任せた
隠し石付近。
音もなく現れた『ニア』。
腕の中に抱き抱えるエリシアを地面に横たわらせると、小さく笑みを浮かべていた。
「さて、俺の出番はここまでだ。あとは自分で進め、ニアくん」
瞬間、『ニア』の体はぐらりと傾き、その場に手をつく。
ニアは、未だに眠ったまま目覚めない。
だからこそ、『ニア』は、体を返すように目を瞑る。
直後、ニアの体は崩れ落ちた。
数秒後、体が痙攣した。
次第にゆっくりと瞳は開かれていき——、
「…?…」
目を覚ましたニアは、見覚えのない光景に疑問を抱いていた。
体を起こそうと、地へと手をつく。
腕を貫いた激痛に、ニアは瞬く間に倒れ込む。
視界に、横たわる少女の姿が映る。
同時に、意識を失う寸前の記憶が蘇る。
「っ…先輩!」
地面を這い、ニアは少女の元へと寄っていく。
少女は、浅い呼吸を繰り返していた。
胸は微かに上下している。
それだけが生きていると言うことを伝えていた。
そうして無意識に振り向いた先には、
ーー…隠し石…??なんで…いつの間に…
記憶が、妙にぼやけている。
意識が朦朧としていたからだろうか。
だが、目の前に目的の場所がある。
あと少しで手が届く。
それだけで、ニアの中から疑問など全て消え失せる。
立ちあがろうと、ゆっくりと足を立てていく。
「っ!!」
痛みに表情が歪む。
そして、ニアはようやく理解する。
ーーっ…足も折れて…
それは、当たり前のことだった。
幾十、幾百もの攻撃を、無抵抗に受け続けた。
その体は、既に動ける許容範囲を超えていた。
腕が冷たい。
感覚はなく、妙な痺れを伝えている。
ニアはその痛みを堪え、横たわる少女の元へと震える腕を伸ばして行く。
ーー痛みなんて気にするな…!動け俺!!
肉に骨が突き刺さる。
それでも、ニアは腕を伸ばし続ける。
そうして遂に手が届いた時、
ーー痛みがなんだ…!!動け…動け俺…!!
今ここで挫けたら、2度とみんなに顔負けできなくなる…!!!
誓ったんだろ!!自分に!!
呼吸すら忘れていた。
——伸ばした腕はエリシアを抱き抱えた。
やがて隠し石へと足を踏み出していく。
一歩を踏み出すたびに、足から力が抜ける。
それでも、少女を手放さない。
いつの間にか、その瞬間は訪れていた。
視界には、セレスティアの風景が映っていた。
堪えていたニアの体は遂に限界を迎え、飛び込むようにして倒れ込んでしまう。
「やっと…帰って来れた…あとは地上まで…連れて…」
隠し石の先の景色は、数時間前に見たのと同じ、悲しい静けさを帯びていた。
だが、まだ終わりじゃない。
目の前に聳える、途方もないほどの長い階段。
それを登らなければ、少女は助からない。
ーーダメだ、起きろ…倒れてる暇なんか…ないだろ…!!
進め、進め…進め!!
息を忘れる。
酸欠になった時、初めてニアは呼吸を忘れていたことに気づく。
それでも、再び歩き始める。
その時、果てしない階段の上から音が聞こえてきた。
「———私は行きたいと…待て、誰かいる」
階段を降りる足音。
だがニアの気配を察したのか、声の主は話していた相手と共に息を潜めると、慎重に階段を降り始める。
そうして数秒後、2人は互いの存在を知る。
「アン…セル…?」
霞む視界にも鮮明に映るほどの、赤い髪をした女性。
同時に、アンセルは見えたニアの姿に息を呑む。
「ニア…?!それに…」
全身が赤く染まったニアの姿だった。
血に塗れ、雨が規模を広げる。
だがそれを抜きにしても、重症であることなど一目瞭然だった。
刹那、アンセルはニアの体に空いた穴に、目を見開く。
続けて、その腕の中に抱かれる少女の姿を視界に捉える。
「一体何が…!?」
「ごめん…任せた」
張り詰めた糸が、切れていく。
意識が朦朧とし、腕の中の少女の存在すら忘れてしまう。
地面へと崩れ落ちる寸前、アンセルはニアの体を抱き抱える。
そうして投げ出された少女をも受け止めると、
「皆の者、今回の捜査は中止だ。急いで彼らを医療所まで」
「アンセル、この子達は?」
「私の友人だ。急げ、話は後だ」
焦りを含みながらも、短く、簡潔な説明。
急ぎ、背後に立つ1人にニアを預けたアンセルは、瞬く間に階段を駆け上がっていく。
ニアを抱える者も、すぐに後を追っていく。
ーーこの子達がこんなに…一体何があった…!?
人混みを縫うようにかけて行くアンセル達の表情には、ひどい焦りが浮かんでいた。
極夜へと入るミラディアの前には、赤い血溜まりだけが残されていた。




