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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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静かな戦いは唐突に

 戦いが始まり、ニアは柄へと手をかける。


 だが、対する男はその様子を見ても躊躇うことなく歩き進めていた。


「言っとくが、逃げてても勝てねえぞ??」


「そっちこそ、油断してたのを負けた理由にはするなよ。図体のでかい男が小さな器しか持ってなかったなんて、想像するだけで恥ずかしいからな」


 途端、巨体の男は動きを止めた。

 かと思えば、その顔には怒りが滲み始めていた。

 

 ふるふると震える腕が、その怒りが嘘ではないことを知らせる。

 刹那、巨体の男はニアの元へと駆け出し、瞬く間にナイフの届く範囲へと接近する。


 大きく振り上げられた拳。

 受け止めるべく刀を傾ける。


 その手の内からは、いつの間にかナイフが消えていた。

 ナイフを囮にした、思考の誘導。


 まんまと釣られてしまったニアは、ほんの少しの間だけ動きを止めてしまう。

 そんなニアへ、拳は振り抜かれる。

 

 その一撃が、受ければタダでは済まないことをニアもまた理解していた。


 だからこそ、手の中からナイフが消え去っていることに気付くと同時に、ニアは柄から手を離す。

 身を低く屈ませると、頭上を掠める拳を横目に鳩尾へと一撃を叩き込む。


「よかった。思ってたよりも弱い」


「こいつ…!!」


 なんとか踏みとどまる巨体の男の顔色は、真っ青だった。


「…くそ!お前ら!一斉にかかれ!」


 八つ当たりのような口調。

 ニアを取り囲んでいた男達は、不服そうな表情を浮かべている。


 だが次の瞬間には、手に握っていたナイフを何処からか取り出した弓へとかけると、ニアへと狙いを定める。


ーー弓か、おそらくあのナイフに何か仕掛けをしてるな

それに、さっきから何処かから出現しているナイフ…

あの男の力か…



 2度も突如として現れた武器。

 ニアは、それが巨体の男の天啓であることを察する。


 同時に、ナイフは放たれる。

 凄まじい速度で迫るナイフ。


 しかし、それはタイミングが分からないからこそ脅威となるもの。

 飛来する地点も方向も分かっている今、それはニアにとって脅威とはならない。


「タイミングが分からなければ脅威だったな」


 身を翻し、通り過ぎるナイフを背にそう呟く。

 木へと突き刺さったナイフの刃には、紫色の液体が塗りたくられていた。


 改めて巨体の男へと目を向けると、


「…お前、この中で一番弱いぞ」


「こんなわけが…くそぉ!!」


 一歩を迫ると共に、巨体の男の顔には恐怖が浮かぶ。

 明確になった実力差。


 男は、最後の悪あがきと言わんばかりに地面の砂を握りしめると、ニアの方へと放り投げる。

 力任せに放り投げられた砂つぶ。


 それは、ニアだけではない、背後の2人をも巻き込んで被害をもたらす。


「くそ、目がぁ!何してんだよお前は!ぐっ…」


「ふざけんなよ…がはっ…」


 背後から聞こえる悲鳴。

 ニアは砂つぶが放り投げられると同時に背後を振り向くことにより、被害を逃れていた。

 

 視界が失われた事により、標的を切り替えたニア。

 瞬く間に男達の元へと接近し、


「…ぁ…ふ」


「…ぶ…」


 避けられるわけもない攻撃に、2人は糸が切れたかのように地面へと倒れ込む。


「2人、あとはお前だな」


 撃沈した男達へ、巨体の男は目を向けると、わざとらしく舌打ちをする。

 ゆっくりと起き上がるその様子は、ようやく鳩尾に喰らった攻撃のダメージが回復してきたようだった。


「殺す…もう手加減なんかしねえ」


 吐き捨てる男を目前に、ニアは柄へと手をかける。

 

 途端、巨体の男はニアの元へと駆け出し、性懲りも無く再び握った拳を振り下ろす。


 単調な一撃。

 後方に下がる事により、振り下ろされた一撃を難なく回避し——、


「かかったな…!!」


 巨体の男はニヤリと笑った。

 直後、手の中に握りしめられていた砂塵が、ニア目掛けて放り投げられた。


 飛び下がるニアに、躱す術はない。

 ニアの景色が、白に染まる。


「勝った!」


 歓喜と共に握りしめられる拳。

 その存在にニアは気づかない。


 ——その選択こそが、誤りだった。


 視界を封じられた状況だからこそ、真価を発揮する技があることを。

 微かに通り抜ける風は微かな冷たさを伝える。

 迫る拳により風が揺れた時、ニアは静かに呟いた。


「真喝」


 ——振り抜かれた拳は、体ごと弾き返される。

 時間と共に回復してきたニアの視界には、尻餅をついた巨体の男の表情が映った。

 

「待て…待ってくれ!」


 助けを求め、巨体の男は手を前へと突き出す。

 そこに、戦う意志は見えなかった。


 だが、ニアもまた向ける優しさを持ち合わせていない。

 一歩、また一歩と、降伏する男の元へとゆっくりと歩み寄っていく。

 地面を踏み締めた直後、


「あ、あぁぁぁあ!!」


 恐怖のあまりか失禁し、巨体の男は情けない声を漏らしながら、地面を這うようにして逃げていく。

 逃すまいと一歩を踏み出したものの、ニアもまた本来の目的を思い出した事により二歩目を踏み出すことはない。


 やがて目線を向けたのは、眼帯の男だった。


「あんたが最後だが、どうする?」


「…」


 男は返事をしない。

 その瞳は、変わらずニアを見つめていた。


 数秒の沈黙が場を包んだ。

 

 男に対し、ニアもまた油断することなく目を合わせ続ける。

 数秒後、男は瞳をゆっくりと閉じると、


「…勝てぬ戦いに身を投じるつもりか?」


 短く、端的に男は問いかける。


 気が付けば、辺りは男の圧に覆い尽くされていた。


 全身の鳥肌が立ち、今取るべき最善の行動を脳に知らせる。

 だが、ニアは深い呼吸と共にそれらの選択肢の全てを振り払う。

 代わりに再び男の瞳を見つめると、


「…すまないが、たとえ勝てなくても、もう逃げないって決めたんだ」


 交わる視線が、ニアに死を連想させる。

 それでも揺らがない信念に、男は認めるように笑みを浮かべると、


「…ふ、よかろう。連れていけ。それはワシには必要のないものだ」


 鎖をニアの元へと放り投げる。

 去っていく背中を、ニアは静かに見ていた。


 その脳内には、ある言葉が浮かんでいた。

 ——見逃された。と。


 時間と共に自身の無謀さを理解したニアは、どっとくる疲れと共に深く息をこぼす。

 だが、その選択を選んだからこそ、


「よかったな。自由だぞ」


 視界の先で怯える少女へ、そう声をかけることができた。

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