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あの子には内緒の嫉妬2

 

 突然、現れては消えてしまった、あの子。

 だけど、そんなに時間がたたないうちに、今度は正面からあの子は現れた。 


 人攫いたちとは会わなかったみたいで、怪我がないその様子にすごくほっとした。

 まわりに注意してみると、さっきまで聞こえていた、わたしを探し回る声や音が聞こえなくなって静かになっているのに気がついた。

 どうなら、別の場所に探しにいったのかもしれない。


 今しかないと勇気をだして、あの子に近づいて周囲には気づかれないぐらいの小さな声で話しかけみた。


「ねぇ、どこにいってたの。あぶないよっ」


 こんなにきれいな子は、きっとあいつらに目をつけられて力づくで誘拐されちゃう。

 なんのお花が好きだとか、嫌いな食べ物があるだとか。お名前とかもぜんっぜん知らない相手だけど。そんなのは嫌だった。


「これから、君をこの志ノ沙山から連れ出す」


 落ち着いていて、水が澄んだような綺麗な声。

 そんな声を急に浴びて、こわいとは別の何かを感じて不思議な気持ちになってしまっていると、腕に手がいつのまにか添えられていて、はっとなった。


「まって、今はだめっ」

「だめなのは、君が長くここに留まっていることだ」

「聞いてっそうじゃないよ、近くに人攫いがいるの!しかも、一人じゃないの⋯」


 わたしが必死になって、今は危ないよと伝えても。

 目の前の人形よりもきれいな表情はまったく動かなくて、焦り始めたそのときに。


「あぁ、彼等はもうそんな悪さが出来る体じゃないから大丈夫だよ」


 なんでもないように、さらりとそう言った。


「え?、それってどういう」


 意味がよくわからなくて、思わず聞き返してしまった。


「死なない程度に痛めつけて、追い払った。ある程度は動けるようにしている筈だけれど⋯」


 あの子は、そこまで言うと首をこてりと傾けてわたしをみた。


「⋯確認する?」

「しなくていい!」


 ぶんぶんと頭を横にふって、拒否する。

 わたしよりも歳は上だろうけれど、まだ子供だ。人攫いたちの方が体も大きいし、力だって強い。しかも、ひとりじゃない。

 追い払ったなんて、とても信じられない。

 それに、言ってることが嘘か本当かなんて関係なく、あいつらに会うなんて、とっても嫌だ。


「君が怖がっているものには、あわせない。だから、ついてきて」

「⋯本当?わたし、あいつらに見つからない?追いかけられない?もう、怖くて、痛い目にもあわない?⋯⋯お、おうちにかえれる?」

「それは、君次第だ」


 わたし次第。そう言われて決めた。


「ちゃんとあなたと一緒にいく。だから、助けて!」


 目の前の星夜みたいな子は、わたしの返事に頷いてどこからか短刀を取り出した。

 それを使って、わたしの手首を縛っていた縄を切ってくれた。

 足元に血がついたものが、ぱさりと地面に落ちた。

 わたしの力では、どうしようもなかった枷があっさりと無くなってしまった。


「あ、ありがとう」


 自由になった手首は擦り切れて、血も出ていて痛いまま。

 でも、それが気にならないぐらい心がずっと晴れていて軽くなった。


「わたしは弥良っていうの。あなたは?」 

「ボクの名前はいい。それよりも早くいこう」


 ふわふわと浮いている白い霧は、前よりも濃くなっていてる。

 ちらちらと見えていた黄色のお花は濃くなった霧のせいで、その色と姿が隠れてしまった。いい香りも薄く感じてしまう。

 なにもかもが何処かに消えて無くなっちゃいそうだけど平気だった。


 わたしの手を繋いでくれる存在があるから。  


「この、お山のなまえって志ノ沙山?」

「そうだよ」

「夕方にはいると、自分がいなくなっちゃうお山?お母さんが聞かせてくれたお歌の山はここなのかな?かさね、かかね〜で始まる唄のやつなんだ」

「あってる。⋯君は廼登の里の子か」 

「知ってるんだ!わたしのお家がある所。なんでも、へんきょ?の地だから知らない人の方が多いって大人は言うんだよ」

「唄だけ、伝って知ってる」


 わたしの手を繋いで、沸き上がる濃霧に満ちた視界の悪い山道をなんの迷いのない歩みで進んでいく。

 そっけないけれど、話しかけてみたらちょっとは返事をしてくれるし歩く速さはわたしの様子をみながら合わせてくれている。

 決してわたしを無視しているんじゃないのが伝わって、ふんわりと嬉しくなった。


 どれぐらいの時間が経過したのか、白霧に赤みを含んだ橙色の光が混ざってきた頃に眩しい光が全身を刺した。

 その余りの眩しさに目を開けていられなくなって目を瞑る。

 あの子だけは見失わないように、今あるだけの力を込めて繋いでいる手を握りしめる。


「ここまで来れば、大丈夫。目を開けて」


 瞼の裏にまで浸透していた眩しさがやっと治まって、言われた通りに目をあける。

 開けた視界には、あと少しで沈みそうな夕暮れの光が一面を橙色に照らしている。

 わたしの目には雲の中を思わせるような深い霧も小さな黄色の花々をつけた枝木も。

 とても怖い顔と大きな体で追いかけ回してくる恐ろしい人攫いたちも何処にも写ってなんかいなかった。 無事に山から出たのだ。


 安心してお腹の底から息を吐きだした。

 自分のからだを眺めたけれど、あっちこっち怪我してるけれど手も足もついてる。


(よかった…!ちゃんと、いる)


 あの山でわたしが離れないようにと必死で握ぎった手が、この子が今も側にいる。それが一番、わたしに安心をくれた。

 夕暮れの光を受け止めながらも、周りに混じらないその姿が綺麗だった。


 山を抜け出した途端に経験したことのない疲れがどっと体に押し寄せてきてた。

 立っているのが大変なぐらいに、頭が重くなって強烈な眠気が包み込んでくる。

 そんな中で、あの子の声が聞こえた。


「アズトはここまでだ」


 透き通った声が心地よくて、ますます体から力が抜けてしまう。


「あずとってなに?」  

「ボクの名称⋯名前の様なもの」

「えっ」

「間違ってはない筈」


 意識が落ちきってしまう前に、とても大切なものを聞いた。

 聞き慣れない、音の形。あの子の名前だ。

 山を歩いているときは聞いてもだめだったのに、どうして教えてくれたのかは、今もわからない。


「もう志ノ沙山に来てはいけない。気をつけて」


 まだ、もっと一緒にいたかったし話したかったけれど、とうとう眠気に抗えなくて意識が落ちた。

 アズトの手を握る力も落ちて、わたしからその手がすり抜けて離れていくのが悲しい。


 もう一度、閉じていく視界。

 瞼の裏側には朱色に染まった眩しさなんてものはなくて、暗闇だけがあった。



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