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魔王は私がニャんとかします!  作者: あまがみ


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大茨の森02

 森の中は薄暗い。天に分厚い雨雲のような黒い雲がかかっているからだ。不思議なことにこの『大茨の森』には常時黒い雲がかかっており、一度も晴れたことはない。雲がかかっている割に降水量は少ないので、雨雲でないことは確かであった。


 光の制限された暗い場所に茨が生えている様はおどろおどろしい。


 『大茨の森』はその名の通り、大きな茨の群生している森だ。一本一本が十から二十メートルの高さで、鋭い棘のついた枝を四方に伸ばしている。そのおかげで下から見ると空に編みがかけられているように見えた。


(茨の所為で高く飛べないな。おまけに地面にもある)


 視線を上から下へ移すベル。


 地面にも鋭い棘の生えた茨が密集している。足を踏み出す度に靴の下でパキッと音を立てる。それだけならまだ良いのだが、太い茨が横たわっていて道を塞いでいることもあった。へしゃげていたりして通れそうならそのまま突破したが、迂回させられることもあった。


「ここは本当に魔物の住む森なのか? 一向に見当たらぬ」


 大きな穴の開いた茨を乗り越えながらグリーティアは不満そうな声を出した。


「魔王城からそんニャに離れて(はニャれて)いニャいので、魔物もいニャいのかもしれませんね」


 グリーティアの手を取り、助けながら答える。たが心の中ではエルシオンに文句を言っていた。


(周辺ってどのくらいのことを言ったんだ。もう三十分は歩いているのに魔物が一体も見当たらないじゃないか)


 気配を探ってみても何もない。彼にとっての周辺はこんなに広いのかとベルは肩を落とした。エルシオンの言った通り、奥まで行かねば魔物は現れないのかもしれない。


「歩いて探すと時間がかかりすぎるかもしれません」


 ふぅ、と息を吐き、ベルはクリスタルの杖を出した。杖を風魔法で浮かせて腰かける。いつもの飛行スタイルだが、初めて見るグリーティアは少し驚いたようだった。目が大きくなっている。


「グリーティア様、お乗りください。これに乗って上から探しましょう」


 グリーティアはこくりと頷き、ベルの後ろに跨った。


「しっかり捕まっていてくださいね」


 無言でベルの腰に腕を巻き付け、落ちないようにするグリーティア。ベルはしっかりグリーティアが抱き着いたことを確認してから上昇し、人が走るより少し速いくらいの速さで茨の間を縫うように飛び始めた。


 ベルの杖捌きは相当なものだった。次々と目の前に現れる茨を避け、全くスピードを落とさずに飛ぶ。小一時間くらい棘に注意しながら北に五キロ、東に五キロ、そこから南に二キロ……と探してみたが、姿はおろか気配を探ってみても一つも拾えなかった。


(おかしい)


 ベルは眉間にしわを寄せた。


 エルシオンが周辺の魔物を一掃したといっても、これだけ見つからないのはさすがにおかしい。何かしらの手が加えられているとしか思えなかった。


 考えながら進んでいるとベルのセンサーに何かが引っ掛かった。耳がピクリと動き、顔がそちらへ向く。


 魔物の気配だった。一つだと思われるのだが、今の場所からは距離があって正確には分からない。とにかくようやく見つけた魔物の気配だったので、ベルはその気配を追うことにした。


 杖の頭を気配のする方へ向け、速度を上げる。


 気配まであと数十メートルまで近付いたところで、ベルの背に悪寒が走った。


(これ、何か前にも……。いや、まさか……)


 個というよりは塊。強いというより大きいといった方が適切な気配がする。この気配は前にも感じたことがあった。嫌な予感がする。


 念のため高度を上げてスピードを落とし、慎重に近付いていった。


 魔物の姿が視界に入るよりも先に音が入ってきた。どしん、どしんと重たいものが地面を移動している音がする。音が大きくなるにつれ、ベルの鼓動も速く大きくなっていった。


 ふっと、茨の向こうに何かが見えた。


 大きな塊だった。途端、逃げ出したい気分になったが、振り返るとグリーティアが青い目で見つめ返してきていたので考えを改めた。教え子の前で弱気な姿は見せられない。


 ベルは冷や汗をかきながら、視界を遮っていた茨を越えた。


「っ!?」


 嫌な予感が現実のものとなった。


 眼下に大きな魔物がいる。


 岩のような四つ脚に胴体。背には茨を背負っていて、額から背にかけても蔦のような茨が密集して生えており、長い尻尾は茨の鞭だ。


 魔物は血のような真っ赤な目を動かし、辺りを見回しながら降ろした足で世界を震わせて歩いている。


 あの魔物にそっくりだった。あの、ベルが死闘を繰り広げた魔物に。


 ベルはその時の戦いを思い出して身震いした。死にかけたという事実に恐怖心が呼び覚まされる。あの魔物と戦うことはできることなら避けたかった。もう二度と死にかけたくはない。


「……あれを倒すのか?」


 グリーティアが魔物を睨みながら呟いた。ベルと違ってあんな恐ろしい姿を見ても全く臆していない。むしろ戦意を感じる声色だった。ベルは素直にグリーティアの度胸を称賛した。


「いえ、あれは私でも手こずります。別の魔物を探しましょう」


 しかしそれはそれ、これはこれである。どんなにグリーティアに闘志があっても危険な橋は渡れない。できることならもう少し楽に倒せる敵にしてほしい。あの魔物相手ではベルもいっぱいいっぱいになってしまい、最悪の事態も起こりかねなかった。


 ベルは魔物に気づかれないよう、ゆっくりとその場を離れた。


 しかしそれからどれだけ森の中を探索しても他の魔物は見つからなかった。それどころか何度もあの大きな魔物に遭遇しかけ、気配に気づいて進路を改めることを繰り返していた。始めは個体数が多いのかとぞっとしたのだが、どうやら同じやつに出会っているらしいという結論に至った。


 日没まであと一時間強。戦う時間と帰る時間を考えるとすぐに魔物を見つけないと制限時間に間に合いそうにない。


(どうしてこんなにも見つからないんだ。絶対おかしい!)


 魔物がなかなか見つからない苛々と、制限時間が迫っている焦りでベルは思考力を失いつつあった。


「おい、ベル」


 それを知ってか知らずか、黙って後ろに座っていたグリーティアがふいに声をかけた。ベルはグリーティアの方を向かずに「どうかされましたか?」と声をかけた。


「先程から同じところを回っていないか?」


「ええ!?」


 ベルは驚いて止まった。目を大きくして振り返ると、グリーティアはすっと手を伸ばした。


「あの辺り。朽ちて大きな穴の開いた茨が横たわっているだろう。あれを登って越えた覚えがある」


 横たわって道を塞いでいる茨を指す。


 確かに、歩いて魔物を探していた時にちょうど朽ち果てて大きな穴が空いていたので迂回することなく越えた茨があった。正直ベルにはそれと同じなのか見分けがつかなかったが、そんな特殊な茨がいくつもあるとは思えなかった。


 同じところを通らないように気をつけていたつもりだったが、グリーティアの言う通り同じところを回っているのかもしれない。何せ森の中だ。どこを見てもほとんど代わり映えのない景色のため、いつの間にかそうなっていてもおかしくなかった。


「そうかもしれませんね……」


 答えてベルは便利ツールを開いて地図を確認し、


「あっ」


 思わず声を上げてしまった。なんと、地図が真っ黒だったのである。


 ベルの声を不審がったグリーティアが「どうしたのだ?」と覗き込んできたが「ニャんでもありません」と返して便利ツールを閉じた。


(地図が真っ黒ってことはまた認識をずらされているんだ……。じゃ私はここで空間移動できないってこと?)


 さりげなく空間移動しようと試みたができなかった。魔王城の中と同じ状況になっている。


(最悪……。しかも地図が真っ黒で今どこにいるのか分からない。仕方がない……)


「ちょっと上から確認してみるので上がります」


 グリーティアに断り、ベルは頭の上に張り巡らされていた茨を一部魔法で吹き飛ばして上昇していった。


 茨の網を抜け、鉛色の空に出てさらに上昇を続ける。全体を見渡すにはあともう少し上から見たいところだった。


「にゃ!?」


「どういうことだ!?」


 しかし気がついたら茨の森の中にいた。

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