遠い日の思い出
「ハドル…やっぱりこの子が我々の…!」
最も古い記憶は、何気ないそんな言葉。
視界に映ったその人は笑顔だった。
不思議なことに、初めて瞳を開いた瞬間の景色を、未だでも鮮明に覚えている。
でも、それが僕という個人が生まれたことに対する歓喜でないことは、幼いながらにも理解できた。
それはきっと、重役を背負える人材が生まれたことへの喜び。
悪く言えば、責任を押し付けられる対象が生まれたことへの感嘆。
物心がつくよりも早く、刷り込むようにして僕の中心には「それ」が存在していた。
育つ環境が人格を形成するというのなら、きっと僕は物心がつくよりも早く最悪と呼べる環境のもとで育ち切ってしまっていたのだろう。
僕の家は世間体で見れば一般的なようで、だがその実誰よりも狂っていた。
「…予言?」
「そうだよ、いいかいよくお聞き、これは私たちが長年積み重ね、守ってきた由緒正しい予言なの」
それは毎日のように言い聞かせられ続けて来た、伝統のようなもの。
数千、或いは数万年前の、一族に伝わる預言。
それに、家族は日々怯え、今日もまた「オーグリィンに住まうすべての人々を生贄にすること」を強要する。
切実なようで、何よりも自分勝手な内容。
「僕は…嫌だよ、この街のみんなは僕を大切にしてくれて…だから僕はみんなを犠牲にすることなんて…!!」
初めてその話をされた時のことを、今も鮮明に覚えている。
人並みに優しかった僕は、人の命どころか、生き物の1匹すら傷つけることができなかった。
そんな人物に、他人に打ち明けることのできない責任を押し付けてしまえば、どうなるかなど想像に易い。
変わってしまう、周囲の人々の家族への境遇。
そんな恐れが、抱え込んだ僕の性格をだんだんと内向きにしていった。
間も無くして、「オーグリィンのハドル」という仮面が出来上がった。
優しく、臆病で、献身的。
だがその中身は、既に「自分が間違っており、予言の通りにすればみんなが助かる」という思考に毒されていた。
街に出れば、日が暮れるまで客人を案内する。
家に帰れば、眠りにつく瞬間まで毎秒のように予言への悲嘆の言葉を聞かされ続ける。
狂った思想はやがてその心を本心と見紛うほどに染め上げた。
——彼と出会ったのも、そんな時だった。
「お母さん…みんな…ごめんなさい…」
とある日の暗い森の奥で、膝を抱えたまま1人の少年…ハドルは泣いていた。
その体には所々に切り傷が生じ、微かに血が溢れている。
光が迷い込まない暗闇。
幼い頃のハドルにとって、それは恐怖の象徴でもあった。
道を塞いでいた旅人を避け、森の中へと足を踏み入れた。
ただそれだけだった。
いくら歩こうとも辿り着けない目的地に不安を抱いた時には、もう遅かった。
半日の時間が過ぎた。
過呼吸すら通り越した恐怖が、頬を濡らすことだけを許した。
「お、いたいた。何してんだ?こんなとこで」
「…っ!!…や、やぁ偶然だね」
途端、暗闇を割くほどの明るい声が、ハドルの耳をつんざいた。
躊躇うことなく笑いかける少年。
それが、ハドルとオーゼンの初めての出会いだった。




