大茨の森03
ベルは訳が分からずグリーティアと見つめ合って首を傾げた。
先程まで確かに空を飛んでいたはずなのだが、いつの間にか森の中にいる。高度を下げたつもりはなく、むしろ上げ続けていたはずなのに。
ベルは顎に手を当てて考えた。
「……ループしているのか?」
空間魔術を使えば空間を繋げてループさせることもできる。空間魔術の応用だ。思い返してみればゲームでそういうフィールドがあった。条件をクリアしないとループが解けないフィールドだ。
「ループ?」
グリーティアが訝し気な顔をした。聞き慣れない言葉だったらしい。
「本来繋がることのニャいはずの空間が繋ぎ合わされて繰り返されているってことです」
「魔術か。誰の仕業だ?」
冷静に聞き返してくるグリーティアにベルは少々驚いた。子どもならよく分からない状況になればパニックになってもおかしくない。先程も思ったが、グリーティアには状況に惑わされない冷静な思考力があるようだった。
「分かりません。でも、東西南北に上下と全ての空間を繋げることは簡単じゃありません。私の知っている人物でこれができそうニャのは……ギネ、アスガープ……それから魔王様です」
レチェットは除外した。彼女は自分で空間移動魔術は得意でないと言っていたうえ、ゲームの中の彼女も空間魔術は使ってこなかったので信じて良いだろうとの判断だった。
「妨害のつもりか? 俺たちを閉じ込めて何をさせたいのだ?」
「そうですね……」
それには思い当たる節があった。
ベルはゆっくりと上昇した。また地面に戻されてしまわないように、茨の網の下ギリギリのところまで上がる。
「たぶん、あれと戦わせたいのでしょう」
猫耳がパタパタと動く。敏感な聴覚が遠くの音を拾っている。
数秒経つとグリーティアにも音が聞こえるようになってきた。どしん、どしん、という大きな音と、地響き。音が大きくなるにつれ、大地が震えはじめる。
魔物が茨の間から姿を現した。ワニガメとステゴサウルスを足して二で割ったような姿の魔物は、この隔離された空間をゆっくりと徘徊している。
「あれか……」
グリーティアが低い声で呟いた。
ベルはごくりと喉を鳴らした。
そうとしか考えられなかった。
隔離した空間内に大きな魔物が一体だけ。しかもその魔物が以前戦った魔物と同類なら、誰かが起こさなければ動かないはずだった。
これは誰かがあつらえた舞台だ。整えたのはアスガープ……いや、魔王本人かもしれなかった。
(こんな子どもにあれを倒させようとするなんて、本物の鬼だ)
ベルにあの魔物に似た魔物と戦わせたマンシャムとはわけが違う。ベルと魔物の戦いは、ひょっとしたらベルが死ぬかもしれないという確率の話だった。しかしグリーティアとあの魔物は違う。一対一で戦ったら確実にグリーティアの命はない。
(それを私が何とかして勝たせなきゃいけないってことか。知恵を巡らせて策を練って……)
そこまで考えて気づいてしまった。
あまりにも陰湿で思わず口の端がひくついた。
(あぁ、そう。そういうことね。これはこの子の試験なんかじゃない。これは私の試験なんだ)
完全にしてやられた。あのアスガープと魔王がただ無理難題を押し付けるわけがなかった。表の策略と裏の陰謀。常に二つの罠が張り巡らされているのだ。
グリーティアの試験にかこつけた、ベルの腕試し。単純にどれだけ魔物と戦えるのかと、試験突破のためにどんな手を考えられるのかを見極めるつもりだろう。
戦士としてどれだけ優れているか。王の部下としてどれだけ優れているか。それを試すつもりなのだ。それ以上の意味があるのかもしれないが、ベルはそう受け取った。
それならそうと言ってくれれば良いものを。こんな回りくどい、それもグリーティアを危険に晒すような真似などせずとも良かったではないか。
腹の底から怒りがこみ上げてきて、ベルは心を落ち着けるために深呼吸した。冷静に、と自分に言い聞かせ、ゆっくり言葉を口にする。
「グリーティア様、今から私が二つ提案します。これはグリーティア様の試験ですから、グリーティア様が決めてください」
「分かった。話せ」
「一つ目は、この空間から抜け出して別の魔物を倒すことです。二つ目はあれを倒すことです。いかがいたしましょう?」
「あれを倒す」
グリーティアは間髪入れずに答えた。ベルは表情を崩さないように注意して問うた。
「それでよろしいのですか?」
「良いも何も、それしか道はあるまい。ここを出たとしても別の魔物が見つかるかどうか分からぬ。これが父様……魔王様の考えでこうなっているのなら、見つかる可能性は低いだろう。探している間に日が暮れる。……魔王様は、俺にあれを倒せと言っているのだ」
ベルは目を大きくしてグリーティアを見た。ただ目の前の強い敵を倒して見返してやろうと考えたのではなく、グリーティアは打算的に考えた結果を述べたのだ。やはり、歳のわりに随分賢い。それでいて冷静だ。さすが魔王の息子だなとふと思ってしまい、ベルは考えを振り払った。
「分かりました。それではあれを倒して試験を突破することにいたしましょう」
にっこり笑いながらベルは言った。
ベルもグリーティアと同意見だった。この空間に魔物があの大型魔物しかいないのは魔王とアスガープの仕業に違いない。それならここを出たとしても別の魔物に遭える確率は低かった。魔王には何でも見ることができる千里眼がある。きっと二人の行動を見ながら手を打っているはずだ。ならば、危険度は高いがあの大型魔物を倒した方が良い。それにもしかしたら別の魔物が見つかるかもしれないことに賭けて探し回り、結局ほとんど何もできずに制限時間を迎えるよりはずっと良い。そう単純に考えてしまうところが問題を大きくする悪いところなのだろうが、今はいろいろ持ち出して悩んでいる時間もなさそうだった。
空を仰ぎ見る。
分厚い雲の所為で太陽がどの位置にあるのか分からなかったが、便利ツールで確認してみたところ、日没まであと一時間をきっていた。うだうだ考えていたらせっかくのチャンスを逃してしまう。
ベルの頭の中にギネの言葉やエルシオンの言葉が浮かんだ。
(考えすぎて動きが鈍れば取り返しのつかないことになるかもしれない。それだったら難しく考えず、単純にいく)
ベルは器用に杖の上に立った。
「私があれの硬い皮を剥いで、中の核を剥き出します。核が出てきたらお教えするので、グリーティア様がとどめを刺してください。よろしいですか?」
グリーティアはこくりと頷いた。さすがに自分一人ではあれを倒せないことが分かっているらしい。無謀でもない。自分の力をよく分かっている。将来有望だと思いながら、ベルはグリーティアにある物を差し出した。
「ではこれをお使いください。丈夫な短剣ですから、核がどんニャに硬くても折れることはニャいです」
クリスタルでできた短剣だ。子どもでも扱いやすいように軽くて短いものを選んだ。それでもゲームでは終盤で手に入る性能の良い武器である。
グリーティアは柄を握り、じっとベルを見上げた。
「ベル。貴様の活躍、期待しているぞ」
その物言いが王様のようで、戦いの前だというのに笑えてきてしまった。
「ふふ。期待していてくださいニャ。ベルのかっこいいところをお見せいたします!」
ベルは両手を広げた。
「コスモス・インフェーノ!」
ベルが叫ぶと眼下に真っ赤な炎が沸き上がった。ベルが立つ上空の真下に炎が渦巻き、ゆっくりとぐるぐる円を描きながら、地面を舐めるように広がっていく。次々と茨が巻き込まれ、いくつもの火柱を上げはじめた。
バキバキバキ……
ギャオオオオオオオ……
森が音を立てて崩れていく。ひどく耳に残る咆哮がする。
「……!!」
グリーティアは頬を撫でる熱気と、瞳の中で燃え上がる森に絶句した。
火の海。いいや、地獄の炎だった。ベルの放った炎は茨を、森を、魔物を、全てを取り込んであっと言う間に真っ赤な別世界へと変えてしまった。
顔を上げてベルを見る。
グリーティアの目が大きく開かれた。
ベルの横顔は笑っているわけでも悲しんでいるわけでも、ましてや怒っているわけでもなかった。ただ、己の出した炎を、己が地獄へ変えた世界を金色の瞳に映していた。
胸がきゅっと締め付けられるような感覚がした。それから、ぶるり、と身体が震えた。放心していたところにふと肌寒さを感じたからだ。




