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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
遠い世界
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突然の戦い

「…っ!?」


 一瞬の出来事だった。


 覚えているのは、エリシアが何かの砕ける音の元凶を確認しようと歩き出し、建物の角を曲がった、その地点までだった。


 エリシアが建物の影に姿を隠したその瞬間、わずかに空間が歪むようにノイズが起こり、その視界の中にはあたかも初めから居たかのように二つの影が映り込んでいた。


 その人影の存在に遅れて理解したと同時に、ニアは咄嗟に距離を取るべく飛び下がり、やがて2人が何者なのかを探るべく目を向ける。


 1人は同じく先ほどまでなく、突如として現れた箱の上に座った、白い髪にボロボロの黒いフードを被った男。

 もう1人は背丈よりも長いかと思えるほどに伸びた黒髪に、灰色のボロボロの服一枚だけを身につけた、視界の端で縮こまり続けている少女。


「ここは…」


 景色は変わっていなかった。

 鼻を突き刺す匂いも変わりはない。


 だがニアは突如現れたそれらの要因、そして何よりも、先ほどから一向に姿の見えないエリシアの存在から、そこが先ほどと同じ地点。

 だが別の場所であるのだと結論付ける。


 ニアは警戒を解かない。


 代わりに周囲へ意識を広げた、その時だった。


「ここが何処だか探したって意味ないよ。ここは僕の世界。誰もが居て、誰も辿り着けない虚構の世界。まぁ、反転した極夜とでも思ってよ」


 軽く地面を指差しながら男はそう伝え、その言葉にニアは思わず眉を顰めてしまう。


「…反転した極夜…?どう言うことだ」


 もはや現れた理由に関わらず味方とは思えない2人に、ニアは周囲に割いていた意識を再び2人へと向ける。


 警戒を露わにされた白い髪の男は、やれやれと言うように小さく息を吐くと、


「言葉通りだよ。ここは僕が天啓で作り出した反転の世界…まぁ、もうかなりガタが来てるし、瓦解させるのは容易いんだけどね」


 ため息混じりにそう伝える男は何処か気怠けに周囲へと目を向けている。


 男の言葉を信じることはできなかった。

 だがそれだけではなかった。

 ニアが男を信じられなかった最も大きな要因、それは、


ーー…印はある。間違いなく俺のいた場所と一致してる…なら、先輩が何処かに行った…?

 いや、だとしても突如現れたことが説明できない…



 目を向けた先の木には、小さな切り傷が刻まれていた。

 それはニアが念の為と歩いた道を記すためにつけた印。

 印がつけられたのは、エリシアと別れる直前だった。


ーーいつ手中にハマった…?

もし先輩と分断させるのが目的だったとして、言葉通りにこの世界を作ったのだとすればどのタイミングで…?いや、違う。それも全部後回しだ。

 今はとりあえず一刻も早く先輩の元に早く戻らないと——



「まだ帰ってもらっちゃ困る」


 瞬間、男の放ったその言葉にニアはわずかに脳の理解を遅らせる。


 男はニアの反応を楽しむように笑い、乗っていた箱から軽やかに降りて見せる。


 焦りと共に逃げるタイミングを失ったニアへ、男はニアの警戒を知ってか知らずか、のうのうとその歩みを進めていく。


「そう警戒しないでよ、言ったでしょ?ここは僕の世界なんだ。自分の世界にいる人の心の声を聞くなんて朝飯前さ」


「そうか。それで、帰さないってのはどう言うことだ」


 刀へと手をかけ、尚も警戒を解くことなくニアは男の一挙手一投足へと意識を集中させる。


 怪しい行動をすれば斬る。もはやニアに男を信用できる要素は何処にもなく、その考えに気付いたからか男は何かを思い出したように、だが再び何処か億劫にため息をつくと、


「…そういえば自己紹介がまだったね、なんだっけか…あぁ、そうだ」


 不意にニアの横を通り抜け、そしてお決まりと言わんばかりに面倒くさそうにその手を広げ、男はニアの方へと振り向く。


「僕はアングレイン・アルハック。あー…幻龍師団の一人にして、厄災アルクヘランの復活を望む者」


「幻龍師団…聞いたことがある、少し前に壊滅したって聞いたが」


 幻龍師団。その名称に、ニアはわずかばかりに心当たりがあった。

 度々セレスティアの外で事件が起こったかと思えば、聞こえてくるのは決まって幻龍師団の名前ばかり。


 だが幻龍師団は数日前に王番守人により滅ぼされたと噂になっており、ニアもまたその噂を信じていたのだが、


「あぁ、彼らは死んだのか。僕たちをここ(極夜)へ置き去りにしたまま。だがまぁ…良くか悪くか、これで君を閉じ込めておける、仲間のおかげってやつさ」


「そうか。じゃあ、お前達は俺の敵なんだな」


「あー…まぁ、いいか…あぁ、そうだよ?僕は君の敵。だから今から死んでもらうんだ」


 男が幻龍師団である以上、未だ動くことなく縮こまり続けている少女もまた、幻龍師団の一員であることは疑いようもない事実。

 

 改めて目の前にいるのが敵であることを理解したニアは、小さく息を吐きながら男…アングレインへその目を向ける。


「あれ、やるのかい?ここは僕の世界だよ?君に勝ち目があるとでも?」


 その行動が予想外だったのか、はたまたその行動すらもを楽しんでいるのか。

 気怠げな声の裏側にわずかな歓喜を潜ませるアングレインへ、ニアは動じることなく男の動向を窺い続けていた。


「残念だが、やる前から諦めるほど人生に絶望してはいない」


「あぁそう…じゃあ、ルエア、出番だよ」


 わずかに目を窄めたアングレインは、不意にニアの背後で先ほどから動くことのなかった、ルエアと呼ばれた少女へと声をかけた。


「出番…出番なんだ…私の…出番…か…」


 瞬間、声をかけられたルエアはふらふらとしながらその体を起こし、やがて立ち上がる。

 糸の切れた操り人形のように、カクンと首が落ちた。

 長い髪が地面へと躊躇うことなく接触し、ぷらぷらと伸びた腕が微かな風に揺られていた。


 あまりにも無防備な立ち姿。少女へそんな感想を抱いた時、ニアの肌からはわずかな血が噴き出ていた。


「…っ!!」


 刃物で切られたような鋭利な感覚に呼吸が止まりながらも、感覚の訪れたその箇所へと目を向ける。


 そうしてニアは驚愕に目を見開く。

 

 目を向けたその地点には、いつの間にか先ほどまで視界の先にいたはずの少女が立っており、細い手には銀色に光り輝く凶器が握りしめられていた。


 滴る赤い水滴が、少女の凶行を物語っている。

 反射的にニアは少女から距離を取るように後方へ飛び下がる。


「役割…果たさなきゃ」


 追うことなく独り言のようにそう呟くルエアには、少女としての意思など何処にもなく、まるで命令に従うだけの人形のように見えた。


 再びふらふらとした歩みでルエアが一歩を踏み出したその時、不意にルエアの姿が視界から消えた。

 ——ニアの肩からは血が噴き出した。


 痛みに反応するようににニアは刀を振り抜く。

 だが、そこに既にルエアの姿はない。


 ルエアは、ニアから数歩離れた地点に立っている。


ーー仮定しろ。姿…さっきから消えてるそれが姿を消す天啓のものなのだとすれば、この子が消してるのは姿と気配だけ…

足跡までは消せないはず。なら、聞こえてくる足音から位置さえ特定できれば…



 仮定したニアはわずかに耳を澄ませ、微かに聞こえてきた自身の周囲に響く足音を以て、その仮説が正しいのだと確信する。


 だがいくらその正体を、解決策を思いついたとしても小さな少女の軽い足音など、戦いの中で意識を割くだけでも命取りであり、そこから位置を特定することなど——


ーー——間に合わない!!!



 吹き出す鮮血と共に共にその事実を理解したからこそ、一瞬現れ、だが行動を起こすよりも早く再び姿を消滅させるルエアに呼吸が乱れる。

 だからこそ、


「ふう…」


 辺りへ向けていた無駄を切り捨てる。

 小さな息と共に目を瞑ると柄へとその手を添え、視界により割いていた意識を感覚として改めて周囲へ張り巡らせる。


 意識を視界に頼ることなく張り巡らせたことにより、改めて理解できたルエアのその移動速度。


 走るというよりも舞っているのに近いと思えるほど不規則な足音は、一切の追跡を許さない。

 やがて自らの前方へと足音がたどり着いた時、


「…ちっ…!」


 目の前にいたはずなのに背後に訪れたその衝撃にニアは思わず小さな声を漏らしながら体勢を崩してしまい、だが間髪入れずに衝撃の訪れた方へとその目を向ける。


 そこには先ほどまでニアの前方にいたはずのルエアの姿があり、姿を視界に捉えたと思えば再びルエアの姿はニアの視界の中から消え失せる。


ーー透明化、単純だが強力な天啓…!

足音は聞こえる。だが反応が間に合わない…!!



 身に訪れるいくつもの鋭い痛みに耐えながら、ニアは思考する。

 相手はおそらく人と戦うことに慣れており、何よりも先にニアの目を潰さないことから見るに戦いを楽しんでいる狂人。


 そんな相手に、刀を握って一月しか経っていないニアは勝ち目があるのかと。


「残念…」


「っ…!」


 振り向く頃には、ルエアの姿はない。


 そうして一撃、また一撃と容赦のない攻撃は時間と共にその数を増やし、そしてニアへと着実にダメージを与えていく。


ーー…姿が見えるのは、刃が触れるその瞬間だけ。

 一見無敵のようだが、でも、おかげで一つだけわかったことがある。



 数分の中で行われた、戦いとも呼べない程の戦いの中で、ニアの中にはある一つの仮説が浮かび上がっていた。


 既にその全身には切り傷が生じており、着たばかりの服には、切り傷だけでなく赤いシミがいくつも残っていた。

 だが、それ故に痛みは思考を遮る要因ではなくなる。

 

 浮かび上がった仮説を試すために抜いた刀を鞘へとしまうと、再び距離を取るように後方へと飛び下がってみせる。

 

 風を裂く音に、反射的に飛び下がる。

 視界に映ったのは、先ほどまで自分のいた場所に立つルエアの姿だった。


「ふぅ…」


 地面に着地したニアは再び目を瞑り、先ほど同様に小さく息を吐くと柄へとその手を添える。


 先ほど同様に視界ではなく、意識を以て周囲へと警戒をあらわにする。

 意識は深い集中へと陥っている。

 降り注ぐ全ての感覚に反応するかのよう。


 呼吸は一定に、全ての物事に反応出来るように冷静に。


 ルエアはその構えが何なのかを知らない。

 他者から見れば先ほどの構えと何ら変わらないその構えを、ルエアもまた無駄な足掻きなのだと理解し、振り抜かれた一撃がニアの肌へと再び接触し、


真喝(しんかつ)


 瞬間、甲高い音が鳴り響いた。

 ニアへと傷を残すはずだったナイフは宙を舞い、ルエアの体が横へ弾け飛ぶ。


 腕には微かな傷が刻まれている。


「…浅かったか」


 その言葉に、ルエアはわずかに殺意を覚えるのだった。

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