それぞれが
「よし、元気万端。今日は何するよ、ニア」
「とりあえず調査だな。お前の言った『音』について、何か記されている書物がないかの。ウミはどうする?」
「にあについてく」
朝の支度を済ませながらの会話。
2日目の朝。
オーゼンの家を訪れたニア達。
ニアとウミの姿を見たオーゼンの母は感激のあまり肩を震わせ、躊躇う事なく宿泊を許可してくれた。
案内されたのは、2人で使うには余りある部屋。
柔らかい毛布が、疲れたニア達の疲労を労う——はずだった。
「…」
「どうした?寝不足か?」
ニアは、ぼーっと虚無を見つめていた。
目の下には、微かな隈が付いている。
「…いや、まぁ……うん、大丈夫」
横になってまもなく、深い眠りについたウミ。
熟睡するその様子に安心したのも束の間、見た目からは想像もつかない寝相の悪さにより、ニアの毛布は見事なまでに奪い取られてしまった。
何とか奪い返し、寝ようと悪戦苦闘したものの、結果は惨敗。
快眠のウミとは反対に、ニアは一睡もできていなかった。
“コンコン”
その時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
音のした方へと意識を向けると同時に、扉は勢いよく開かれた。
「みんな、よく眠れたかしら!!…あら、寝不足?どうしたの?もしまだしばらく滞在するつもりなら、遠慮なく泊まって行っていいのよ?ね、ゼン?」
「ん、…え、俺?」
飛び出てきたオーゼンの母は、笑顔でニア達へと声をかけていた。
オーゼンのコミュニケーション能力の高さは母譲りなのだと、ニアは人知れず納得する。
何故か圧をかけられたオーゼンは、わずかに不服そうにしていた。
そんな表情を、慣れたように無視する母。
しかし、その提案はニア達にとっても願ってもいない事だった。
「じゃあお言葉に甘えて…あと数日だけお世話になっていいですか?」
「いいわよいいわよ、それで問題ないわよね?ゼン?」
「ねえなんでそんなに俺に圧かけるの?!」
慣れたような態度で会話する2人。
冗談らしい声を無視すると、オーゼンの母はご機嫌に鼻歌を歌いながら、下の階へと降りていくのだった。
「…ほらな、普通だっただろ?」
呟き、目をやるオーゼン。
その言葉通り、先ほどのオーゼンの母からは異常さのかけらも見られなかった。
「あぁ、やっぱり『音』が起因してると考えて間違いなさそうだな。…さて、問題は、その事について何か情報があるのかどうかって事なんだが…」
「書物確認は俺に任せてくれ。書館でもう一回、できる限り全部に目を通してみる」
オーゼンが過去を探る。
なら、ニアのするべきことは、
「なら、俺達は聞き込みだな」
「じゃあ、今日もまたここに集合でいいか?」
「そうだな。俺は暗くなるまでは読み漁るつもりだから、遅くなると思う」
「了解。いこう、ウミ」
「りょーかい!」
桜月を腰にかけ、ニアとウミは動き出す。
二手に分かれたニアとオーゼン。
やがてそれぞれの姿が人混みによりかき消される。
「ウミ、昨日と同じでこっちを見てる人はいるか?」
「うーん…いないとおもう」
「そうか、ありがとう」
安堵とともに、ウミの頭を優しく撫でる。
出会った当初はわずかにくすみ、ボサボサとしていた髪。
オーゼンの家でしばらく入っていなかった風呂に入った事により、その髪は本来の白さを取り戻していた。
その毛先が、光に反射し輝いている。
そうして頭を撫でられたウミは嬉しげに周囲を見回すと、
「でもね、あやしいひとならいる!」
「…本当か?」
「うん!にあのちかく!」
心臓が跳ねた。
咄嗟に桜月へ手をかけ、背後を振り向く。
敵意を抱く者がいないかと、意識を張り巡らせる。
だが、1秒ごとに入れ替わる人々。
その中から個人を特定することは不可能にも近かった。
「…見間違いじゃないな?」
「ほんとだよ?でもどっかいっちゃった」
ウミの言葉に、微かに気が緩む。
途端、人混みから抜けるべく早足に歩き始める。
数日の滞在。
それは敵が何の行動も起こさなかった場合の話に他ならない。
「…とりあえず、どこか人の少ない場所にでもいこう」
話が聞けるほどの人だかりを探してしばらく。
数分ほど人波に揉まれた末に、ようやく抜け出したニア。
瞬く間に溜まった疲労を吐き出すように深いため息をついていた。
「真似するんじゃない」
「えへへ」
背に乗り、真似をするように息を吐くウミ。
注意されても、悪びれる様子なく笑っていた。
そんなウミの髪を、ニアはわしゃわしゃと撫で回す。
「それで、何か知ってそうな人は…」
ニアには、情報を持っている者と、そうでない者との判別ができなかった。
だからこそ、その狙いは初めから一つしかない。
そうしてある人物の元へと歩き進めると、
「すみません」
「どうしたかね?」
こちらを向いた、青いローブを被った、長い白髭を生やした老人。
ベンチに座る老人のその佇まいは、一見しただけでもこの街に長く住まう者なのだと察することができた。
「少し聞きたいことがあるんですが」
「あぁ、いいとも。だがちょっと待っておくれ。彼も道を迷っているらしくてね。今案内しているところなんだ」
そう言い、向き直した先には1人の男がいた。
ニアよりも微かに高い背。
足元まで伸びる黒の上着を羽織り、ローブを被っている。
そのせいか、表情は見えなかった。
微かに漏れ出した青い瞳は、ニアを品定めしているかのようだった。
瞬間、男から微かな敵意を感じたニアは、ゆっくりと桜月へと手を伸ばしていく。
その意識は、男の一挙手一投足へと注がれていた。
「…で、その先を左に行けば着くはずだよ。人混みに酔うかもだから注意していくんだよ」
「感謝する」
だが、そんな警戒とは裏腹に、男は短い感謝を告げると何処かへと去って行ってしまう。
いつの間にか瞳はニアから逸れ、虚空を捉えていた。
やがて案内が終わった老人は、改めてニアの方へと向くと、
「待たせたね。それで、何か聞きたいことがあるのかね?」
「あぁ…えっと、突然で申し訳ないんですけど、この地に関する歴史などを教えて欲しいんです。なにせ旅人なもので、あまりここらへんに詳しくなくて…お願いできますか?」
「あぁ、それなら構わないよ。この街は本が多くて読むにも時間がかかるからね。だが少し長くなるから…ほら、そこにでも腰掛けるといいよ」
老人は自身の隣を指差し、促すようにしてニアを座らせる。
すると、先ほどまで肩に乗っていたウミは器用にも膝の上へと移動し、何食わぬ顔で座り込んでみせる。
その様子にニアは苦笑し、老人は微笑ましげに小さく笑みを浮かべる。
「それじゃあ改めてここ、オーグリィンの話をしよう」
老人は、静かに語り始めた。




