大茨の森01
(まんまと嵌められてしまった……)
『大茨の森』に繋がる門の前でベルは天を仰いでいた。
口車に乗せられてまんまとアスガープと魔王の策に嵌められてしまった。場の空気に流されてしまうのはベルの悪いところだ。頭では状況を判断し、冷静に対処しようと考えたとしても、相対している人間の態度次第で思い切ったことをしてしまう。今回は魔王とアスガープがベルの話に聞く耳を持たなかったというのが原因だが、もう少し落ち着いて行動できるようにしなければならないなとベルは反省していた。そうしないとこうしてまた窮地に立たされることになる。
(自分一人ならまだしも、グリーティア様も絡んでくるからなぁ)
彼のためにももう少し賢くならなければと難しい顔をして腕を組んだ。巻き込まれるのはごめんだが、巻き込むのも避けたい。そのためにはどうすれば良いのだろうかと唸って考えていると、ぱた、と耳が動いた。
金属音の混じった足音を聞きつけたのである。
「おうベル! 聞いたぞ。これから若と試験に行くんだろ?」
鉄格子の向こうから鎧姿のエルシオンが片手を挙げて近付いてきていた。
「あれ? エル、ニャんで外にいるの?」
門の向こうは『大茨の森』だ。そちら側にいるということは、今まで『大茨の森』にいたということになる。
「見回りだ。魔物は放っておくと増えすぎるからな。こうしてたまに周辺の見回りをしているんだ」
エルシオンは鉄格子の鍵を開けて入ってきた。ベンテールを親指で押し開け、赤い瞳をベルに向ける。
「そうニャの。一応仕事らしいこともしてるんだね」
「おうとも! 周辺にいた魔物を片付けた。倒しに行くなら奥まで行かないと出てこないかもしれないぞ」
ベルはじと、と目を細めた。
「仕事に文句は言いたくニャいけど、今日ばっかりは加減してほしかったニャ。私たちが試験に行くってことを知っていたのニャら、気を遣って少しくらい周辺のやつを残してくれても良かったんじゃニャい?」
「それはできん。俺への命は城の周辺にいる魔物を一掃せよというものだった。一体でも残したら一掃とは言えんだろう」
ベルは思わず「ニャんかエルってそういうところあるよね」と呟いてから話題を変えることにした。
「エル、グリーティア様の試験のことは誰から聞いたの?」
エルシオンはコンマ何秒の間、目を大きくして固まったが、ベルが違和感を覚えて小首を傾げる前に口を開いた。
「レチェットだ。朝廊下ですれ違った時だ。随分楽しそうに話していたぞ」
なるほど、とベルは心の中で頷いた。やはりレチェットは魔王直通で繋がっているようだ。試験の話は魔王とアスガープしか知らないはずで、アスガープがレチェットに言うとは思えないとなると、情報源は魔王しかいない。
「他にはニャにか話して(はニャして)ニャかったかニャ? グリーティア様の……若様のこととか」
「いや。俺があいつから聞いたのはそれだけだ。若に何かあったのか?」
「ニャんでもニャい」
ベルは首を振って答えた。
どうやらレチェットはベルとグリーティアの間のやりとりについては何も話していないらしい。試験のことを話したならその経緯も話したのではないかと思ったが違っていたようだ。
「何でもないと言うならこれ以上は聞かん。だが、そうだな、ベル。お前、成し得たいことができたらしいな?」
エルシオンは腕を組んでにっと笑った。ベルはエルシオンを無言で見上げた。
「若のことをグリーティアと呼ぶのはそういうことだろう? 俺が思うに、ベルは一大決心をしたのではないか?」
期待に満ちた顔のエルシオン。一方ベルは浮かない顔でため息交じりに言うのだった。
「まぁ……そうかもしれニャいニャ。大きくて、一筋縄ではいかニャいことを決めてしまったみたい。でも、そうと決めた時は単純ニャことを思ったんだよ。グリーティア様を、あの子を守りたいと思った。それだけニャの」
「いいじゃないか!」
バンッ
「痛い!」
力いっぱいエルシオンに肩を叩かれ、ベルは思わず声をあげた。
何をするんだと恨みがましい気持ちで睨んでやる。しかし優しい顔でにっこり笑っているエルシオンが目に入ってきて、ベルの表情は和らいだ。
「そういう単純なことで良い! 考えすぎるな! 考えすぎてどこにも進めず、結局諦めてしまうより良いと俺は思うぞ! 人は単純な理由で動く時の方が強い!」
ベルはふふ、と笑った。
「エルが言うからその台詞にも納得できるニャ」
ただ強くなりたいと願って猛進しているエルシオンは強い。戦闘能力が高いという意味でも強いが、何よりも心が強かった。単純だからこそ、難しいことを考えて迷ってふらふらしているベルとは違って、いつまでも真っ直ぐで折れないのかもしれなかった。
「あるがとう。ニャんだかちょっと気分がすっきりした気がする」
「おう。頑張れよ、ベル」
エルシオンは両手でベルの頭を撫でてぐちゃぐちゃにした。
「にゃっ!? エル! ニャにしてくれるの!」
撫でる力が強くて頭を振り回されたので少しくらくらする。ベルは耳をイカ耳にして尻尾をバシバシ動かし、無言の抗議をしながら乱れた髪を整えた。
エルシオンはにっと笑って踵を返した。
「じゃあな。俺はお前ともっといろいろなことを語り、力比べをしたいと思っている。死ぬなよ、ベル」
手を挙げて木で造られた階段を上がっていくエルシオン。
ベルは最後の言葉に引っ掛かって訝し気な顔をして彼を見送った。そうしていると、エルシオンと入れ替わりでグリーティアとアスガープがやってくるのが見えた。
「何故あいつがここにいたのだ?」
ベルの傍に来たグリーティアは開口一番にそう言った。ベルが「森の見回りだそうです」と答えると、グリーティアは納得したようにふむ、と頷いた。
今度はベルが少しだけ屈んでグリーティアに問いかけた。
「今日はニャにをするかお聞きにニャりましたか?」
「すでに話しておるわ。いらぬ世話を焼くでない」
グリーティアではなくアスガープが吐き捨てるように答えた。ベルは目を細めてアスガープを睨んでやったが、アスガープはベルを無視した。そうしてグリーティアの腕に手を添え、ベルに向けた声から一転して優しい声を出した。
「よろしいですかな、若君。これからこの小娘と共に『大茨の森』で試験を行うのですよ。試験に通ることができれば、きっと魔王様も若君のことをお褒めになりましょう。アスガープも若君ならできると信じておりまする」
「期待していろ。すぐに魔物を倒して戻ってきてやるわ」
自信満々で胸を張るグリーティアに、アスガープは満足そうな笑みを浮かべた。しわが深い分、不敵な笑みに見える。
「貴様、くれぐれも注意せよ。若君に何かあれば、貴様の首だけでは済まされぬぞ」
一変してぎょろりとした目でベルを睨む。ベルは露骨な態度に呆れ気味だった。
「承知しております」
そっちこそ約束を忘れるなと言ってやりたいところだったが、グリーティアがいるので言わないでおいた。こういう裏事情は知らなくても良い。
「日没までに帰ってくるのじゃ。良いか? 少しでも過ぎれば失格とみなすからの」
ベルの顔を見ながら言うアスガープ。これでは誰の試験か分からない。そうは思うものの、ベルは文句を言わずに「承知いたしました」と大人な対応をした。先程冷静になる、と決めたからである。
アスガープはベルの態度が気に入らないのか、ふん、と鼻を鳴らして門の鍵を開けた。
ギィィィという音を立てて門がゆっくりと開いていく。
「それでは行ってらっしゃいませ」
アスガープが頭を下げた。
グリーティアは綽々然とした態度で門から外へ出た。ベルもぴったり後ろについて門を出て、二人は暗い影の落ちた森の中へ入った。
二人の背を見つめるアスガープが口を弓なりに曲げて笑う。
嫌な視線を感じたベルが振り返った時にはもう、アスガープはその場から消えていた。空間移動魔術を使ったのだろう。ベルはすっと目を細めてから、前をいくグリーティアに追いつくため足を速めた。




