応えるは信頼
「どうやって…!?」
何事もなかったかのように起き上がるニアへ、男は言葉を漏らしていた。
そんな男へ、ニアはわざとらしく笑いかける。
「理解できないって顔だな。だがまぁ起きたんだから理解するしかない訳だが」
その時、男はニアの姿に妙な違和感を抱く。
全身には傷があり、頭部も変わらずついている。
一見すれば、何もおかしくはない光景。
だが、訴え続ける違和感に、男はニアの体を見まわしたことによりようやく答えへと辿り着く。
「…あなた…どうやって手枷を?」
「なに、お前が俺の上に考えなしに乗っけてくれたおかげだよ。腕まで切れるかと思ってひやひやしたけどな」
ニアの両腕を繋いでいた枷は、いつの間にか消えていた。
代わりにそれは、先ほど傀儡がニアへと乗り掛かった地点に横たわっている。
男は目を見開く。
その光景を見たニアは、やがてわざとらしく手に持った桜月から刀身を引き出してみせる。
光り輝く刃が、男は存在を知らせる。
刹那、男は理解する。
「…まさか…!!」
「ご名答…とはいっても、もうほとんど答えだけどな」
「命を賭けた土壇場で、斬ったとでも…!?失敗すれば命を落とす、そんな状況の中で…!!いや、先程の言葉…あなたまさか…!!」
言葉を無視し、ニアは桜月を腰へとかけていく。
「何故…では何故、お前は死んでいない!?耐えられるはずなどない!あの人数を、お前のような小さき者の体で!」
「あぁ、耐えてないさ。でも一つだけ言うとすれば…そうだな、あの乗り掛かりは確かに厄介だが対策が不可能ってわけじゃない」
「何…!?」
「そんなに知りたいなら教えてやるよ」
ニアの上に乗り掛かった傀儡の数は、10を超えていた。
それほどの数に乗り掛かられて、何故生きているのか。
その答えは、ひどく単純なものだった。
「ただ1人、意識を失わせた…ただそれだけだ。もし土台になってる奴の1人でも気を失えば、そいつは上に乗っていた奴らを巻き込んで勝手に崩れ落ちていく。…あいにく、考えなしに乗り掛からせてたお前の視点からじゃ、そんなことに気づく事もできない訳だ」
「そんな馬鹿げた方法で…!」
牢に捕えられている間、ずっと考えていた。
1度目の戦闘。
ウミを逃した際、傀儡は誰1人としてウミの方へ意識を割かなかった。
そこにニアは、ある確信を得ていた。
ーー標的…即ち、命令された人物以外に、意識は割けない…!!
その確信の通り、意識を失った傀儡は崩れるように滑り落ちていった。
積み上がる他の傀儡達を巻き込み、乗り掛かられたニアが耐えられるほどまでに。
その違和感は、ただ見ていただけの男には決して分からない。
「お前の天啓は思考を読む…いや、掻き乱す…?類のものかと思ってたんだが…どうやら違ったみたいだな」
「…っ」
男を見据えながら、ニアは静かに呟く。
先程から、男はニアの思考を完全に読めていない。
天啓の発動に回数条件があるのか、別の要因が関係しているのかは分からなかった。
それでも、男の天啓が不完全になったという、その確証さえあればよかった。
歩み寄るニアとは対に、男は足を引き下げていく。
辺りを囲う傀儡は、もはやニアの目には映っていない。
逃走を図る男の元へ、ニアは大きく一歩を踏み出し——、
「「…!?」」
直後、音を立てて揺れた草木に、ニアは踏み出した足を引き下げる。
男もまた音の立った方へと視線を向けている。
ほどなくして、人影が茂みから現れた。
「ニア!」
「にあ!!」
「ウミ…それにオーゼンまで、なんでここに!?」
いるはずのない人物の姿。
それに、ニアは驚愕の声を漏らしてしまう。
茂みから顔を覗かせた二つの人影は、瞬く間にその場の注意を攫っていく。
瞬間、呆気に取られるニアへ、オーゼンはわざとらしく指差すと、
「ここは頼んだ、本体は俺たちが叩く!」
「たたく!」
笑顔と共に放たれた、緊迫した状況を壊すような、明るい声色。
肩の力が抜けるのを感じる。
だからこそ、こちらもまた笑ってみせると、
「あぁ、了解した。こっちは任せろ」
「っ、あの者達を追いなさい!」
二つの影が、茂みの中へと消えていく。
途端、男は旋律と共に、傀儡へと命令を飛ばす。
だが、その道中にニアが立ち塞がった。
「悪いな、舞踏会はまだ開演途中だ」
「貴様…っ!!」
立ち塞がるその様子は、どこか楽しげだった。
地獄は未だ健在。
逃げることも、放棄することも許されない。
なら、するべきことは決まっていた。
ニアは周囲をぐるりと見まわし、再び男へと目をやると、
「時間稼ぎ、きっちりやらせてもらう」
その表情には、笑みが浮かべられていた。




