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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
遠い世界
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暗く、敵襲

「さて、ニアさん。この前私が教えた、『隠し石』ですが、ちゃんと覚えていますか?」


「あー、えーっと…はい、一応」


 極夜へと向かう途中、エリシアは念のためと言わんばかりにニアへとそう問いかけていた。

 曖昧に答えた瞬間、ニアの脳内にはいつかの記憶が蘇っていた。






 それは二週間ほど前の、ある稽古終わりの出来事。


『ニアさん、私たちが行く極夜ですが、ミラディアを通って行くことができます。ですが、こちらから向こうへいけるという事は、当然向こうからこちらへも来られるということです』


『じゃあ王都も危ないんじゃ…』


 この一月の間に気づいたミラディアの性質は相互性。

 だからこそ、その質問もまた妥当なものだった。


 だがエリシアはその言葉を待っていたと言わんばかりに何処からか画帳を取り出すと、


『ですが、これを見てください。通称『隠し石』。ニアさんも、ちゃんと覚えておいてくださいね」


『…石?』


 子供の落書きのような木の真ん中に、ポツンと置かれた丸い玉。

 

 自信満々な様子のエリシアに恥をかかせないために、ニアは思い浮かんだ疑問を静かに飲み込むのだった。




 




 そして遡ること現在——


「覚えているのなら安心です、絵で見るよりも実物を見て覚えるのが確実ですからね。向こうに着いたら、向こうでも場所の確認をしましょう」


「そうですね」


 エリシアの言葉に間髪入れず声を挟むニアは、いつか見たその絵が本当にその通りなのかを確認するべく足を進めていく。

 

 そうしてエリシアに案内されること数分後、やがて2人はある一枚の鏡の前で足を止めていた。


「こんな場所にあるんですね」


「もしライハ達が溢れ出してきた場合の保険ってやつです」


 2人は地上から遥か下の、地下にいた。


 長い螺旋階段を降り、少し歩いたその先にはわずかに古ぼけたミラディアがぽつんと一枚置かれていた。

 だがその異様な雰囲気からそれが極夜の入り口である事を静かに語っている。


 ただならぬ雰囲気に、わずかに息を呑む。


 だがその時、不安に揺れるニアを見るや否やエリシアはその手を握ると、


「大丈夫、私もいますから」


 その声だけで、自然と胸のざわめきはおさまっていく。

 ニアが改めて深く息を吐くと、


「では行きましょうか、準備はいいですか?」


「…はい!」


 そうしてエリシアはニアの手を引き、2人は極夜の中へと足を踏み入れるのだった。










「ここが…」


 眩い光に思わず目を瞑ってしまったニアは、開いた先に見えた景色に小さな言葉を漏らしていた。


 最初に見えたのは、尽きない燃料を薪にするように赤々と燃え上がる炎だった。


 立ちこめる黒煙は空を覆い、一片の光も差し込まれてはいない。

 焦げる匂いが嫌というほど肺にまとわりつく。


 そんな状況に圧倒されつつも、やがて時間と共に暗さに目が慣れてきたニアは周囲へと警戒するべく目を向ける。

 

 だが次の瞬間、その意識は別の方向へと引き寄せられる。


「先輩、無事ですか?」


 極夜へと足を踏み入れたから数十秒が過ぎた。

 だが未だ隣に立つエリシアは一つとして声を発しておらず、辺りへと目をやっていた。


 心配そうな声に、エリシアは何処かはっとした表情を浮かべると、


「…はい、大丈夫です。では先を急ぎましょう。ここがセレスティアとは別の世界とはいえ、経つ時間はセレスティアと違いはありませんから」


「…先輩?」


 声も態度もいつも通り。

 だが一月を共に過ごしたニアだからこそ、無意識に気づいてしまっていた。


 ——エリシアが平然を装っているだけなのだと。


 だがニアはエリシアへそれ以上の言葉をかけない。

 エリシアのその表情が、どこか悲しみに暮れている自身を隠そうとしているように見えてしまったから。


 その事実に気づいてか否か、エリシアは今度こそ大丈夫と言わんばかりに小さく息を吐くと、やがて遅れて周囲の状況を理解するべくその目を向ける。


「やはり何もいませんね。私が昔ここへ来た時には、ミラディアを通ってすぐにライハに襲われる人もいたほどですが、どうやら本当にここで何かが起きているようですね」


 恐ろしいことをさらっと告げるエリシアへニアはそんな事態にならなくて良かったと胸を撫で下ろす。


 その視線の先には赤い煉瓦の破片のようなものが長く散乱していた。

 

「もし気分が悪ければ休んでもいいですからね?」


「いえ、大丈夫です。ご心配おかけしました。行きましょうか」


 再びニアの言葉に対しエリシアは何でもないと返し、やがて先へと足を進めていく。


 これ以上踏み込むべきではない。


 そう感じたからこそ、ニアは静かにエリシアの背を追うのだった。



 






 極夜へと進行してから30分が過ぎた。

 だが状況は一つとして変わらず、エリシアは変わらない事実を記すようにどこからか取り出した紙に記録を残していた。


「極夜へ立ち入ってから30分、ライハの目撃は…0…」


「なにしてるんですか?」


 その行動に、疑問の声を漏らしてしまう。


 するとエリシアは手に持ったその紙をニアの前へと広げると、


「状況確認です。私たちがライハ減少の原因を見つけられなくとも、次の人の助けにはなりますから」


「なるほど」


「ここら辺はあらかた記し終えました。先に進みましょう」


 そうして記録を記し終えたエリシアは、再び先へと足を進ませ始める。


 だが、その後いくら探せど2人はライハと呼ばれる亡霊の一体もを見つけることが出来なかった。


「三時間、未だライハの目撃は無し…」


「先輩?」


「…おかしい…」


 エリシアにとっても初めての経験なのか、呟くその様子は焦っているようだった。


 やがて何かを考えるように顎へと手を添えたその瞬間、


「っ、警戒を!」


 近くで煉瓦の崩れる音が聞こえてきた。


 それは2人からすぐ近くの、微かに形を残した建物から聞こえてきた音だった。


 反射的に刀へと手をかけたエリシアは、やがてニアを後ろへと下がらせ、ニアもまた流れるように周囲へと警戒の意を露わにする。

 

 だが、その煉瓦音以降その場に一切の音は聞こえて来なかった。

 そうして心ばかりの静寂が2人を覆った頃、


「私が確認します。ニアさんはここで、もし万一誰かがいた場合の警戒をしてください」


 ニアをその場に残し、エリシアは慎重に足を進ませていく。

 ——だが、


「…劣化」


 辿り着いたその場所に人の姿はなく、崩れていたのは風化した瓦礫の山だけだった。


「杞憂でしたか…。ニアさん、どうやら私の思い違い…」


 そうして自然劣化であることを理解したエリシアは警戒を解くと、やがて自身の背後に立つニアの元へとその目を向ける。


「…ニアさん?」


 だがそこにニアの姿はなかった。

 代わりにそこには——


「ほっほっ…残念じゃの、小娘」


 長く、白い髭に大きな杖を持った、見知らぬ老人だけが立っていた。

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