に、声を漏らすことすらを忘れてしまう。
咄嗟に上げた視線の先に見えたのは、優しく微笑むオーゼンだった。
その表情に呆気に取られた直後、オーゼンはゆっくりと手を引き、ハドルを立ち上がらせていく。
その笑顔に、どれだけ救われたのかをオーゼンは知らない。
ただその瞬間、染め上げられたハドルの中に、初めて“自我”と呼ぶべきものが生まれた。
体に生じているいくつもの切り傷が、どれほど長期間探し回ってくれていたのかを知らせていた。
それから間も無くして、一生をかけても辿り着けないとさえ思っていたオーグリィンは驚くほど簡単に姿を現した。
暗い空は、見慣れたはずの景色に微かな新鮮味を与えた。
全身の力が抜けていく。
やがて地面へとへたり込んだ時、押さえていた感情は溢れ始めた。
——自身の失踪が、オーグリィン全体を巻き込んだ騒動になっていたと知ったのは、全てが終わったあとだった。
駆けつけた両親の顔を見た途端、あっという間に意識を手放してしまったのを覚えている。
その寸前に見えたオーゼンの慌てようは、あの日から今日までを通しても見たことがないほどだった。
——その日から、ハドルにも少しだけ変化が訪れた。
他者へ気を許すことのなかった警戒心は、オーゼンに対してのみわずかに許すようになった。
他愛ない関係。
だがその関係がハドルにとってこれ以上ないほどに居心地が良く、同時に安心できる関係でもあった。
時間と共に、オーゼンと話す回数も増えた。
やがてハドルは、勇気を振り絞ってある提案を投げかけた。
「秘密基地?」
「うん。僕と君だけが知ってる秘密基地。…あぁでも無理にってわけじゃ——」
「いいな!いつにする?どこら辺に建てるのかはもう決めてるのか?」
嫌な顔一つしないオーゼンの態度。
それが生まれ持った優しさなのだと、ハドルはわかっていた。
だが、それでよかった。
それがよかったのだと。
幾十の日が過ぎ、遂に完成した秘密基地は酷い出来だった。
何一つとして立てていた計画通りにはいかず、微かに開いた天井の隙間からは雨の雫ががポツポツと滴り落ちている。
それでも、2人は満足げに笑った。
家族の前では、予言の日への計画を進める。
その裏では、ハドルは人知れずオーゼンだけは救い出すべく、秘匿のの策を練っていた。
数ヶ月後、策はついに完成した。
それは、オーゼンがオーゼンである限りどこにも穴のない、完璧とも呼べるもの。
一刻も早く“みんなが救われた街”を見せたいと、心待ちにさえしていた。
だが、だからこそオーゼンは予想外の行動をとってしまった。
「ハドル…!!」
勢いよく開かれた扉。
計画を書き留めたノートを、咄嗟に隠す。
部屋へと飛び込んできた母の顔色は、真っ青だった。
「ハドル、よく聞いて。あなたの友達にオーゼンという子がいたでしょう。あの子が…」
その言葉を聞いたハドルは、その目を見開いた。




