二幕はこれより火蓋を下ろす
オーゼンとの会話の後。
ウミは、改めて周囲の景色に目を向けていた。
オーゼンの捕らえられている牢獄は、オーグリィンの街から東に抜けた先。
暗い森の中に建てられた一軒の家の地下にあった。
ポツンと建った家。
行く宛もなく歩いていたウミは、偶然目の前から傀儡が歩いてきたことで、その存在を知ることができた。
同時に、その家の側から声が聞こえたことにより、オーゼンの存在も特定することができた。
重なりすぎた偶然の連続。
それは、正真正銘奇跡の賜物だった。
慎重に家を半周したウミは、やがて中へと踏み入るべく扉のそばへと歩み寄る。
力を込め、ゆっくりと扉を開いていく。
舞い込む光に紛れるように、ウミもまた視線を部屋の中へと滑り込ませる。
室内に人の姿は見えなかった。
地下への入り口もまた、何処にもない。
そうして部屋の中へと入り込んだウミ。
地下への入り口を見つけるべく、辺りを探索し始める。
「…ここ?ちがう…うーん…」
数分が経った。
怪しげなものを、一つ一つ確認していく。
しかし、いくらそれらしきものを調べようとも、結果は何も起こらない。
「…おーぜんなら、知ってる…?」
脳裏によぎった言葉を呟いた。
その可能性を確かめるべく身を翻し——、
「…彼はダメだった。やっぱりか…残念」
「!!」
刹那、声が聞こえた。
こちらへと向かってくる声。
咄嗟に足を引き戻したウミは、隠れる場所がないかと周囲へと目をやる。
質素な部屋。
その中に、隠れる場所などないに等しい。
次の瞬間、閉ざされていた扉はゆっくりと開かれた。
微かな風と共に、足が部屋の中へと踏み入る。
「…疲れるんだよな、こういうの。はぁ、重荷がすぎる、不平等だ」
独り言と共に、声の主は部屋の真ん中に置かれる椅子へと腰掛ける。
——そこに、ウミの姿はなかった。
ウミは、備えられた押入れの中に飛び込んでいた。
意図せず微かに開いたままの隙間から、外の景色が見える。
声の主は、ニアを襲撃した老人だった。
誰かと話しているような口調。
だが力なく呟く姿が、独り言であることをウミへと知らせる。
そこにニアを襲撃したときのような威圧感はなかった。
それどころか、“素”に近い状態だからか、ウミもまた自然と違和感を抱いてしまう。
直後、歩き出した老人はウミの隠れる押入れの先に立った。
そこに置かれた電話へと細工をした次の瞬間、隣に置かれていた本棚は重苦しい音と共に横へと動き始める。
ーー…ちか
見えたのは、四方が青く塗りたくられた道。
その様子は、見ているだけで寂しさを覚えるほどだった。
そうして老人は足を踏み出し——、
「!?」
突如として響いた轟音が、窓を激しく揺らした。
驚愕を隠しきれない老人は、瞬く間に振り返ると轟音のした方の窓へと張り付く。
遠く離れた場所にある建物が、ひどい土埃と共に崩れ落ちていた。
額に汗が滲む。
その様子が、それが老人にとって予想外であったことを知らせる。
腰には、ご丁寧に鍵の束が備えられていた。
じゃらじゃらと音を放つそれが、その存在をウミへと知らせる。
途端、ウミはゆっくりと押し入れから体を出していく。
慎重に着地し、やがて老人の元へと足を向ける。
老人の目線は、倒壊した建物に釘付けだった。
そんな元へ、ウミは手を伸ばしていき、
「てい!」
「…!?」
小さな掛け声と共に、腰の鍵が奪い取られる。
老人がそのことに気づいたのは、束を握りしめながら地下へとかけていく小さな背を捉えた時だった。
目の前で起こった奪取と、背後で起こった原因不明の倒壊。
推し量れない事象に、老人の動きがわずかに止まる。
次の瞬間、ウミの元へと足早に歩き始めた。
だが年老いた体でウミに追いつくことなど不可能にも近しい。
その予感の通り、時間と共にその距離は離れていく。
ウミは先に見える角を曲がり、その姿を視界から消滅させる。
——直後、金属の擦れるような音が聞こえてきた。
ガチャガチャと言う乱雑な音。
それが、ウミがオーゼンを脱出させるために多数の鍵を試しているのだと察するのにそう時間はかからなかった。
そして遅れて老人が角を曲がったと同時に、錆びれた金属のような音が鳴り響いた。
見えた視界の中には、
「いけ、おーぜん!」
「ったく、なんか2人揃って俺の扱いが雑すぎじゃないか?」
ゆっくりと牢の外へと足を踏み出すオーゼン。
変わらない口調のまま、ウミから鍵の束を受け取る。
間も無くして、オーゼンの両腕を縛っていた枷が地面へと落ちる。
空間を突き抜ける金属音が、老人に冷や汗をかかせる。
長時間拘束されていたからか、枷のついていた部分は赤く跡がついていた。
オーゼンはその部位を抑えながら軽く息を吐くと、
「まぁ、上で何が起きたのかは知らねえけど、こちとら死ぬ一歩手前まで行ってるんでな。…とりあえず、はっ倒させてもらうぜ、爺さん」
老人の元へと足を踏み出した。
突如として何かが破裂するような音が響いてきた。
朦朧とする意識の中、響いてきた破裂音がニアの意識を微かに覚醒させる。
「…?」
疑問を抱いたその時、不意に足音が響き渡った。
出入り口らしき箇所からの足音。
時間と共に接近するそれに、ニアは不器用ながらに警戒体制を敷く。
「——情けないな、様子を見にきてみればこの様とは」
足音が止まった時、ニアの目に映ったのは予想すらしなかった人物だった。




