正体
駆けていた。
草木により、微かな切り傷が生じた。
同じく足元を駆ける少女へ心ばかりの手を添え、それでも止まることなく走り続ける。
ニアと別れた直後。
数人の傀儡が後を追ってくることを覚悟していたオーゼンだったが、意外にも追跡する傀儡の姿は1人として見えなかった。
それがニアのおかげだと気付くのに、時間はかからなかった。
ーー考えろ、本体だ。
あの老人は倒したが、途端に頭がすげ変わったようだった。
それはつまりあの老人も偽物で、一見使い捨てに見えるみんなも必要とあれば頭にすることができるという事…
ただ数を倒すだけじゃ埒が開かない、考えろ、何かあったはずだ…ここまでの道のりの中で何かヒントが…ヒント…みんな…?
いつの間にか足を止め、オーゼンは思考する。
それはこの地獄が始まってから今までの、積み上がった、ヒントになり得る小さな塵達。
数多の可能性が、脳裏を駆け抜けていく。
だが、その中に一つ、無視できない疑問があった。
「なんで俺は操られていない…?」
それは当然の疑問だった。
「条件がある?なら何でニアにだけ効果があった?嬢ちゃんが無事な理由は?年齢が幼いと効果を受けないのか…?」
自身と同じほどの年齢であるニア。
しかし、ニアは明確に天啓の影響を受けていた。
にも関わらず、自身は未だに一切の違和感を覚えていない。
同じく天啓を受けた様子のないウミの存在により、思考はさらに加速していく。
「俺だけ特別…?いや、これだけ人を操り街を無茶苦茶にしたのに俺だけを特別扱いする必要なんて何処にも——」
「——こどもいた」
静寂を裂いた、独り言のような言葉。
その言葉が、妙に引っかかった。
やがてウミへ膝を折ると、
「子供?」
「ニアがつかまったとき、ひとりだけこどもちかくにいた」
「…!!」
それは、ニアに逃がされた直後のこと。
運ばれていくニアを木陰から眺めていたその人影に、ウミは深い印象を抱いていた。
——オーゼンは目を見開いていた。
同時に、ようやくその者の姿をこの地獄が始まってから一度も見ていないことを思い出す。
「…嬢ちゃん、その子供の見た目は分かるか、服装は?髪型は?」
「ウミよりちょっととしうえそうなおとこのこ、ふくそうは…だぼっとしたの、かみがたは…そう、おばけみたいにながかった!」
「…そうか」
短く返事をしたオーゼン。
途端、身を翻すと草木の中へと歩き始める。
この瞬間、オーゼンの中で確信へと変わった。
何の罪もないオーグリィンの人々を操り、一瞬にして街を地獄へと作り変えた者の正体を。
「…やっぱりな」
「…!!オーゼン…なんでここに」
暗い森の中に建った一軒の小屋。
——その中に、その者はいた。
扉を開けたことにより、微かな風が外へと漏れ出す。
それは、粗末な出来だった。
小屋と言って遜色はないものの、ポツポツと落ちる雫の音が部屋の中に響き渡っている。
その一番奥に、一つの人影があった。
ウミの言った通りの、ボサボサでありながら胸辺りまで伸びた、灰色の髪。
オーバーオールを着飾った、14歳程の少年。
オーゼンが訪れることを予想していなかったのか、その瞳には隠しようのない動揺が現れていた。
そんな少年の様子を無視し、オーゼンは小屋の中へと足を進ませ始める。
「…ずっと違和感はあったんだ。この街をめちゃくちゃにした人たちの中に成人した男や女、老人はいても、子供の姿が何処にも見えない事に。多分みんな家族がおかしくなった事に怖がって何処かに逃げて行ったか、あるいは逃げることができないほどの子供は家の中に縮こもってるかのどっちかなんだろうな。それが普通なんだ、だからおかしいんだよ」
それは、ずっと脳内に引っかかっていた点。
「な、何言ってるの…?ほら、外は危ないよ?早く入って、そこの女の子も一緒でいいから、僕女の子は苦手だけどオーゼンがいるなら…」
少年の一声の度に、疑問が確信へと変わっていく。
「もういいんだ、下手な芝居はやめてくれ」
「…オーゼン?」
「子供を外で見た…それ自体は不思議なことじゃない。だけどおかしいんだよ。答えてくれ…ハドル、何でお前は、お前だけがあの場に居たんだ?ここじゃない危険な場所に、何でお前の姿があったんだ?」
「…」
ハドルと呼ばれた少年は、返事をしない。
それが、オーゼンの問いに対する何よりの答え。
オーゼンは、拳を固く握りしめる。
ハドルとオーゼンは友達だった。
——否、友達と呼ぶにはあまりにも親しい、歳の離れた親友のような関係だった。




