依頼
「にあ、よかったの?あのひと、すごいこまってた」
歩くニアへ、ウミはそう問いかけていた。
いつの間にか、視界の先には街の景色が映り込んでいた。
「わかってる。でも俺は自分の実力を把握しているつもりだ。だからこそわかる、もしあいつの言ってたことが本当だとしても、俺に出来ることはない」
「そっかぁ…でね、にあ」
「どうした?」
不意にウミは前のめりになった。
やがて前方を指さすと、
「さっきからあのおじさんたち、こっちをじーっとみてるの」
「…?どれだ?」
指を辿るように、視線は動いていく。
だが、目の前にあるのは変わらない人だかり。
いくら探そうとも”おじさんたち“は見つからない。
思わず眉を顰めていると、
「あのひと!あの、おっきいばしょのうえにたってるひと」
指は、微かに上方向を指していた。
辿るように、視線はこの街へと辿り着いた時にも見えた巨大な塔へと移される。
やがてその頂上を見上げた時、
「あれは…」
——4人の老人が立っていた。
遠く、顔色は確認できない。
それでも明確に伝わるほどの敵意が向けられていた。
遅れてきた緊張感に、全身がビリビリと痺れる。
同時に、見つめる老人達の表情には、遠くからでもわかるほどの笑みが浮かべられていた。
「っ…」
途端、ウミを地面へと降ろし、手を握る。
やがて体を転換させ、歩いてきた道を引き返していく。
間も無くして、視界の先には少年の姿が映った。
少年は、諦めたように地面へと伏せていた。
だが、こちらへと寄ってくる足音を聞いたことにより、顔を持ち上げる。
映ったニアの姿に、瞳には微かに光が宿る。
恐らくはニアの気が変わったことへの期待。
しかし、事実は違う。
少年の元へ辿り着くと同時に躊躇うことなくその胸ぐらを掴み上げると、
「お前の仕業か」
「な、なんのこと…まってくれ!なんのことかくらい教えてくれ!」
「お前の話は本当みたいだな。こちらを笑いながら見つめる老人がいた。おそらくさっきの会話がバレてる」
「そんな…」
「とぼけるな。俺たちの会話を知ってるのはお前だけだ。天啓ってやつか?随分便利なもんだな」
戸惑いを浮かべていた少年の表情は、暗く沈み始める。
——この世界へ来てから、様々な天啓を見てきた。
中には当然のように情報を抜くものも存在していた。
「待ってくれ…!俺は本当に何もしてないんだ!」
「そうか」
「なんで…あんたもかよ!」
少年の声が震え始める。
やがてニアの腕を掴むと、力任せに突き飛ばした。
その表情には、薄い涙が滲んでいた。
そうして突き飛ばされたニアは、当然のように踏みとどまる——はずだった。
ーー———なんだ…?
体は、倒れ込んでいた。
理解が追いつかない。
分かったのは、いつの間にか視界が傾いていたということだけだった。
「…!!」
激しい嘔吐感が押し寄せる。
反射的に口元を抑え、その場にうずくまってしまう。
ーーこれは…!!
その気持ち悪さは、たった今押し寄せたものではなかった。
意識すらしない間に、当然のように肉体を取り巻いていた吐き気。
それが意味することはただ一つ。
「ごめん、そんなに強くしたつもりはなかったんだけど…」
手を差し伸べる少年は、不安げな表情を浮かべていた。
ーーいつからだ?さっき話した時は何ともなかったはず…
いや、もしかするとその時からずっと…?
もしそうだとすれば一体誰が…?
何度も顔を見たはず。
なのに、不思議と今、初めて少年の顔がはっきりと見えた。
「…大丈夫か?」
意識が覚醒する。
伸ばされた手に気づくと、躊躇いなく掴んだ。
「…あぁ、大丈夫だ。それと、疑ってすまなかった」
「どうしたんだよ、なんか変だぞ?…それに、みんなあの反応をするからな。もしかしたら…って勝手に期待したのはこっちだし、いいよ。…まぁ、悲しくはあったけど」
少年は、儚げに笑ってみせていた。
「やっぱりダメか?もし嫌だってんなら俺も諦める。頼むのもこれで最後にする」
少しの間沈黙する。
紛れもない敵襲。
それは、少年の情報が真実であることの何よりの証拠でもあった。
同時に、敵の魔の手が既に街の全員にも伸びているということ。
そうしてニアは不敵に笑うと、
「”何者かから攻撃を受けた“。…なら、ちゃんと礼を返さないとな」
「…それって…」
「さっきの返事は無しだ。俺も協力させてくれ」
「本当…か…!?っしゃあ!!!」
手のひらをぐっと握りしめ、隠しきれない歓喜を露わにする。
そうしてニアへと手を出すと、
「俺の名前はオーゼン。オーゼン・バンクライシオ。好きに呼んでくれて構わないぜ、改めてよろしくな!ニア!」
「…何で名前を知ってるんだ?」
「…?そこの嬢ちゃんがそう呼んでたからてっきりそうなのかと思ったけど、違ったか?」
「あぁ、なるほど…いや、違わない。俺の名前はニア。よろしくな、オーゼン」
なぜかドヤ顔を浮かべるウミ。
その様子を見たニアは、苦笑と共にオーゼンの元へと振り返る。
依頼は引き受けられた。
ニアは、新たな一歩を踏み出したのだった。




