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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
遠い世界
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アナタは神に

 血がこぼれ落ちる。

 視界は赤く染まっている。


 それでも、何事もなかったかのように立ち上がる少年に、アルクヘランは目を細めていた。


 生き物である以上、動く事などできないはずの重症。

 アルクヘランは、自身がしくじったのかとさえ考える。


 だが、その答えは『ニア』の違和感に気づいたことにより解消される。


『…アナタは一体?』


 ぽつりと、アルクヘランはそう呟いた。


 同じ姿をした、別人。


 中身だけが、別の何かへと入れ替わっているのだと。


「…」


 ——『ニア』は何も答えない。


 直後、『ニア』の体がふらついた。

 それが今尚流れる血のせいだと悟るのに、そう時間はかからない。


 そうして崩れかけた体を寸前で持ち堪えた『ニア』は、不思議げに自身の足へと目を向ける。

 続けて大きく息を吸うと、


「…アルクヘラン、認識した物体生物全てを数、距離問わず永遠の世界へ閉じ込める力」


『…どうしてそれを』


 途端、アルクヘランは動揺を浮かべる。


 ——アルクヘランの能力は、世界の何処にも記録として残っていなかった。

 その理由はひどく単純。

 相対した者全てが、戦わずして蹂躙されていたから。


 しかし、『ニア』はそんなアルクヘランの能力を知っていた。

 そうして疑問を浮かべるアルクヘランへ、『ニア』は短く息を吐くと、


「まさかお前にまで忘れられてるとは、流石にちょっと悲しくなるな」


『その口調…その物言い…、貴方はまさか…!』


 アルクヘランの脳裏に、遠い過去の記憶が蘇る。


 それは失われた英雄。名もなき者。

 ———アルクヘランにとって、忘れることのできない存在。


 数百、数千、あるいは数万年前にも及ぶ遠い過去の、数ある強者を差し置き、唯一アルクヘランへと届き得た“到達者”。

 

 それが今、偽りの姿で現れたのだ。

 

「懐かしいな、桜月(おうげつ)…さて、それじゃあ久しぶりに暴れてみますか」


 その声色は、友の名を呼ぶようだった。

 やがて『ニア』は桜月へと手を添えると、軽く足を引き下げる。


 それは、何かの構えのように見えた。


『…!!!!』


 刹那、空気が震え始める。


 その構えを知っているのか、アルクヘランは逃げるようにゆっくりと退き始める。


 一見すれば、アルクヘランの怪我は全て治ったように見えていた。

 だが、その実中身はエリシア、そしてニアとの戦闘により、重症に他ならない。


 比例するように、その力も万全時とは比べるまでもない。

 ———だからこそ、その力もまた『ニア』へと届かない。


「忘れたか?お前が誰に負けたのか」


『まさか…いや、そんなわけがない…だって貴方は…!』


「時間がないんでな、感動の再会なところ悪いが、眠っててくれ」


『アナタは神に—————!』


 声を荒げるアルクヘラン。

 だが、その言葉が最後まで語られることはない。


 柄へと手をかけた刹那、桜月は音もなく振り抜かれる。

 直後、地面が砕け、爆発の如き衝撃が生まれた。


 迫る一撃は、能力を行使しようとしているアルクヘランを『停止』の力ごと切り伏せ——、


「天真(てんしん)」


 そうして、雨が止んだ。


 しつこいほどに降り落ちていた雨は、刹那の間だけその姿を極夜全体から消滅させる。

 再び雨が降り落ちた時、世界には二つの声だけが残された。

 

 一つは技を放った『ニア』の、小さな息を吐く声。

 もう一つは、先ほどまで『ニア』と対していた者の———、


『ぁ…あぁぁぁぁ』


 微かな声。

 目を向けた先にいたのは、幾数にも切り裂かれた塊だった。


 その姿は、生物として何故生きているのかと疑問を抱かせる。

 そんな塊の元へ、『ニア』は足を寄せると、


「残念だが、不死身のお前を倒す力は俺にはない。かといってまた封印するだけの時間もない。だけど覚えとけ。次にお前を倒すのは、俺じゃない誰かだ」


『…』


 その言葉に、アルクヘランは返事をしない。


 そうしてアルクヘランから視線を外した『ニア』は、前方に広がる光景へと目を移すと、


「鈍ったな…昔の俺が見たらなんて言われるか…まぁいいや、じゃ、さっさと役目果たすとしますか」


 深く息を吐き、刀についた血を地面へと払い落とす。

 やがて自らの視界の先で横たわる少女(エリシア)の元へと歩き始める。


 限界を迎えているはずの体。

 だが『ニア』は難なくエリシアを抱き抱えると、


「勝手口は…あれか」


 その視界の中に、隠し石は見えていない。

 しかし、『ニア』は軽く足を引き下げる。


 直後、『ニア』の姿は消え失せた。

 遅れて土埃が巻き上がり、地面には抉れた跡だけが残る。


『…』


 静かになったその場には、ただ一つのアルクヘランだった肉塊だけが残されていた。

 雨の音は、絶えず鳴り響いていた。

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