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あの子には内緒の嫉妬1

 

 ずるい。


 私の方が先にあの子を見つけたというのに。

 どうして、ぽっと出の奴が私よりもあの子の側にいるんだろう。

 そんな嫉妬心が私の心にめらめらと芽生えてしまった。


 あの子に初めて出会ったのは、私が十歳にも満たない歳だった。

 こっそり家を抜け出して、お気に入りの花畑でひとり遊んでいら、突然として人攫いに誘拐されてしまって。


 人攫いたちの隙をみつけて、なんとか逃げ出した。

 縄できつく縛られた両手は不自由でとても痛かった。それでも、怖くて震える足を一生懸命に動かす。

 ひたすらに走って、走って。

 気がついたら、私はふわふわとした霧が立ち上がる山道の入り口に立っていた。


 入り口の奥からは甘くていい匂い。きっと花の香り。その匂いが漂っている。

 なんだか、おいでおいでって呼ばれてるみたいだった。


 あまい花のにおい…きり…やま…


 目の前の不思議な光景を前に、ふと思い出した。

 最近、お母さんが寝る前に聞かせてくれたお話しにお歌を。

 むずかしくて聞いているうちに、いつもねむちゃってるやつ。


 かさね、かさね。かさねて。

 おいわいを。

 こがねの花をそなえましょう。


 いつか、高きとわをちぎり、ちぎってお別れを。

 黄昏そまって、心なくして。

 霧の奥深くを、まだのぞいてはならぬ。

 お向こう先を、まだこえてはならぬ。


 さもなくば、その全て。

 なにも戻ってなどこない。



 うっつら、うっつらと眠りながら聞いていたので詳しいのはうろ覚え。

 欠けてるところも、あると思う。

 住んでいる場所からはちょっと遠いけれど、とあるお山にはかわいくていい匂いがする黄色いお花がずっと咲いてるんだって。

 でも、夕方は霧がたくさん出て危ないし山深く中に入ってしまうと自分が丸ごと何かに取られてなくなっちゃう。

 だから、そのお山には入るどころか絶対に近づいちゃダメ!


 こんな感じの内容だったと思う。

 このお山は、お母さんがいっていたお山にとても当てはまっていた。


(お母さん、いま、なにをしているんだろう。わたしがいなくなっちゃったことに、気づいたかな?探してくれてるかな。あいたいよ)


 そんな気持ちで胸いっぱいになって、立ち尽くしていると、背後から男たちの怒鳴り声が聞こえた。


(あいつら、わたしを追いかけてきたんだ!どうしよう、このままじゃ見つかっちゃう!)

 


 捕まってしまったら、どんなひどい目に合わされるか分からない。こわくて胸がバクバクする。

 その音が自分の耳にも届いてしまって、よけいに混乱する。

 何処に逃げるかも決めていないのに、走ろうとした足がもつれて転んでしまった。

 地面で擦りむいた足からは痛みと一緒に血がいっぱい溢れだしていて、大声で泣きたくなるのを、力いっぱい唇を噛んで我慢する。


 帰りたい。わたしの家族がいるおうちに。


 起き上がって霧が立ち込める山の入り口を睨んだ。お母さんのお話しでは夕方が危険だっていっていた。

 大丈夫、空はまだ赤くなんてなっていない。奥深くまではいかない。


 ちっさな子供の私が大きな大人から逃げきるには、霧で視界が悪くて木とか身を隠せるものがある、この山しかないんだ。

 これ以外、なんにも思いつかなくて。覚悟を決めて山の中に駆け出す。


 山の中は霧のせいなのか、ひんやりとしていて走って熱くなった体にはちょうどよくて。あたりにチラホラと見えている薄い橙色の花の甘い香りは、怖くて仕方がなかった気持ちをほんの少しだけ落ち着かせてくれた。

 だけど、それはちょっとの間だけだった。


「こっちだ!転けた痕跡がある。あんのガキ、山ん中に逃げ込んでやがる。たっく、手間取らせやがって。捕まえたらきっついお仕置きだ」

「なぁ、この山って神隠しで有名なやつだろ。俺、勘弁してぇんだけど」

「てめぇ、怖がってんじゃねえよ!んなもん迷信に決まってらぁ。いくぞ!」


 まずい、あいつらもこの山の中に来てしまった。

 気づかれないことを願いながら、大きな音を立てないようにしてゆっくり歩く。

 やっぱり、あいつらを引き離すにはもっと奥の方にいくしかないのかな。

 奥にいくにつれて少しずつ霧の深さも増していく。

 お母さんとの約束を破っているみたいで、不安になるけれど今はこうするしかないんだ。そう自分に言い聞かせて霧の中を進む。


「くそっいねぇぞ!霧でみえねぇ。だが、この辺にいるのは違いねぇ!探せぇ!」


 後を追ってきた人攫いたちが、ガサゴソと木々を掻き分けて、どんどんと迫ってくる音が聞こえてくる。


「ひっ」


 息を潜めて、思わず隠れていた低木の茂みを横切られたとき、あまりの怖さから思わず悲鳴が出てしまった。

 直ぐに縄で縛られたままの両手で口を押さえ込こむ。

 だけど、だめだった。

 つい溢れてしまった悲鳴は、人攫いの耳にも届いてしまっていた。



「今の逃げ出したガキの声だったよな?おい、こっちだ!!」


 このあたりに散らばっていた人攫いたちが集まってくる。

 急いで逃げなきゃっと思っていても、体がガタガタと震えて一歩も動けない。

 そのとき、わたしの体が誰かの手がふれて、口を塞がれた。


「むぐっ」


 そのまま強い力で掴まれて引っ張られて、浮遊感がわたしを襲う。

 思わず、涙が溢れて目をぎゅっとつむった。


 ーいや!

 ──こわい、こわいよ、誰か!!  



 人攫いたちに捕まってしまったのだと思った。


「いねぇぞ!てめぇ、ほら吹いてんじゃねぇよ」

「いや、たしかにあの餓鬼の悲鳴が聞こえたんだよぉ、俺はぁ」


 だけど、そうじゃなかった。

 少し遠くで言い合っている男たちの声が聞こえる。


 人攫いたちは離れた場所にいる。

 だったら、わたしの口を塞ぐこの手は、いったい誰のものかと。

 恐る恐ると目をあけて、視界に飛び込んで来たものに思わず驚いた。


 とても、きれいだった。


 木々の間から差し込まれた光を受け止めて、きらきらと輝く黒髪。満点の星空のように明るくて、だけど深い色を宿した瞳。


 星が夜空ごと、落っこちて人の姿をとっているのかと思った。

 歳はわたしよりもきっと上。その子は背後から抱きすくめるような形で、静かにわたしを見下ろしている。

 さっきまで、ガタガタと震えていたというのに。人攫いたちへの恐怖も怯えも、転んだ怪我の痛みも忘れて、少しの間だけその子に見惚れていた。

 そんなわたしの様子をみて、その子は淡々と言った。


「君には危害を加えない。ここで大人しくしていて」


 口を手で塞がれたままだから、わかった。とは声に出せなくて。代わりにぎくしゃくと頷いた。


「すぐに終わる」


 なにが?と思った頃には、霧に紛れて消えてしまったかのように。

 その子はわたしの側からいなくなっていた。

 



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